私のサイン フェムトパートナーズ ゼネラルパートナー 磯崎 哲也

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公認会計士・税理士・システム監査技術者の資格を持ち、シンクタンク職員としてビジネスを分析する立場から、90年代後半のインターネット黎明期にベンチャービジネスの世界に飛び込んだご経歴を持つ磯崎哲也さん。2012年以降はベンチャー投資を行う「フェムト」を立ち上げ、自身が投資家へと転身も果たされています。

ベンチャー投資の世界に長らく身を置かれ、新しいビジネスを見極める目に長けた磯崎さんの目に、最近の投資契約、クラウド契約そしてリーガルテックはどのように映っているのか、お話をお伺いしました。

クラウド契約についてのここ数年の疑問が解けた

—本日は磯崎さんに弁護士ドットコムのオフィスにまでご足労いただきました。ありがとうございます。

弁護士ドットコムさんが入居されているこちらの黒崎ビルは、IT業界では「出世ビル」と言われていますから、一度お邪魔してみたかった場所です。

—六本木の喧騒から少し離れて静かなエリアです。ただ個人的には、オフィス居室の天井が低いのが難ありですね(笑)。

橋詰さんが前にいらっしゃった会社のオフィスと比べたら、確かにそうかもしれません(笑)。

今日は私のインタビューということでしたけれども、せっかくの機会ですので、クラウドサインの仕組みについて、橘さんもいらっしゃるので、ぜひレクチャーをいただければと思ってました。ちょっと私からお伺いしてもよいですか?

ここ数年、クラウド契約の利用を耳にするようになりました。たしか2000年代のはじめに電子署名法ができて、電子契約自体はすでにありましたよね。

—電子署名法が当初予定していた従来型の電子契約と、クラウド契約は違います。そこがブレイクスルーポイントです。

そうなんですね。従来型のデメリットというのは、どんなところにあったのでしょう。

—受信者側で登録手続きが必要、かつ費用がかかってしまうという点です。印紙代よりも高い費用をかけて、かつ押印よりも面倒な手続きを経て電子証明書を入手しなければならないと。印紙代を浮かせるために協力し合える継続的取引関係のある企業間でしか、普及のインセンティブがありませんでした。

従来型のメリットも、あるんですよね?

—民事訴訟法では、紙に本人の印影があれば文書の真正な成立を推定する効果が発生します。それと同じ考え方で、本人による電子署名に推定効を認める条文が電子署名法にありますので、これがメリットです。しかしこの推定効を争った裁判例がまだなく、推定にすぎないことから反証も可能という問題もあります。

クラウドサインでは、電子証明書のコストと手間の部分は、どう解決されているのでしょうか。

—弁護士ドットコムが電子署名を施します。本人性については、メールアドレスそしてアクセスコードの仕組みを使うことで証拠力を確保します。印紙代や郵送費カットといったコストメリットはそのまま享受できますし、クラウドなので従来型よりもユーザーインターフェースも使いやすい、というところが訴求ポイントとなっています。

ユーザーごとの電子証明書があるわけではないということなのですね。なるほど。ここ数年の疑問が解けました。

海外で普及しているサービスというのも、そういう方式なのでしょうか?

—海外で同様にクラウド契約サービスを提供している大手企業が二社ほど、日本でも営業活動を展開されています。彼らも同じ方式を採用しています。

日本のベンチャー投資が伸びるのはまだこれから

—さて、磯崎さんの最近のご活躍について、聞かせてください。『起業のファイナンス』『起業のエクイティ・ファイナンス』を刊行され、フェムトを立ち上げられたわけですが、磯崎さんから見て、日本のベンチャー投資環境は変わってきたのでしょうか。

ここ5年で非常に大きく変わりました。ただし、規模はまだまだ拡大の余地が十分あると思います。

日本のベンチャー投資をマクロで見ると、VEC(一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター)の出している統計では、2011年に国内向けVC投資が約500億円だったのが2017年には1,257億円へと、6年で2.5倍にも増えています。これはVCの投資ですが、シードのエンジェル投資ですと、正確な統計はありませんが、普通は1件500万円ぐらいのチケットサイズですし、日本全体でまだ総額100億も行ってないと思われます。

一方でアメリカのエンジェル協会の統計を見ると、年間2.5兆円規模で投資しているんです。GDP比等から考えても、私は、日本のベンチャー投資はポテンシャルで年間1兆円はあると思っていますので、マクロではまだまだこれから増えると思っています。

