契約書の印鑑照合に関する法的義務

契約書を作成すると押される印鑑。ところで、あなたは契約相手の印鑑(印影)がホンモノか調べたことはありますか?

今回は、この印鑑照合の義務について述べた判例を調べてみました。

印鑑照合の方法や義務は意外に知られていない

印鑑を紙の契約書に押すことで契約する、それが現在の日本の商慣習です。契約書が作成されると、記名押印欄に赤い朱肉で押印をし、お互いにその意思が真正なものであることを相手に対して示します。

さて、このような用途で使われる印鑑は、契約当事者本人が押印しさえすれば、真正な文書を成立させるための印とすることができます(民事訴訟法第228条4項)。実態としても、製本され黒い文字が整然と並んだ契約書に赤い印が鮮明に押されると、その印影がよほど信用ならないデザインでもない限り、ホンモノだろうと信頼しているはずです。

それでも、もしその印鑑がニセモノだったら大変、ということで、特にトラブル経験も豊富な大手企業や金融機関などでは、

このような、厳格な手続きを相手方に要求するケースも少なくありません。

ところで、みなさんはこうした契約書に付された印鑑について、印鑑証明書や印鑑票などと照らし合わせてホンモノかどうかを確認したことはあるでしょうか?ビジネスで契約書を何通も結んだ経験がある方でも、この印鑑照合をどこまで厳密にやらなければならないかは、知らないのではないでしょうか。

判例は印影を並べて見比べる平面照合を基本的な義務と認定

実は、この印鑑照合を具体的にどのような方法で行うべきかについて、法的な観点から詳細に述べた最高裁判例があります(最判昭46・6・10民集25巻4号492頁)。

この判例は、取引に用いられた手形に押された印鑑が、事前に届け出のあった印鑑票の印鑑を偽造したものだったことを見破れなかった銀行の責任に関して争われたもの。その判決の中で、最高裁は以下のように述べています。

同支店では、上告人の義母が上告人名の印章を偽造しこれを押捺して作成した上告人振出名義の偽造手形五通(以下、本件手形という。)上の印影が上告人から同支店に届け出ていた印鑑票上の印影と似ていて、印鑑票と手形とを平面に並べて肉眼で両印影を比較照合するいわゆる平面照合の方法によつて照合した担当係員においてその相違を発見しえなかつたため、右手形が真正に振り出されたものとして、上告人の当座預金からその支払をしたというのである。
おもうに、銀行が当座勘定取引契約によつて委託されたところに従い、取引先の振り出した手形の支払事務を行なうにあたつては、委任の本旨に従い善良な管理者の注意をもつてこれを処理する義務を負うことは明らかである。したがつて、銀行が自店を支払場所とする手形について、真実取引先の振り出した手形であるかどうかを確認するため、届出印鑑の印影と当該手形上の印影とを照合するにあたつては、特段の事情のないかぎり、折り重ねによる照合や拡大鏡等による照合をするまでの必要はなく、前記のような肉眼によるいわゆる平面照合の方法をもつてすれば足りる(後略)

この銀行は、印鑑票と手形とを平面に並べて肉眼で両印影を比較照合する簡易な方法を採っていました。上記判例の引用部分にも記載のとおり、この方法は「平面照合」と呼ばれる方法です。

こうした平面照合以外の確認方法としては、当時から

などもありましたし、現代では、拡大鏡に代えてコンピュータを使っての精緻な画像分析も可能になっています。

試しに2つの印鑑の「折り重ね照合」をやってみましたが、私には見破れる気がしませんでした…

しかし、そうした平面照合よりもさらに慎重な確認は、「特段の事情がない限り」基本的には不要、と当時の裁判所は述べたわけです(ちなみに、実際のこの判例のケースでは、この手形にまつわるその他の不自然な事情もあったため、銀行の注意義務不足が認定されてしまっています)。

技術や取引の方法が進化した現代における印鑑照合の意味を再考する

このように、印鑑照合にはいくつかの方法があるものの、基本的には並べて肉眼で確認すれば法的にOKとされている、ということがわかりました。では、あなたは(御社は)、実際にこの平面照合以上の方法で印鑑を照合しているでしょうか?

そもそも、照合するには事前にホンモノの印鑑がどのような印影であるかを知らなければ照合しようがありません。この点、上記判例のような金融機関ならいざ知らず、取引の前に事前に印鑑票を届け出させたり、印鑑証明書のある実印を使っているかどうか確認している取引自体が少ないはず。

加えて、スキャナーや3Dプリンタのような道具が発達しているいま、それらを使って印影から印鑑が偽造されれば、よりシビアに折り重ね照合や画像分析をしたところで、ニセモノかどうかを見破るのは至難の技です。

3Dプリンタ・3Dスキャナ

「相当な悪意がなければ印鑑の偽造なんてされない」、そうした社会的な相互信頼に支えられて利便性を担保しているのが、印鑑を用いた契約という商慣習でした。

一方で、取引そのものが対面からオンラインへと変わって、取引の相手がますます見えなくなり、かつスピードは高速になっていくことは間違いありません。そんな中、契約の真正を確認する方法が木材や牛角に掘りつけた模様の写しを照合する方法のままでいいのか、ダメだとすればそこからどう進化させていくべきか、そろそろ真剣に考えるべきタイミングを迎えています。

画像:Flatpit, chesky / PIXTA(ピクスタ)

(橋詰)