地震災害に備えた債務不履行リスクと契約条件の検討

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日本各地で比較的規模の大きな地震が続いています。阪神大震災や東日本大震災を教訓に、大震災対策を中心としたBCPを各社準備されていると思いますが、契約という観点から地震に対してどのような構えをしておくべきか、考えてみたいと思います。

地震が引き起こす企業活動への影響

地震大国の日本。2018年6月18日には大阪府北部を震源として最大震度6弱に到達する地震災害が、そして9月6日には北海道胆振東部で最大震度7におよぶ地震災害が発生しています。被災された皆様およびそのご家族の皆様には、心よりお見舞い申し上げます。

大きな地震が発生すると、建物や設備の損壊といった直接的な物損もさることながら、従業員・取引先、ライフラインや地域社会に対する被害も発生し、営業活動や工場操業を停止せざるを得ない場合も発生します。企業のリスク管理の観点からは、こうした事態に機敏に対応できる日常の備えが必要となってきます。

インターリスク総研著『実践 リスクマネジメント-事例に学ぶ企業リスクのすべて』P122をもとに作成

企業がこのような震災に直面した際には、人身の安全を確保するのが最優先なのは当然として、その時に締結している契約上の責任を整理し、素早く履行の優先順位を判断していく必要があります。

地震災害時の債務不履行責任と不可抗力事由

民法では、「債務者の責めに帰することができない事由」を債務不履行時の免責事由として定め、これによる履行不能や履行遅滞については責任を負わないものとしています(民法415条、543条)。

地震災害などの不可抗力もその免責事由の一つですが、不可抗力といっても「外部から生じた原因であり、かつ防止のために相当の注意をしても防止できない」もの(奥田昌道編『新版注釈民法(10)Ⅱ』(有斐閣,2011年))という程度の定義であり、具体的にどのような事由であればそれにあたるのか、基準が明記されているわけではありません。

契約によっては、その予測可能性を高めるための工夫として、「地震、火災、風水害、戦争、内乱その他の不可抗力による場合・・・債務不履行の責めを負わない」といった不可抗力免責条項を定めることもあります。しかし、これによっても、「震度6以上の大地震の場合は免責する」などと、具体的にその基準を明記している例は見られません。

このような状況下、地震災害と債務者への帰責性について、どのような論点が発生しうるか、代表的なものをいくつか整理してみます。

(1)物品の引渡しに関する契約

地震災害により輸送路である道路や空港などが寸断・破壊されることで、まず真っ先に物品の引渡し債務が滞ることになります。通常のルートに代わる迂回路を選択すれば引渡しも可能とはいえ、コストがかかる中、どこまでを債務者の義務とするかが問題となります。

この点、現状、判例を含め具体的な指針は示されていませんが、原則としては予定していたルート以外のルートを探索し運送すべき義務があるという見解(第一東京弁護士会「震災法律相談Q&A」P19)や、他の同業者の運送動向を判断基準とする見解(栗田哲男「地震災害と取引(4)」NBL411号P40)などがあります。

なお、標準引越運送約款では、地震による荷物の滅失や遅延が免責されています。

(2)建築工事等の請負に関する契約

建物が未完成な段階で震災が発生しても、土地の形状の著しい変形等がなく建物の建て直しが可能であれば、原則としては発注者はやり直しを求めることができ、工事費用を負担する必要はありません(民法632条)。

ただし、建設業法では、請負契約締結時に「天災その他不可抗力による工期の変更又は損害の負担及びその額の算定方法に関する定め」を書面により明らかにしなければならないと規定しており(建設業法19条6号)、契約書にこの定めがなされているのが通常です。

(3)オンラインサービスの提供に関する契約

サーバーの冗長化がクラウドのように十分ではないオンラインサービスの場合、地震による建物倒壊や電源・回線喪失が即サービスの停止につながるケースがあります。このようなケースでサービス提供者が不可抗力を主張することができるかも、論点となります。

この点、地震災害ではありませんが、電話会社でケーブル火災が発生し地域の電話回線サービスが一斉に利用できなくなった事案につき、バックアップシステムを用意せずに天災地変時の不可抗力免責を主張することはできないと指摘する見解(松本恒雄「電気通信事故と損害賠償の課題」法律時報58巻6号)もあり、ケースごとの判断とはなると思われますが、相当な規模の大地震でない限り、不可抗力による免責を主張しにくい類型にあたりそうです。

(4)金銭の支払いに関する契約

物品の引渡しとは対象的に、金銭の支払い債務の不履行については、不可抗力をもってしても免責がされないことが法律上明確にされています(民法419条3項)。したがって、震災を理由には支払いを遅らせることは原則としてできません。

とはいえ、現実の地震災害では、災害救助法適用地域の被災者を対象に、金融機関や通信会社が支払い期限の猶予や一部料金の減免措置をとっているのが通常です。

BCPの実効性を高める契約書とするための検討事項

東日本大震災以降、企業の製品・サービスの供給停止が社会経済に与える影響が大きくなっていること、また上述のような債務不履行リスクを最小化する意味でも、内閣府および中小企業庁を中心にガイドラインや策定事例が公開され、各企業においてBCP(Business Continuity Plan・事業継続計画)を策定しておくことが求められています。

