契約書の作成・チェック業務のコツ—依頼者から信頼を得るためのポイント


約書の作成・チェックは、法務の中心的な業務です。コンプライアンスやリスクへの感度が高まって、依頼件数は右肩上がりというところも多いでしょう。

法務パーソンとして依頼を受けたからには、期待を超えたいものです。この記事では、依頼者からの満足と信頼を得るために、法務歴約15年の筆者が契約書検討の際に実践していることをお伝えします。

契約書作成・チェック業務のポイントとは?

依頼者の期待を超える回答をするために筆者は、次のような意識を持って契約書の検討に取り組んでいます。

契約書作成・チェックはただの作業ではない

契約相手が違っても同じような条項が並ぶことが多く、ややもすると「作業」になる契約書の検討。

しかし 法務の仕事は、契約書のリスクを指摘するだけの作業ではありません。そのような意識でいると、依頼者は「契約書チェックはリスクの指摘を受ける関門」「法務は現場のブレーキを踏んでばかり」と感じてしまうでしょう。

リスクを指摘するだけでなく、「今回の取引ならこの定めのほうが良いのでは?」などと前向きなアドバイス も提供できれば、依頼者の法務や契約書に対する見方が変わります。

コミュニケーションの取り方次第で、共に契約書以上の価値を創る

常に意識していることは、「依頼者と共に価値を創る」マインドを持つことです。依頼者と信頼関係が構築できれば、行いたい取組みを契約書にどう落とし込むべきかを一緒に探っていけます。

経済産業省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能のあり方研究会報告書(令和元年11月19日)」でも、法務は次の3つの機能を発揮しながら価値を共創できると説いています。

  • クリエーション機能
  • ナビゲーション機能
  • ガーディアン機能

ルールを作り(クリエーション機能)、ビジネスを広げるサポートを行い(ナビゲーション機能)、かつ、一線は越えさせない(ガーディアン機能)という3つの役割を、良質なコミュニケーションを通して果たしながら共に価値を創る。これが現在の法務に求められる働きであり、常に念頭に置いておきたいミッションです。

経済産業省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能のあり方研究会報告書」(令和元年11月19日)P.7
経済産業省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能のあり方研究会報告書」(令和元年11月19日)P.7

契約書検討の質を高めるためのコツ

筆者が契約書を検討する際、質を高めるために実践している流れとコツをご紹介します。

契約書の法的な検討ポイントについては、定評ある書籍などでも述べられています。この解説では、条文を検討する前後、つまり 依頼時と回答時に意識している具体的行動 にポイントを絞りました。

取引相手と取引の全体像を把握する

取引の背景や将来起きそうなことは、契約書案を読むだけでは把握しきれません。したがって、取引相手や取引の全体像について、依頼者からのヒアリングも行う必要があります。

ヒアリングには副次的な効果がふたつあります。ひとつは、依頼者の契約への理解が深まることです。もうひとつは、法務パーソン自身の当事者意識が高められることです。取引を立体的に感じることで、依頼者と同じ情熱を持って案件に取り組めます。

筆者は、契約書の条文をどうしたいかの前に、取引相手と取引自体を把握する ため、次の情報を集めるようにしています。

  • 相手方の情報(相手方の資本金の額、事業内容など。ホームページのURLや信用調査報告書などがあればそれも)
  • 取引の内容や規模(自社と相手方をそれぞれ四角で囲み、当事者間でやり取りされるものを矢印で表した関係図などを書いてもらえるととても良い)
  • 相手方とすでに締結している契約があればその契約書
  • 依頼者が契約書案で気になっているところ

これらの情報を記入できる依頼用のフォーマットを用意して、抜け漏れを防いでいます。

フォーマットを用意することで、事業部と法務双方の時間短縮が可能 です。契約書チェックの依頼がワークフローシステム化されている企業であれば、入力必須に設定しておくとよいかもしれません。

過去の類似案件の契約書や雛形を調べる

もうひとつ、本格的な検討に着手する前にしておきたいのは、その取引先以外と実施した過去の類似案件を探すことです。

取引にはそれぞれ個性があり、過去の案件をそのままコピー&ペーストすることはできません。しかし、過去の類似案件を数多く抑えておくことで、似たような契約類型の契約書であればどのような条項が必要か、どのようなポイントで揉めそうか、あたりをつける ことができます。

さらに、過去に同じ取引先で同様の検討を行っている場合、不用意な修正をすると「前回はなかった修正が入っているのはなぜか?」と鋭い指摘が入ることもあります。適切な回答ができるよう、過去の記録は一度確認しておくべきです。