—最近、こんな領域に注目しているといった投資領域はありますか。

フェムトはIT系に広く投資するスタイルなので、特に領域を絞っていません。伸びると思われる領域があっても、「俺がやる」っていう人が出てこないと、はじまらないと思います。起業家は増えているんですけど、まだまだ数が非常に少ないので。

学生によくある「この新しいビジネスは儲かるぜ」なんていう活きのよさに投資をするという考え方もありますが、フェムトでは、ある程度特定業界・特定領域で実績も積んで、そこでのペインなり問題意識も持っていて、しかもIT技術にも詳しくてという人がいれば、非常に成功確率が高いという仮説を持っています。

いままで投資した起業家とその会社を見ていると、実際、仮説どおりになっています。

—ファンドとしては、年間でどれくらい出資しているのでしょうか。

件数は年間2~3件、金額としては年間合計で5億~10億円ベースです。

—その2~3件に絞り込まれるまでのプロセスはどんなものでしょう。

話自体は年間大体200件ぐらいいただきます。そもそもバイオなどの領域が違ったりするケースを弾いて、実際お会いするのが100社ぐらい。「これはもしかしていけるかも」と、もう少し具体的な資料をいただいて検討するのが10社ぐらい、その中から年間2~3社に絞り込みます。

—海外には投資されないのですか。

基本的には都内の、私どものオフィスから「自転車で回れる距離」をハンズオンで育てていくというスタンスでいます。我々が海外に張る強みもないし、リード投資家として起業家に月数回会って、彼らが成長の過程でぶつかる障害を一緒に解決していけば、日本では非常に高い確率で成功すると考えてますので、基本的には海外投資はしないですね。

フェムトパートナーズWebサイトより

—投資契約書や投資条件の変化について、お感じになっていることがあれば教えてください。

アメリカでよく使われる投資契約のスタイル一つに、「KISS」という簡易型投資契約(convertible equity)があります。その日本版である「J-KISS」も、日本の500 Startupsや弁護士の増島雅和先生のご尽力によって使われるようになってきています。とはいえ、前述の通り日米では、シード投資の件数がそもそも2〜3桁違うんです。

アメリカでは数千億円のベンチャーのM&Aや数兆円の上場もよくありますので、「いけてる会社に勤めていた一般的なエンジニアがストックオプションをもらって大金持ちになったけど、バリュエーション(企業価値評価)を考えるのはめんどくさい」といった層までエンジェル投資が広がっています。つまり、ファイナンスが必ずしもよくわからない人が何十億円、何百億円も資産を持って、毎日のようにサインをしています。

これに対し、日本では例えば、ベンチャー創業者が20億円ぐらいの企業価値でエグジット(会社のM&Aでの売却)をして、自分の持分50%に相当する10億円を手に入れて、その中から500万円ずつぐらいエンジェル投資をする、と言った規模が一般的ではないでしょうか。頻度も米国よりはゆっくりしていて、紙のサインや押印が面倒と言っても、それぐらいは我慢できてしまう量ですし、ベンチャー創業者などのそこそこファイナンスや経営のリテラシーがある人でないと、なかなかエンジェル活動ができる数億円以上の資金は手にできませんので、valuationを事前に決めないメリットは、アメリカほどではありません。

そもそも日本は米国よりはるかに資金量やVCの数が少ないので、次回ファイナンスの企業価値が過熱して釣り上がるケースはさほど多くありません。逆に、転換価格に下限がない場合、ベンチャー側からすると、想定よりもたくさんの株式をシード投資家に取られてしまうリスクがあります。valuationを事前に決めない方がメリットかどうかは、日本ではまだ個別に考える必要もある場合も多いと思います。

また、VCラウンドが必ず優先株式で行われる米国と異なり、日本では普通株式で増資をする場合もまだまだ多いです。次のラウンドで普通株式に転換されてしまうと、シード投資家は優先株式に比べて非常に弱い立場の普通株式を持つので、「次のラウンドの株式に負けないフェアな条件を確保する」というconvertible equityのメリットが活かせないケースも実際ありました。

ただ、J-KISSは、ひな形として公開したことと、サインだけすればOKというものに落とし込まれているのが素晴らしくて、広く使われ始めてますよね。ちなみに、私の「みなし優先株式」の契約のひな形も書籍で公開していて、一部の弁護士さんには「磯崎方式」として、ケースに応じてカスタマイズしながらご愛用いただいているんですけど、フレキシビリティを持たせた分、契約の内容を理解するリテラシーが必要なのが課題かもしれません。

