私のサイン シティライツ法律事務所 弁護士 高橋治

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ロースクールが産んだアートと法のダブルメジャー。世界を相手に培った「DIY精神」で、法律事務所と顧客の新たな関わり方をデザインします。

ゼミ仲間だった倉崎弁護士の縁でシティライツに引き寄せられる

—本日は事務所へのご転身直後のお忙しい中、ありがとうございます。写真を撮らせていただきながら、リラックスした感じでインタビューさせていただいてもよいですか?

いいですね!じゃあ私も歩き回りながら喋りましょう。

—高橋先生にはインハウス時代からクラウドサインのお客様としてもお世話になっていましたが、私も大好きなこのシティライツ法律事務所でお会いできるなんて、うれしいです。

橋詰さんもご存知の通り、弁護士登録後、建設機械メーカーのコマツとインターネット企業の百度で、しばらくインハウスローヤーとして働かせてもらっていました。

シティライツとの縁が生まれたのは、倉さん(倉﨑伸一朗弁護士)のおかげです。倉さんとは、慶應ロースクール時代に同じゼミで勉強した仲でして。

倉さんがシティライツに入所、私も百度でインターネット関連の仕事をひとり法務でやっていましたから、不安なときには祐さん(水野祐弁護士)や倉さんに相談をしていました。

—入所されることになったいきさつは?

私、80歳までは現役で弁護士として働きたいと思っているんです(笑)。それを考えると、40を過ぎてプライベートプラクティスの経験もそろそろ積みたい。50からではさすがに遅いだろうと。

心の中では、動くならシティライツへと考えていました。そして去年の秋ぐらいでしたか、祐さん、倉さん、健吾さん(平林健吾弁護士)と4人で飲み会があったんですね。

飲み会も終わって、「じゃあ」と別れた後にメッセンジャーを開いたら、祐さんから「プライベートプラクティスへ転身を考える時があったら、弊所に声をかけてください」とお誘いいただいたといういきさつです。

—この頃は百度のインハウスローヤーとしてご活躍されていた時期ですね。

百度にも、頼れる部下として竹下さん(竹下千尋弁護士)が入社してくれて、彼なら任せても大丈夫だろうと思い始めていたころです。

百度では、自分の役割を「プロダクトカウンセル」と定義していました。文字通りあるプロダクトのチームに張り付き、法務面のすべてを担当するという役割認識です。私が担当した主なプロダクトは、Simeji(日本語キーボードアプリ)・popIn Discovery(レコメンドウィジェット)・popIn Aladdin(プロジェクタ内蔵シーリングライト)などです。特にpopInでは、創業者の程さん(程涛・popIn株式会社代表取締役社長)のそばで、ゼロイチで事業を作り上げていく過程を体験させてもらいました。程さんや会社を通じて、百度以外の起業家とも知り合う機会が増えていったころでもあります。

私のスタイルは、ついていきたいと思った起業家やプロダクトマネージャーを徹底的に支援するというものです。百度時代は「プロダクトカウンセル」と定義していた私の役割ですが、今はいっそ、カウンセルよりもさらに現場に近いという意味をこめて、「リーガルサイドエンジニア」という役割定義をしても良いかと思っています。開発チーム内にプロダクトマネージャ、フロントエンドエンジニア、サーバーサイドエンジニアという役割があるように、プロダクト開発の一端を担う技能職であるという意味で。

今回の転身は、このプロダクトカウンセルないし、リーガルサイドエンジニアとしての支援の対象を、外の起業家やプロダクトにも広げてみたい、そのためにプライベートプラクティスに身を置き経験を積みたいと思ったのがきっかけです。

グローバル企業の法務経験で培われた「DIY精神」

—インハウスローヤーとして初めてお仕事をされたコマツ時代のこともお聞かせ願えますか。

コマツでは、アウトバウンドM&Aをメインの業務として、現地法カウンセルと協働し、プロジェクトを推進するのがミッションでした。法務担当者に求められていたのは、、初めて見る外国の法制度を噛み砕いて理解し説明できることであったり、スキームの法律面のみならず会計上・税務上のインパクトを考慮することであったり、技術面を深堀りして理解し、契約書に反映することであったりしました。

—グローバル企業なだけに、仕事の領域も広そうです。

当時の上司が言っていたことで今でも思い出すのは、「ジェネラルカウンセルは、いわば、投げかけられた依頼から逃げることができない存在。最終的にすべての依頼を受け止める存在だからジェネラルなんだ」という言葉です。法務担当者は会計も、税務も、技術も、全部分かってなければならないと。すべての悩みを受け止めて消化する存在でなければならないんですよね。

持ちこまれるすべての問題に、まずは自分の手で取り組んでみること。この教えは、私の理想とする法務パーソン像としてもしっかりと刷り込まれているように思います。小さいことかもしれませんが、たとえば商業登記が必要ならまず自分でやってみる。商標出願もやってみる。そのうえで、外部の司法書士や弁理士の先生にお願いするかどうかを考えればよい。人任せで済ませない「DIY精神」が大事だと思っています。