法務にとって過去の案件は大切な財産・ノウハウなので、アクセスが難しい場合には改善を検討しましょう。契約書チェックを記録するシステムが導入されていなくても、Excelで受付台帳を付け、共有フォルダにやり取りの履歴を保存しておくだけでも随分探しやすくなります。

秘密保持契約や取引基本契約のような定型的なものであれば、自社で雛形を用意しているところも多いでしょう。雛形は、過去から得た学びを練りに練って作っているはずなので、その各条項の作成意図がわかる逐条解説(プレイブック)を整備しておく と良いです。

筆者は、定型的な条項について、定評のある書籍などをもとにモデル条項といくつかのバリエーションを解説付きでまとめた資料を作成していました。

契約書作成・修正の意図を簡潔に示す

契約書を作成・修正したら、その意図をWordのコメント機能などを利用して簡潔に示しましょう。依頼者も、その上司や相手方に修正の理由を説明しなければならないからです。

「これは言わなくてもわかるだろう」と感じられることでも、依頼者との関係性が築けるまでは丁寧に伝える ことをお勧めします。

また、小さなことではありますが、次の2点も意識したいところです。

  1. 内部コメントがそのまま相手方に流れてしまないよう、「これは内部コメントなので、相手方に見せないでください」と注意喚起する
  2. 再確認依頼などで、2回目以降に同じユーザー名でWordの変更履歴を使うときは、今回の修正部分がわかるようにハイライトなどで工夫する

加えて、依頼者の一歩先を読むことも重要です。依頼のあった契約書の 締結権者や収入印紙の要否・印紙税額など、依頼者がこの後遭遇しそうな疑問を先取りできれば、信頼も厚く なります。

木を見て森も見る

筆者が上記を実践する際に常に意識していることは、法務の心得である「木を見て森も見る」です。これは、細部も全体もおろそかにしてはならないという教えです。

契約書は、誤字脱字や全体のバランスなどの見た目に限らず、内容についても、細部と全体への配慮が求められます。

良い契約書とは、ひたすら自社に有利なものではなく、取引の背景や将来起きそうなこと、当事者の関係などが織り込まれたもの であることを忘れずにおきましょう。

プロジェクトに参加して契約書を作成するとき

法務パーソンとして経験を重ねていくと、組織再編、M&A、アライアンス、新規事業などプロジェクト(PJ)に参加して一から重要な契約書をゼロから作成する機会が巡ってきます。

基本的な心得は普段の契約書チェックと同じですが、「依頼者」が一人ではない分、プラスアルファで心がけたいこと を経験則からお伝えします。

プロジェクト会議には積極的に参加し質問する

会議への参加に声をかけてもらったら、ぜひ出席しましょう。資料だけでは、PJの全体像やゴール、参加者の意見・希望などが把握しきれないからです。

そして 会議では、恐れず質問 してください。全体を俯瞰しつつ細部まで見る訓練を日常的に行っている法務パーソンの質問は、鋭くポイントをつくことが多いです。

その質問により、参加者同士の認識の相違が明らかになって議論が深まることも珍しくありません。

言われる前に選択肢を準備・整理しておく

PJに参加するときは、一歩先ではなく、十歩百歩先を読むことが求められるため、常に準備が必要です。

たとえば、「今回の契約スキームにどんな選択肢があるのか」、「それぞれのメリット・デメリット」など、聞かれる可能性があるものはできるだけ回答を準備 しておきます。

また、いつ契約書作成の指示があるかわかりません。契約書を一から起案するのは時間を要するので、事前に情報を集めて 条項見出しレベルでの下書き などしておくと良いでしょう。

財務経理部門等の他部署にも相談する

大きな案件、重要な案件では、法務の力だけで契約書を作り上げることは難しいです。良かれと思って考えた案も他部署にとっては実行不能の可能性があります。

特に、PJが組成されるような大きな案件では、会計上又は税務上のインパクトも大きいので、財務経理部門との連携は不可欠 ですし、人の問題を含む場合には、人事部門との連携も必要です。

契約書作成とチェックの秘訣は過去の情報へのアクセスと良質なコミュニケーション

良質な契約書検討のために筆者が意識していることを紹介しました。

結局のところ、具体的行動レベルでの秘訣は、過去の情報へのアクセスと、依頼者との良質なコミュニケーションです。そして、これらを実践するときには、「契約書検討はただの作業ではなく、依頼者と共に価値を創る仕事である」という意識を強く持つ必要があります。

これが徹底できれば、依頼者の期待を超える回答ができるはずです。法務に配属・異動されて間もない方、契約書検討に苦戦している方は、参考になさってください。

(イラスト・文 いとう)

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