日本に足りないのは「組織形成力」の方だ

—シリコンバレーや深センとくらべて、東京もベンチャーが育ちやすい環境になっているとお考えですか。たとえば、人材面などで負けていたりしないでしょうか。

日本の個人の能力が海外に負けているとはあまり思いません。それより問題なのは「組織形成力」だと思います。

「日本人は集団行動は得意だが、飛び抜けた個人行動が不得意だ」とよく言われます。しかし、実は逆で、日本人は集団行動こそが苦手なんじゃないでしょうか?大企業が集団行動力を評価されるのは、新卒で採用して教育し、管理職が合宿で研修をして、何十年もの長い時間をかけて作った組織についてであってで、組織の作り方が非常にノロく、不効率です。

坂本龍一もイチローもしかり、実は世界的な活動をしているのは、「個人プレー」の人の方で、集団行動で活躍しているっていうのは、トヨタなどの、新卒から長時間をかけて形成してきた組織です。

これに対してアメリカ人は、ワーッと集まっていきなり「じゃあおれがリーダーやるから、お前は営業、お前は技術をやれ」なんて感じで組織を作り、2人で始めた会社を数年で数千人数万人の組織にまでグロースさせてしまう。そのための「組織形成力」、すなわち「インセンティブ」や「ガバナンス」の設計が、アメリカ人のほうが全然得意で、日本人は慣れていないのです。

—逆説的で面白いお話です。

ただし、これはただの慣れの問題ではないかと、楽観的に考えています。みんなベンチャー的な活動をすればいいんです。

才能があるやつに大きなインセンティブを与えて思い切って仕事を任せ、根幹の部分は後からフレキシブル変更していけるような、インセンティブやガバナンスの仕組みは、実はベンチャー投資におけるストックオプションや投資契約の考え方そのものです。日本の人たちの才能が抑圧されたり、生産性が上がらないといった問題の解決策のモデルは、すべてベンチャー投資の仕組みにその答えがあると思ってます。

日本の500兆円のGDPのたった5万分の1、年間100億円の売上で数十億円の利益がでる仕組みを作るだけで、時価総額1千億円規模のベンチャーができてしまいます。

日本はチャレンジする人が少なすぎて、道端に金塊が落ちているのに誰も拾わないような状況ですが、日本にも楽天とかリクルート、その他の大型ベンチャーなど、変化の中でグロースする組織で働いていた人はいます。そうした人たちが卒業してベンチャーを作る。それを2周目3周目と繰り返していけば、日本にも必ずそうしたノウハウは蓄積されていきます。

弁護士の起業家も増えているし、投資銀行出身者がCFOを目指すような時代にもなってきました。とはいえチーミングがまだ1周目だと、慣れていないわけです。

—磯崎さんのファンドがハンズオンで面倒をみるというのは、そうしたチーミングのところまで面倒をみるのでしょうか。

いえ、鍵になる幹部のご紹介など、多少お手伝いはしますが、フルタイムではないので限界はあります。そういうチーミングをやったことがある人、できそうな人を探してくるとともに、「ベンチャーなので給料安いです」なんて言わなくて済むような「おカネの面」を整備して、採用の背中を押してあげる、そんなスタンスですね。

法曹界の大御所にファンド契約とは何かを教わる

—磯崎さんにとっての思い出の契約を教えてください。

90年代、カブドットコム証券の立ち上げに参画して、ベンチャーという超面白い世界があるんだというのを知り、そのあとネットイヤーに移るんですけども、そこで日本の最初期のインキュベーターファンドの1つを作りました。今現在、上場しているネットイヤーグループはデジタルマーケティングの会社ですが、日本では1999年にインキュベーターファンドからはじまっています。

私はその日本のネットイヤーの社員番号1番でした。ネットイヤーは、創業者がニューヨークで設立した会社を電通国際情報サービスからMBOして、シリコンバレーに移って活動していたのですが、1999年の日本逆進出時に声をかけてもらってベンチャー投資の世界に飛び込むことになりました。

もともと私は長銀総研にいて、90年代後半は、インターネットや電子認証、電子マネーのリサーチなどをしていました。インターネットは確実に「来る」と思いましたが、ビジネスとしてまず何が立ち上がるかを考えていました。まだ個人にインターネットが浸透していなかった時代ですから、いきなりインターネットでECを、というのはきついだろうと。まずは金融にインターネットがマッチするのではと思い、電子の金融、その中でもオンライン証券が有望なのではと考えたわけです。株は手数料を10分の1にしても1回あたり数千円単位で課金できますからね。