企業におけるBCP策定場面では、たとえば、

といった目標を定め、その達成に必要な情報収集手段の確保、指揮命令系統の整備、サプライチェーン回復策、損害の回復手順等が文書化されているものと思われます。

こうしたBCPを実効性あるものに近づけていくために、契約書という観点で普段からどのようなポイントに気を配っておくべきか、いくつか挙げてみたいと思います。

(1)データセンター・通信回線契約におけるバックアップの確保

BCPを機能させるためには、情報が滞りなく収集でき、かつ必要なキーパーソンに伝達できる経路を確保しておくことが前提となります。

データサーバーや情報システムの保守契約においては、バックアップの確保や、またそれらと会社間の通信回線の冗長化は最優先事項と言えるでしょう。企業のBCP事例を見ると、震災に備えて緊急用の衛星電話等を別途契約しておく例も多く見られます。

(2)製品・サービス供給契約における不可抗力条項の設置

継続的契約を締結している以上、地震が原因であっても一義的には契約相手方に対する債務不履行状態に陥ってしまう可能性があります。こうした取引先への供給義務を免責しやすくするために、契約書にいわゆる不可抗力事由を定めておくことが考えられます。

裁判等では、当社が無過失であることを立証すればよいとはいえ、その負担は大きいものです。前述のとおり、「震度6以上の〜」というようなすべての基準を明記するのは難しいとはいえ、不可抗力条項があることでいったんはこの立証責任を回避できるメリットは少なくありません。

では、どのような不可抗力条項を定めればよいのでしょうか。かつて英文契約書で「天災」だけでなく、「地震、落雷、地滑り、落盤、火災、暴風、豪雨・・・」いったように、不可抗力事由を精緻に列挙した例もよく見られました。しかしながら最近の国際取引で用いられる契約書においては、こうしたスタイルでは例示のつもりでも限定列挙と解釈されがちになり不可抗力概念の外延が不明確になることから、ウィーン売買条約第79条1項等に倣い以下のような条項が用いられることが通例となってきているようです(北浜法律事務所編『取引基本契約書 作成・見直しハンドブック』P150-151)。

「当事者は、自己の義務の不履行が自己の支配を超える障害によって生じたこと及び契約の締結時に当該障害を考慮することも、当該障害又はその結果を回避し、又は克服することも自己に合理的に期待することができなかったことを証明する場合には、その不履行について責任を負わない。」

(3)製品・サービス調達契約におけるサプライチェーン維持協力条項の設置

まず一つに、災害発生後もできる限りサプライチェーンが維持されるよう、調達契約において取引先にもBCPを策定・提出させる義務を設けることが考えられます。

それでも取引先が被災しサプライチェーンに支障が発生した場合、他の取引先へ切り替えが必要となりますが、一方的な契約の解除となると帰責事由が認められず解除が法的に無効となるおそれがあります。したがって、代替調達が必要となる期間のみ解除を受け入れてもらうといった、配慮ある契約を事前に締結しておくことが考えられます(荒井正児「震災と契約法務」ジュリスト2016年9月号46頁)。

これに加え、「地震により供給不足状態になったとしても、当社に優先的に部品・商品を供給すること」といった、優先的供給条項を結んでおくこともアイデアとしては考えられますが、独占禁止法上問題となる優越的地位の濫用・取引拒絶に該当する可能性があり、適切ではないという見解があります(淵邊善彦ほか「議論しながら学ぶ震災後のリーガルリスク対応」ビジネスロー・ジャーナル2011年8月号71頁)。

よって、基本的にはこうした条項だけに頼るのではなく、日頃からリスクをある程度吸収できる在庫量の確保、取引先・調達ルートの分散を検討するべきでしょう。

地震保険・地震デリバティブ契約による金銭的リスクヘッジ

冒頭の図にもあるように、企業の損害は最終的に財物の修復費用、売上・利益といった金銭的なものとして現れてきます。これを回復・回避するために有効な手当として、地震保険や地震デリバティブのような金融商品を用いる手段があります。

内閣府の資料によれば、地震保険の契約件数および加入率は、1995年(平成7年)の阪神大震災以降、増加の一途をたどっていることが分かります。

内閣府 平成29年版 防災白書 附属資料61 より

なお、保険条件やデリバティブの支払条件については、契約時に十分な確認が必要です。たとえば、損保ジャパン日本興亜が販売する「地震テリバティブ」では、大阪を震源とする地震のトリガーイベントとしてマグニチュード7.1以上を要求しており、マグニチュード6.1前後と算定された2018年6月18日の大阪地震、マグニチュード6.7前後と算定された2018年9月6日の北海道地震では、ともに条件が満たされず支払われないということになります。

契約による地震災害のリスクヘッジに完全はない

以上みてきたように、BCPや保険をもって被害や損害を最小化する工夫は必要といっても、そのリスクを完全に抑え込むことは難しいのが地震災害です。

こうしたリスクについて、企業としてどこまでの注意義務を負うのでしょうか?倉庫内の化学薬品が阪神淡路大震災により崩れて火事を発生させ、貨物が消失した事件で、「震度は7の未曾有の大地震であるところ、被告としては、このような規模の大地震が発生するのを具体的に予見することはできなかった」と、注意義務違反の過失を否定した裁判例(東京地判平11・6・22判タ1008号288頁)などもあるようです。

一方で、この20年で地域を問わず大地震が続いていることにより、逆に、この日本においては震度6・7クラスの大地震が予見可能なリスクと評価され、ただちに不可抗力とは認められづらくなることも考えられます。

完全な策はない中で、先人の経験を生かし効果的なリスクヘッジ策を重ねて講じていくほかはありません。

参考文献

画像:
Graphs / PIXTA(ピクスタ)

(2018.9.7 橋詰改訂)