SaaS・サブスクリプションビジネスの利用規約—SLA(サービスレベルアグリーメント)の定め方


入門編第2回は、契約の一部を構成する文書として実務上どう書くか悩ましい、SaaS・サブスク利用規約のSLA(サービスレベルアグリーメント)について検討します。

SLA(サービスレベルアグリーメント)の重要性

SaaS・サブスクリプションサービスの利用規約を作成するにあたり、提供するサービスの内容と品質水準を記す「SLA(サービスレベルアグリーメント)」は、実務上も契約上も最も重要です。

まずSLAの語について、影島広泰『法律家・法務担当者のためのIT技術用語辞典』P117から、一般的な定義を確認してみましょう。

SLA:Service Level Agreement サービスを提供する者との間で、サービスの品質について合意する契約のこと。
例えば、クラウドサービスを利用する際に、「稼働率99%、累計年間停止時間4時間以内」というサービスレベルの契約をすれば、1年間に4時間以上停止する時間があった場合には、契約違反に該当するとするとして利用料金の減額が受けられたりするようになっているのがSLAである。

このように、品質についての記述になりますので、SLAの作成それ自体には法律の専門的知識は不要です。法務担当者が作文するというよりも、むしろソフトウェアを設計・運用するエンジニアが、サービスの仕様・品質に間違いのないよう記載することが望まれます。

しかし、SLAは文字通りAgreement(契約)でもあり、そこで 品質を約束することが法的にはそのまま契約上の義務ともなる点には、注意が必要 です。SaaS企業としては、そうしたリスクを踏まえ、すべてのユーザーに対して保証できる最低ラインの、かつ顧客も満足する品質水準をバランスよく抽出して記述しなければならない点が、SLA作成の難しさ・悩ましさとなります。

そこで今回は、SLAに具体的にどのような項目を記述すべきか について、考えてみます。

経済産業省「SaaS向けSLAガイドライン」のモデルSLA記載例

日本のSaaS業界におけるSLAの定め方・水準を示す文書として、経済産業省がとりまとめた「SaaS向けSLAガイドライン」が存在します。

この文書のP22によれば、SLAは、一般的に以下の要素から構成されます。

SLA構成要素 構成要素の概要
前提条件 サービスレベルに影響を及ぼす業務上・システム上の前提条件
委託範囲 合意された委託内容がカバーする範囲
役割と責任 利用者とSaaS提供者の役割と責任を明確化した分担表
サービスレベル項目 管理対象となるサービス別に設定される評価項目および要求水準
結果対応 サービスレベルが達成されなかった場合の対応方法(補償)
運営ルール 利用者とSaaS提供者間のコミュニケーション(報告・連絡)のルール・体制

一番の論点は、サービスレベル項目をどのように記述するか です。この点、「SaaS向けSLAガイドライン」の別表には、

  • 可用性
  • 信頼性
  • 性能
  • 拡張性
  • サポート

これらの項目に沿って モデルSLA記載例 が紹介されています。

経済産業省「SaaS向けSLAガイドライン」モデルSLA記載例 http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11094748/www.meti.go.jp/committee/materials/downloadfiles/g80207c05j.pdf
経済産業省「SaaS向けSLAガイドライン」モデルSLA記載例 http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11094748/www.meti.go.jp/committee/materials/downloadfiles/g80207c05j.pdf

このガイドライン・モデルSLA記載例は、サイボウズ社やセールスフォース社らが参加して策定されたものであり、業界の標準的な考え方を踏まえる資料として参考になります。

Y Combinatorひな形は「reasonable(合理的)」の文言で責任を限定

このシリーズ入門編で注目しているY Combinatorひな形においては、SLAはどのように定められているのでしょうか。

確認してみると、「Service(本サービス)」の概要をSAAS SERVICES ORDER FORM(サービス申込書)で定義し、その詳細およびSLAは、添付資料である

  • EXHIBIT A Statement of Work(添付A:サービス仕様)
  • EXHIBIT B Service Level Terms(添付B:サービスレベル条件)
  • EXHIBIT C Support Terms(添付C:サポート条件)

の3つで定めるという構成をとっています。

Y Combinatorひな形 EXHIBIT B Service Level Terms(添付B:サービスレベル条件) https://www.ycombinator.com/sales_agreement/
Y Combinatorひな形 EXHIBIT B Service Level Terms(添付B:サービスレベル条件) https://www.ycombinator.com/sales_agreement/

これにより、サービス申込書と添付の各仕様書・条件書で定義した本サービスについて、SaaS企業として顧客に対し提供責任を負います。もし、そのサービス仕様を下回った場合、債務不履行として補償等の責任を負うことになります。

ここで、Y Combinatorひな形に加えられているもう一工夫が、本サービスの提供保証義務を限定する文言の存在です。TERMS AND CONDITIONS 第1.1条および1.2条を見ると、本サービスの品質・水準は「reasonable(合理的)」な範囲にとどまると記述 されています。

1.1 Subject to the terms of this Agreement, Company will use commercially reasonable efforts to provide Customer the Services [in accordance with the Service Level Terms attached hereto as Exhibit B]. (以下略)
1.1 本契約に従い、当社は、お客様に対し、[添付Bとして添付されたサービスレベル条件に則り]商業的に合理的な努力義務をもって本サービスを提供します

1.2 Subject to the terms hereof, Company will provide Customer with reasonable technical support services in accordance with the terms set forth in Exhibit C. (以下略)
1.2 本条に従い、当社は、お客様に対し[添付Cに定める]合理的な技術サポートサービスを提供します。

特に1.1は、「商業的に合理的な水準の努力(義務)」と、SLAによって発生するサービス提供債務をかなり限定的なものとする記述になっているのが特徴的です。

サービス提供価格に応じたそれなりの品質を維持していれば、契約上の義務を果たしたと主張しやすくなるよう、スタートアップ向けのひな形として工夫している部分と言えます。

参考文献

関連記事

画像: den-sen / PIXTA(ピクスタ)、BoykoPictures / PIXTA(ピクスタ)

(橋詰)

契約のデジタル化に関するお役立ち資料はこちら

こちらも合わせて読む

電子契約の国内標準
クラウドサイン

日本の法律に特化した弁護士監修の電子契約サービスです。
さまざまな外部サービスと連携でき、取引先も使いやすく、多くの企業や自治体に活用されています。