その縁でカブドットコム証券の創業メンバーと知り合って、生まれて初めてファンドレイズからやってみたわけですが、証券業に詳しいわけでもなかったので、「この超ドキドキするベンチャーの仕事をもっといろんな会社でやってみよう」と、ネットイヤーでインキュベーションをやることにしたわけです。

—しかも、そのころのファンドの契約というのは、まだプラクティスも固まってなかったわけですよね。

ファンド契約については、思い出深い出会いがあります。

1999年当時、私はもちろんファンドやその契約のことなんて全然知らなかったんですけれど、ある方から濱田松本法律事務所(現 森・濱田松本法律事務所)の松本啓二先生をご紹介いただきました。そもそも弁護士という職種の人に会ったのが、ほぼ生まれて初めてで(笑)、右も左もわからず会いに伺ったわけです。松本先生から、「独立系でベンチャー投資をやる人が、ついに日本でも現れましたか。日本もそういう時代になったんですね。ファンドの契約は、ひな形もあって手間もかかりませんから、お金の心配は何もしなくていいですよ。」と手を差し伸べていただき、ファンド契約について一から教えていただいたのです。

「80年代に初めて、海外のLimited Partnershipと同様に使える日本のファンドの入れ物として、民法上の組合を使うというアイデアを思いついた」「この民法組合というスキームが理論的には最も適しているとは信じつつも、ファンド組成から投資、回収まで一巡して、出資者の反応や税務調査の結果などが出るまでは、本当に機能するかちょっとハラハラした」「その後、通産省との研究で契約書のひな形もつくった」といった昔話もいろいろ伺いました。

先生と打ち合わせさせていただいた時間は、トータルでもそれほど長いものではありませんでしたが、今にして思うと、まさに日本のVCファンドスキームの創設者から、ファンドというものの本質や挙動について非常に濃い「スピリット」を体に注入していただいた気がします。その、「新しいものを生み出すための仕組み、を生み出す人」の「スピリット」が、私がベンチャー投資の世界を今まで歩んで来た際の道を照らす灯りになってきたと思います。

リーガルテックへの期待

—クラウドサインや電子契約についての、率直なご意見もいただけますか。昨年末には「#クラウドサインで投資する」キャンペーンも展開しまして、ベンチャー企業や投資家さんにはぜひ使っていただきたいと思っています。

契約が電子だけで済むなら、そうしたいに決まっています。ただ、はじめから終わりまで、つまり契約作成、締結、管理だけではなくて、登記まで全部電子で済む世界に、早くしていただきたいですね。

私は、自分の申告しかしませんが一応税理士ではありますし、電子認証はリサーチしてレポートを書いていたくらいで、人並み以上の理解はしているつもりですけど、確定申告のためにWindowsでしか動かないICカードリーダーを買って年に一回の電子署名をやるかっていうと、それはやらない。一年間働いた「形」を見られるという効果もあるなあと自分を言い聞かせて、毎年紙で印刷して提出しております。(笑)

かように、日本政府の認証に関する考え方はガチガチに硬いので、登記についてもなかなか難しいとは思いますが(笑)。

—登記は率直に言って少々苦労しているところです。特に法務局での登記については、クラウド契約で締結した文書を添付書類として提出すると、紙の契約書に実印を押印して締結したもので出し直すよう、要求されるケースもあります。

そういう話は私も聞いています。ぜひ登記はできるようにしてほしいですね。

—あわせて、投資家からみたリーガルテック全体の市場観についても、コメントやアドバイスをいただければ幸いです。

単に既存の企業法務の弁護士さんの仕事の一部を代替するビジネスにとどまってしまうと、市場も限られていますし、わくわくしないですよね。

たとえば契約書が自動的に作成できるというだけでは、市場は大きくなさそうです。私のところにも、そういうリーガルテック系の起業家の方がお見えになりますが、まだピンとくるものに出会えていません。

法律って、世の中全体にしみわたっているものじゃないですか。法律を前面に打ち出さなくても、もう少し目線を広げて、身近な分野でテクノロジーによって面倒がなくなったり、生産性が革命的に上がるような、そういう分野の中にも、「実は裏側では法律的に問題を解決するところがキモになっている」と言ったものもたくさんあるはずです。そういうところを狙っていただくのもいいかもしれません。

― 企業法務にこだわらず、もっと身近な分野にこそリーガルテックをというご指摘は、最近私たちも考えていたところで、おっしゃるとおりだと思います。本日はありがとうございました。

(聞き手 橘・橋詰)