サブスクリプション型法律事務所に立ち込めた暗雲


法律サービスをサブスクリプションモデルで提供しようと目論んでいたAtriumが、所属する社内弁護士をリストラし、ファウンダー向けコンサルへと業態転換することに。直近の資金調達から1年半弱の間に何が起こったのでしょうか。

ジャスティン・カン率いるAtriumが所属弁護士の一部を解雇

法律業界がいまだ抜け出せていないジレンマの一つに、クライアントに対して実稼働時間ベースで報酬を請求する「タイムチャージ」の慣習があります。これに対する問題提起として、リーガルサービスのサブスクリプションモデル化を目指していたのがAtrium です。

Twitchを創業しAmazonに売却するなど、名うての起業家であるジャスティン・カン氏は、法律業務をエンジニアとロークラークによって徹底的に機械化しテックタッチにすることでこれを実現しようとしました。2018年後半には6500万ドルの大型資金調達を行い、エンジニアや大物弁護士を増強。本メディアでもちょうど1年前に「Atriumはサブスクリプション型法律事務所の成功モデルとなるか」と題する記事で彼らを取り上げました。

こうして弁護士業界からもリーガルテック業界からも注目を集めていたAtriumでしたが、2020年の年明けから法律サービス部門に所属する弁護士たちをリストラ していることが、リストラ対象となったTony Wang弁護士のLinkedIn公開投稿により発覚。リーガルテックメディアのLawSitesがこれを報じたのを受け、創業者であるジャスティン・カン自身がビジネスモデルの方向転換を公式にアナウンスし、業界にネガティブサプライズが広がっています。

https://www.linkedin.com/posts/tonyjwang_just-officially-got-the-word-last-night-that-activity-6621959439782154240-YQKM/ 2020年1月15日最終アクセス
https://www.linkedin.com/posts/tonyjwang_just-officially-got-the-word-last-night-that-activity-6621959439782154240-YQKM/ 2020年1月15日最終アクセス

Atriumが目指した「サブスクリプション型法律事務所」の理想と現実

2018年の大型資金調達からわずか1年半弱の間に、Atriumにどんな変化が起きていたのか?

この1年のニュースリリースを遡ってみると、それまで料金やサービスの詳細を明らかにはしていなかった同社が、2019年9月16日付で以下のようなプラン別定額料金をアナウンスしていました。

https://www.businesswire.com/news/home/20190916005307/en/Atrium-Launches-3-Subscription-Packages-Meet-Demand 2019年9月16日付Atriumプレスリリースを抄訳
https://www.businesswire.com/news/home/20190916005307/en/Atrium-Launches-3-Subscription-Packages-Meet-Demand 2019年9月16日付Atriumプレスリリースを抄訳

少なくとも4ヶ月前のこの時点では、サブスク志向を諦めていなかったようです。しかしその一方で、この新サービスプランの時点で当初ジャスティン・カン氏が目指していた「エンジニアやロークラークによる法律事務作業の機械化」といった要素はほとんど影を潜め、テクノロジーによる法律業務の定型化に頓挫していた様子 も見て取れます。

そのことを裏付けるように、カン氏自身が、2020年1月13日付の会社公式発表でこのように述べています。

We’ve seen undeniable proof that the needs of our customers go well beyond legal. For example, through our Fundraise Concierge team, we help minimize the frustration of fundraising while maximizing results. We do this by coaching founders — from crafting their narrative and pitch to running an effective process for their business.
お客様のニーズが法的なものをはるかに超えているという否定しがたい事実を見てきました。それはたとえば、資金調達コンシェルジュチームが調達の失敗可能性を最小限に抑えながら結果を最大化するといったニーズであり、当社は創業者をコーチングすることでこれを実行します。—ビジネスの効果的プロセスの実行に向け、調達ストーリーやピッチの作成から面倒をみることさえあるのです。

いま SaaSビジネスにおいても、ツール課金に頼りすぎた現状への反省から、ツールに紐づかないサービスで課金する「プロフェッショナルサービス」への拡大を図る企業が増え ています。法律事務所に対するニーズにおいても、「リーガルサービスのテックタッチ化」だけでは顧客満足を得られないということが、Atriumの変遷とカン氏のこの発言から読み取れます。

定型化が馴染まない法律業務とサブスク化の相性の悪さ

日本では、Atriumのモデルをそのまま真似するリーガルテック企業や法律事務所はまだ現れていません。これには、弁護士法による業規制の厳しさから慎重とならざるをえない事情もあります。その問題を脇においたとして、日本の数十倍はある大きなリーガルマーケットを持つ米国において、

  • 実績あるテック系創業者
  • 優秀な弁護士チーム
  • 豊富な資金

をもってしてもサブスク化に成功しなかった現実をみると、法律業務の定型化が簡単なことではないことも実感 できます。

テクノロジーによる法律業務の定型化・効率化について、現状でほぼ唯一の成功事例というと、AIとRPAの活用により商標調査・出願業務を効率化し、国内商標の代理件数で日本一を達成したToreruぐらいではないでしょうか。

米国のたった一社・一事務所の事例をもって結論づけるのは時期尚早ですが、法律事務所におけるサブスクリプションモデルの成功は、予想以上にハードルが高そうです。

画像:Graphs / PIXTA(ピクスタ)

(橋詰)

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