自動押印ロボットは法的にロックである

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ハンコを自動で押印してくれるという話題のロボットを取材しました。判例によって認められ、日本のハンコ文化と契約書の法的証拠力を支えてきた「二段の推定」のロジックが、今ディスラプトされようとしています。

話題の「自動押印ロボ」を取材に国際ロボット展へ

2019年12月、何かの冗談かと目を疑うようなニュースが注目を集めました。人間に代わって自動でハンコの押印作業を担う自動押印ロボット を、デンソーと日立の関連会社が共同で開発し販売するというニュースです。

その目で実物を確かめるべく、2019年12月18日〜21日まで東京ビックサイトで開催されている「2019国際ロボット展」へ取材に伺いました。

・印章ユニット装填 → 朱肉づけ → 押印 → 印章ユニット取外し
・紙めくりユニット装填 → 紙めくり → 紙めくりユニット取外し → 再び印章ユニット装填

この一連のプロセスを拝見しながら、本プロダクトの販売窓口を務める日立キャピタルの説明員の方にお話をいただきました。

自動押印ロボは法的にロックだ(YouTube)

https://youtu.be/rCm7lFChqdU

プロダクトのすみずみまで行き届いた細やかな配慮は、目を見張るものがあります。

たとえばこの下の写真の真ん中あたり、ロボットアームの先に付いた<黒い円盤>の裏に<赤い円盤>が見えるでしょうか?この部分、「空気を吸い込んで紙面を引っ張り上げてめくる」のではなく、この黒と赤の境目から空気を吹き出して「内外の気圧差で紙面を円盤に引き寄せてめくる」という仕組みになっているのです。紙を吸引すると、場合により契約書等の押印文書を痛めてしまうおそれからとのこと。

角に取り付けられた赤く大きなボタンは「エマージェンシーボタン」です。ISO規格等の定めにより、このボタンを設置しないとロボットの周りに柵を設ける必要がでてしまうのだとか。たしかに、ロボットの周りが柵に囲まれてしまっては、書面の入れ替えもままならなくなってしまいますが、こうなるともはや事務機器を超えて工業用製品です。

しかし残念なことに、ある書類に一箇所押印してから次の書類に押印するまで、約2分の時間を要します。おそらく人間なら丁寧にやっても20秒程度で終わる作業です。「せっかくのロボなのに、ずいぶんとゆっくりだなあ」という印象です。

この点について説明員の方にお尋ねしたところ、

とのご回答でした。

法律上「人」ではないロボットが押印した文書は民事訴訟法上どう扱われるのか

しかしこの押印ロボット、機能自体は見た目にもわかりやすい一方、法的には微妙な問題をはらんでいる ように思われます。それはどんな点でしょうか?

まず、訴訟におけるハンコの証拠力を規定した民事訴訟法228条4項 をみてみましょう。

第二百二十八条
4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。

この条文があるおかげで、日本では、文書にハンコが押してあれば「真正に成立した文書であろう」と裁判官に推定してもらえることになっています。

しかしその 前提となるのはあくまで「本人又はその代理人の署名又は押印があるとき」 です。ロボットが「本人」ではないことは明らかですが、法的には「人(自然人)」でもありませんから「代理人」にもなれません。また、ロボットに法律上の人格いわゆる「法人」格を与えようという議論もありますが、それを認める法は現状立法されていません。

企業の代表取締役本人が明確な意思を持ってこのロボットの操作パネルにある 【Start 連続丸印】 ボタンを押したとしても、本人が意図しない書類が混ざっていた場合などを含め、争いとなった場合に民事訴訟法上どのような評価となるのかは、現状では不透明と言わざるを得ないのではないでしょうか。

最高裁判例で認められた「二段の推定」の前提がディスラプトされる

また、先ほどみた 民事訴訟法228条4項の推定効を支えるいくつかの最高裁判例 があるのですが、この自動押印ロボットはその認定の前提となっていた「経験則」をもディスラプト(破壊)しかねないものとなっています。

文書中の印影が本人または代理人の印章によって顕出された事実が確定された場合には、反証がない限り、該印影は本人または代理人の意思に基づいて成立したものと推定するのが相当であり、右推定がなされる結果、当該文書は、民訴326条【編集部注:現行民事訴訟法228条】にいう「本人又は其ノ代理人ノ(中略)捺印アルトキ」の要件を充たし、その全体が真正に成立したものと推定されることとなる
(最判昭和39年5月12日民集18巻4号597頁)

ここで述べられた、「反証がない限り、該印影は本人または代理人の意思に基づいて成立したものと推定するのが相当」は、裁判所が経験則として抱いている「印章は通常大事に金庫等に保管されていて、本人以外が押印できるはずがない」が前提 となっています。この裁判所の経験則に基づく推定を前提として、前述の民事訴訟法の条文に書かれた推定効が有効と認められているのです。これがいわゆる「二段の推定」と呼ばれるロジックです。

一方、動画でもご覧いただいたように、自動押印ロボットを利用する企業は、Startボタンを押して以降ロボットに印章を委ねることになります。このような、本人でなく人ですらもないロボットにハンコを装着し、大量の文書に自動押印する行為が、この最高裁判例の射程に入るか は、論点となるでしょう。

自動押印ロボットは押印代理と何が違うのかという問題提起

説明員の方に、「こうした法的問題について、弁護士の見解は得ていないのか」とお尋ねしたところ、

とのご回答でした。

印章を用いた押印から抜け出せない、クラウドサインのような電子契約への移行をすぐにはできないと躊躇している企業や各省庁が、こうした力技でのリアルハンコ自動押印化の道をなかば本気で選択しないとも限りません。そうなればなるほど、ロボットがハンコを押した法的に問題をはらんだ法律文書が大量に世の中に流通 することとなります。

しかし考えてみれば、毎日毎日大量に作成される契約書に、法務部長や秘書がこの自動押印ロボットのごとく代表取締役印を押印している実態がある わけで、それで世の中が回っているのであれば大して変わらないじゃないか、という見方もできるかもしれません。

このように、ハンコの法的効力を支えてきた民事訴訟法および最高裁判例に問題を提起する自動押印ロボットは、法的にロックな存在である ことは間違いなさそうです。

(橋詰)

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