外国との契約交渉でも、知らない言語・知らない準拠法で書かれた契約書が送られてきても、現地法カウンセルに頼るまえに自分で何とかして読み解いてみる。そういう精神が大切だと思います。

—私も中国語の契約書がくると、あきらめてしまいがちです…。

中国語も、とくに法律用語は日本語と共通する単語も多く、例えば当事者の表記も「甲・乙」だったりします。英文契約と同じで、粘り強くやっているとだんだん読めるようになります。

私も中国のカウンターパートが多かったんですけれども、彼らが作る英文契約書で意味がわからないものは実際少なくありません。彼らだって私たちと同様、母国語ではない言語で契約書を作っているのですから。

そういう時、「これは中文契約の英訳だと思うので、元の中国語版を見せていただけますか?」と問いかけてみると、高い確率で中国語版が出てきます。こちらが頑張って読み解けば、彼らが英文契約書では表現できなかった真の狙いや意味が伝わってくるんです。だったら中国語版を見てあげて、もっといい英文をスピーディに提案し直接反応を感じる。そういうDIYな対応こそが、求められていることだと思います。

我が事として世界の仕事に取り組むために重要なのは言語能力

—世界を相手に法務の仕事をするにあたって、大切なこととはなんでしょうか。

契約でいえば、内容を履行してくれるかどうかは、プロセスの中で相手側と逐一確認を取りながら詰めていくものでしかない、ということですね。

特に中国をはじめとするアジア圏では、契約書の文言をガチガチに固めたからといって、ビジネスがそれに従って進むとは限りません。履行の担保、契約内容の実現可能性に気を配ることが必要です。

アジア圏に限った話ではないですが、契約書を盾にしたコミュニケーションだけでは通用しないと考えたほうがいいでしょう。契約文言を緻密にすることよりも、当事者が契約内容を守りたくなるような仕掛けを考えることが重要だったりします。

—日本人は、外国人とのコミュニケーションとなると逃げ腰になりがちですよね。そのくせちょっとしたトラブルで必要以上に契約書の文言を振りかざすコミュニケーションに偏るのも、そうした逃避行動の一つだと感じることがあります。

語学力は極めて重要なファクターですし、法律家であればなおさらです。オールドスタイルかもしれないけれども、その国の言語を自分で理解し血肉化した上で、その国とのビジネスを考えるのが理想的です。AI翻訳の時代になってもそれは変わらないと思います。

私は、語学を含めた外国とのコミュニケーションを好んで自分のフィールドにしてきました。わからないことがあれば、WeChatで中国語で気軽にものを尋ねたりしたい。。外国の思考を自分のものとして血肉化していくプロセスが好きということなんだと思います。

英語以外の言語、たとえポルトガル語でもロシア語でもアラビア語でも、プロジェクト毎に関わる規制や契約のことなら、その国の法律から行政文書から、なんとかして自分の眼で確認し案件の細部をDIYで詰めていく。最終的には現地法カウンセルとの共同作業になるにせよ、自分で一次情報を確認するという姿勢を大事にしたいです。

ロースクールのおかげで美術史学と法律学のダブルメジャーになれた

—そうしたグローバルビジネスのご経験だけでなく、美術史学もご専門でいらっしゃいます。

もちろん一線で活躍されている方々には到底及ばないのですが、学位をいただいている以上は、美術の問題もわがこととして考えなければならない…という責任は感じています。

ですので、アートに関しての相談には人一倍責任を持って答えなければならないと言う意識が強くあります。

—先生すみません。私、アートに苦手意識があります(笑)。絵画展に行って絵を目の前にしても、何をどう見てよいのかさっぱりわからなくて戸惑ってしまうばかりで。

美術史とは、簡単に言えば「視覚表現から見た歴史学」なんです。人間を経済活動の歴史から見たのが経済史、人間が法をどう作ってきたのかを見たのが法制史。同じように、人間が何をどのように視覚表現してきたのかを見たのが美術史学です。

美術作品と素で対峙すると「作者はこの作品で何を表現しようとしたのか」に目が行きがちです。しかし作家はものを作りながら考えているし、作りながらズレていくこともある。結果的にできたものにメッセージがないということもあります。それでいて、アートはどこか過去に作られたものからの連続性、批評性を有し、あるいは作家自身はそうしたつながりを意識しないとしても、どこかに時代精神の反映があるものです。

もちろん美術作品に素で対峙することもできますし、すべての鑑賞者はまずそこから出発するはずです。一方で、美術作品が美術史、あるいは「美術界」に受容されていくプロセスは、一定の文脈を背景として持っています。作品は単独で鑑賞されるものであると同時に、壮大な相互リファレンスの体系の中で価値付けられるものでもあります。

