ハンコによる契約を「規制」してきた法令とその変遷

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日本において契約書にハンコを用いる商慣習が定着するまでの歴史をひも解いていくと、むしろハンコこそが規制や古い慣習と戦ってきた存在であったという事実が浮かび上がってきました。

実は「規制される側」からのスタートだったハンコによる契約

日本におけるハンコのルーツを辿って歴史書を紐解くと、西暦57年に漢から送られたと言われる「漢委奴国王印」にはじまり、以後徐々に日本特有の文化としてハンコが定着した、と語られます。

しかしもう少し細かく分析をしていくと、江戸〜明治初期までの民間対民間の契約においては、ハンコはいまほどメジャーな契約締結ツールではなく、爪印(拇印)であったり、「花押」と呼ばれる草書体墨書きの署名(サイン)が使われていました。

さらに明治維新で近代化が急速に進んでいくと、大量の書類に花押を書かなければならないシチュエーションが増えていきます。そこで 花押を手書きする手間を削減するため、木にかたどって印判(ハンコ)にした「花押型ハンコ」が使われるようになり ました。

この花押型ハンコは、日本において朝廷や幕府といった統治者側ではない民間人が私印としてのハンコを使い出した源流といえます。

九州国立博物館ウェブサイト https://www.kyuhaku.jp/exhibition/exhibition_pre03.html 2019年10月30日最終アクセス

実は、日本近代史における契約締結手段に対する規制は、明治政府がこの花押型ハンコの使用を禁止したところからスタート します。その規制のはじまりが、「明治6年太政官布告第239号」です。

人民相互ノ諸証面二爪印或ハ花押等ヲ相用候者間々有之候処、当明治六年十月一日以後ノ証書ニハ必ズ実印ヲ用ユ可シ、若シ実印之無証書ハ裁判上証拠二相立候条、此旨可相心得事
但商法上ノ証書ニ商用印ヲ用イ、請取通帳等ニ店判を用ヒ候ハ別段ノ事

これにより花押型ハンコは禁止され、自筆で花押するかまたは実印を押印しなければ、民民の契約は裁判上の証拠として認められないこととなりました。

さらなるハンコ規制強化—偽造・盗用リスクを理由に押印に加えて自署を加えることを強制

さらにこのハンコ規制は強化されていきます。

司法省はわずか4年後、実印の偽造・盗用リスクを問題視し、取引と権利の安全を確保する目的で、今度は実印の押印に加えて自署(自書)を添えることを原則 とした「明治10年太政官布告第50号」を定めます。

諸証書ノ姓名ハ必ズ本人自ラ書シテ実印ヲ押スベシ、若シ自書スルコト能ハザル者ハ、他人ヲシテ代書セシムルヲ得ルト雖モ、必ズ其実印ヲ押スベシ、其代書セシ者ハ本人姓名ノ傍ニ其代書セシ事由ト己レノ姓名トヲ記シテ、実印ヲ押スベシ

明治時代からすでに実印の偽造が横行していた というのは、3Dプリンタで偽造されるようになってハンコの信頼が揺らぐ現代にも通じる、興味深い史実です。

国立国会図書館デジタルコレクション http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/787957/64 2019年10月30日最終アクセス

役所と銀行に限り緩和されたハンコ規制

こうして 実印だけではなく自署まで義務化されて大いに困ったのが、役所(当時の大蔵省)と銀行 でした。

大量のペーパーワークに追われる立場として、すべての法的書類に実印に加えて自署をするのは現実的ではないと泣きついたのです。その結果、同年公布された「明治10年太政官布告第64号」では、

但シ、本文証書トハ契約ノ証書(金穀物地所建物賃借売買譲与並預リ証書等凡テ民事上相互ノ契約ニ係ルモノヲ云フ)ニ限ルモノトス

として、署名+実印義務は民民の契約書に限定 されました。さらに銀行から泣きつかれた司法省も以下の通達を出し、手形を除いては押印のみでよいと緩和 されました。

伺ノ趣、事実無余儀相聞候条、当座預金受取証書、振出手形、為換手形ノ三種ニ限リ、自筆姓名ヲ彫刻シ、自身ニ之ヲ押捺シ、且加印致候儀聞届候事

かんたんに押印できるハンコというテクノロジーが、利便性をもって規制に打ち勝った瞬間 だったとも言えます。

再び強まるハンコ規制—手形への署名を義務化

そんなハンコにふたたび訪れた大きな転換点が、手形取引のルールを定めた明治32年の商法制定議論です。

江戸時代の手形・印鑑箱 石井良介『はん』(学生社, 1964)P176-177

起草者の東京大学梅謙次郎らは「手形は転々流通するものであるから、署名は必ず自署でなければならない」と主張。これにより商法445条には、

為替手形ニハ左ノ事項ヲ記載シ振出人之ニ署名スルコトヲ要ス

と、手形においては署名が要件 となったのです。

押印と署名を同格化した「商法中署名スへキ場合ニ関スル法律」

こうして「署名こそが正」としようとする政策に対し、民間企業はふたたび抗議の声を上げます。

これを受け、押印に署名同等の効果を与える法案 が議員立法により起案。それが、2006年の会社法施行まで存続した「商法中署名スヘキ場合ニ関スル法律」 です。

商法中署名スヘキ場合ニ於テハ記名捺印ヲ以テ署名ニ代フルコトヲ得

この法案に対し、政府委員として見解を述べた梅謙次郎は

と反対をしましたが、結局同法は可決成立され、押印の法律上の効果が署名と同格化 されるにいたりました。

この法律制定以後、みなさんご存知のとおり署名よりもカンタンに契約できるツールとして、三文判(認印)を含めたハンコが民間で普及していくことになったわけです。

そしてテクノロジーはハンコから電子契約へ

以上をまとめると、日本の民民契約の締結手段は、

  1. 花押自書
  2. 花押型ハンコ
  3. 自署花押or実印の強制
  4. 自署and実印の強制
  5. 手形への実印の強制
  6. 手形への署名の強制
  7. 署名と押印を同格化

このような契約締結手段規制の変遷を辿りながら、当時のテクノロジーの中ではもっとも「かんたん・便利」に契約の証拠が作成できる便利なツールとして、規制に苦しめられながらこれを乗り越え広まっていったのが日本のハンコの歴史だった というわけです。

現在、ハンコよりもかんたん・便利なツールとして電子契約が浸透しはじめています。多くのユーザーのみなさまに認知され、紙とハンコに変わるテクノロジーとして電子契約が支持されれば、商慣習や法令すらも変わっていく ことは、歴史が証明しています。

そう認められるためにも、便利さだけでなく偽造・盗用に対する安全性も両立・充実させ、電子契約が真の意味でハンコよりも優れた契約締結手段としてお認めいただけるよう、努力を続けなければなりません。

参考文献

画像:
bee / PIXTA(ピクスタ)

(橋詰)

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