そうした思考訓練を私は積んできました。これは法律とは全く異なる思考様式でもあります。

—それほどまでアートを突き詰めた方が、こうして法律家としてのキャリアを選ばれ、アーティストからの専門的な相談を受けとめていただける。貴重な存在ですね。

私がこれほど紆余曲折しながらも法律家になれているのは、ロースクールができたからこそですよね。私は2006年にロースクールを受験し、当時は最初の新司法試験の結果がまだ出てなかった頃ですが、ロースクールに対する社会の期待は大きく、私もブームに乗ったかたちではありました。ロースクールがなかったら、法律家は目指さなかったと思います。

きっかけは、最初の大学院の修了後に企業に就職しつつ、今後のキャリアを模索していたころ、家族から「法学検定」を勧められまして、何の気なしにテキストを勉強してみたんです。

そうしたところ、民法や民訴法に登場する「即時取得」「弁論主義の第二テーゼ」に感動してしまいまして。これを考えた人は天才すぎる、これを考えた人に会いたい!と思ってロースクールの門を叩きました。入ってから、それは歴史の彼方の存在であると知ったわけですが(笑)。

社内弁護士・社外弁護士に優劣はない、関わり方が違うだけ

—あっという間にインタビュー終了予定時刻を過ぎてしまいました。

ほんとですね。自分のことを話すと、いつも時間が足りなくなってしまうんですよね…。申し訳ありません。

—最後にお伺いしたいのですが、若手弁護士の中で「法律事務所から企業へ転身し、より深く事業をサポートしたい」という傾向が強まっている中、先生はその真逆の道をたどるという点でも注目されることと思います。

外部にいたとしても、インハウスに近いリーガルサービスの提供もできるのではないか、というのが現時点の仮説です。インハウスローヤーから転身したばかりの私がそういうことを言うと、「知りもしないくせに」とまた批判されるかもしれませんが。

つまるところ、自分が関わっているプロダクトやサービスの哲学を深く知って好きになれるなら、あとは業務上の関わり方の違いだけではないでしょうか。どちらが偉いとか、優れているということはないはずです。

プロダクトを一緒に作りあげるリーガルサイドエンジニアだと言うなら、その立場から、プロダクトのマーケティングとか、デザインやアイコンの色を含めたUIについても考えて意見する。一昔前、「利用規約の同意のUI」について一緒に考えるのが良い法務、なんていう流れもあったと思います。良い傾向ですが、そこ止まりではなくて、プロダクトのユーザーエクスペリエンス全体を一緒に考えるのがいい法務なんじゃないかとすら思っています。

こうした関わり方は従来、中の人でなければ難しいと考えられていました。ただ、外にいてもできる部分はあるのではないか、そこに挑戦したいと思っています。むしろ私がシティライツに移ったことで、今まで得られなかった私以外のメンバーの視点を反映したアドバイスができるようにもなれば、中の人であったとき以上の貢献ができるかもしれないです。

—先生が「新しい社外弁護士」像をこれからデザインされるわけですね。

そこまで大それたことを考えているわけではありませんが、結果的にそう見られるかもしれません。しかし、これまでの社外弁護士の常識やイメージにこだわるお客様には、受けが悪いかもしれないですね。

私とクライアントとの関わり方について、キーワードは2つだと考えています。「スピード」と「イテレーション(iteration、「反復」の意)」です。とにかく一次回答をスピーディに返し、クライアントとの対話の中で共に修正しながら解を作り上げていく。そのバックグラウンドには、グローバルな企業法務の経験と、アートと法律のダブルメジャーならではの独特のものの見方がある。そのような点を踏まえて「この人はなにかやってくれそう」と期待を持っていただけるとしたらとても嬉しいです。

特に「イテレーション」を重視している点に対しては、普通、外部の弁護士はベストを尽くした解答を最初から目指すものではないのかといった批判があるかもしれません。私としては、事業のフェイズによって、求められるアドバイスの粒度、提出のスピードが異なる、という点を踏まえて、アドバイスの適切な提出方法を考えた結果、そういうスタイルに落ち着きました。なにか新しいことが始まろうとするあの混沌のなか、しかも、競合が現れることも予想でき、一刻も早くプロダクトに形を与えたい、というフェイズには、それに合った法務の関わり方があるはずです。

混沌、といえば、唐突ですが、私の究極の目標は「長寿」なんです。もうこれから世界がどのように変化していくか、分からなすぎて、だけど、この世界に起こる変化を一つでも多く見届けたいのです。そのためには、シンプルに「長寿」、そして「現役で居続けること」を目指すしかないなと。私の父は、72歳でまだ現役の医師をしていて、98歳で亡くなった祖父も、80歳くらいまで医師の仕事をしていました。そういう身内の影響もあります。

私も、80歳まで、優れた起業家とプロダクトをサポートする弁護士をやり遂げますよ(笑)。

(聞き手 橋詰)