法務パーソンが考える新しい契約のかたち—デジタルベースの統一規格化と個別化


2020年、私たちは、これまでの働き方や習慣を大きく変えることを余儀なくされました。

契約も例外ではありません。これから社会で必要とされる「新しい契約のかたち」とは どのようなものなのでしょうか。今が理想像を考えるのに良い機会かもしれません。

企業の法務担当者目線で想像すると、「統一規格化と個別化」がひとつのポイントになるのではと予想 しています。

そもそも「契約」とは

「新しい契約のかたち」を考える前に、まずは、「契約とは何か」をおさらいしておきましょう。

契約とは強制力のある約束

私たちは、毎日様々な場面で契約を締結しています。交通機関を利用するときは運送契約、店舗で物を買うときは売買契約、飲食店で食事をするときは飲食物提供契約というように。つまり、契約がなければ、生活することもままならないのです。

契約は、当事者間の合意により成立しますが、ただの約束ではありません。契約には、強制力があります。ただの約束は破っても信頼を失うだけですが、契約を破るとそれでは済みません。契約どおりの履行や、相手にかけた迷惑(損害)への賠償などを強制されます。

その責任を負うところまで約束することで、当事者は安心して取引に入ることができるのです。

契約自由の原則

法務パーソンにとっては常識ですが、契約には「契約自由の原則」があります

  1. そもそも契約を締結するかどうか
  2. 誰と契約するか
  3. どんな内容の契約にするか
  4. どのような形式で契約を締結するか

これら4点は、すべて当事者同士が自由に決められるという原則。法務パーソンが新入社員や他部署への研修などで「契約は口頭でも成立する」と説明する根拠はこれです。

企業が「契約書」を締結する理由

契約は、書面でなくても口頭やメールなどの方法でも成立します。個人なら口頭など記録の残らない方法を選択することも多いです。しかし、企業はそうはいきません。

企業の契約は、

  • 金額が大きかったり、長く存続したりする
  • 担当者の異動等があり、契約締結時の事情を知る者がいなくなる可能性がある

上記のような特徴があるため、合意の内容や合意があった事実を証拠化しておかなければ、トラブルがあっても相手方と渡り合えません。

契約書の作成・締結は、安定的に事業を営む知恵 といえます。

契約も契約書も「面倒くさい」

企業にとって契約は不可欠であり、契約書は身を守る重要なものです。

しかし、多くのビジネスパーソンにとって、契約や契約書は「面倒くさい」存在となっています。その理由 は、たとえば以下のようなものです。

  • 当たり前のことをわざわざ定めなければならない
  • 起きてもいないのに、「万一のこと」ばかり考えなければならない
  • 契約書は、文字だらけな上、特有の表現がある(「甲」「乙」など)
  • 意味が専門的でよくわからない
  • 双方のチェックに時間がかかる
  • 製本・押印・郵送など、原本が調うまでに時間がかかる
  • 印紙税がかかる契約書とそうでない契約書がある(しかも印紙税が高い契約もある)

今日契約まわりの作業がなければ、あと1件顧客とアポイントを取れたのにと、今まさに感じている読者もいらっしゃるかもしれません。

契約業務に対する法務パーソンの不満

法務パーソンも、契約業務に不満を抱えています。その矛先は、自社の担当者と相手方の法務担当者です。

自社の担当者に対して

法務パーソンは、契約業務を疎ましく感じる依頼者との埋めがたい溝に苦悩 しています。

法務パーソンは、契約や契約書が、将来自社の武器や防具になることも、その威力を確かなものにするために、取引に応じてカスタマイズが必要なことも十分理解しています。

だから、自社に有利な、あるいは取引にふさわしい契約書にするため、依頼者との対話を惜しみません。しかし、この意図が十分伝わらないことも多いのです。

相手方の法務担当者に対して

やっとのことで忙しい担当者に時間をもらってヒアリングを行い、契約書を起案・レビューしても、1週間後に相手方から戻ってきたものを見て、頭を抱えるときもあります。

解釈に全く影響を与えないような、趣味レベルの修正が入っていたり、相手方の原案になかった修正が追加されていたりすることがある からです。経験のある法務パーソンからすると驚くような修正が入っているときもあります。

契約「書」に起き始めた変化

このように、依頼者(現場)からも法務担当者からも「面倒くさい」と忌み嫌われる契約や契約書ですが、近年、契約書には変化が起き始めています。

契約「書」がテレワークの障害に

2020年は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、多くの企業がテレワークを採用・強化 しました。

しかし、テレワークを導入していても、業務の性質上出社を余儀なくされた方々がいます。その業務のひとつが押印でした。「押印のための出社」は、テレワークの障害としてたちまち認知され、「脱ハンコ」がスローガンのようになりました。

現在、政府や自治体も「脱ハンコ」を推進 し、企業間のみならず、社会で電子契約の利用が進んでいます。

契約コストを削減

依頼者(現場)にとって、契約や契約書は、時間や手間がかかる「面倒くさい」ものです。

加えて、契約書の数が多ければ、それに対応できる法務パーソンを抱えなければならず、郵送や契約書原本の保管スペースが必要な上、売買基本契約など一定の形式になると印紙税もかかります。つまり、経営的に見ると、コストがかかっているということです。

このような 契約コストは、これまで当たり前であって削る余地などないと考えられてきました。しかし、その当たり前をテクノロジーが変えようとしています

電子契約、AIによる契約レビュー支援などがその代表例で、さらなる飛躍が期待されています。

「契約のかたち」を変えることはできるか

契約書の作成や締結には、変化のうねりが見られます。さらにもう一歩進めて、「契約のかたち」を変えることはできるでしょうか。

コストを下げるには統一規格化

契約の締結には、お金・時間・労力というコストを要しますが、これらを下げる余地は、まだまだあると考えます。その有力な候補が「統一規格化」です。

多くの企業で発生する取引で、ある程度共通理解が定まっていたり、望ましいかたちが作れたりするものは、細かな表現や、1ミリでも自社に有利にするというこだわりを捨てるのです。そして、統一規格化されたフェアな条件を採用するのです。

OneNDAの取組み

実際、統一規格化の取組みがすでに始まっています。秘密保持契約の統一規格化を目指す OneNDA です(関連記事:OneNDAのそこが聞きたい—今Hubbleからこれを仕掛けた理由)。

OneNDAでは、コンソーシアム(団体)への参加を申請することにより、参加企業同士での秘密情報の取扱いについては、コンソーシアムの定めるポリシーが適用されます。つまり、秘密保持契約を締結する手間が一切なくなるのです。

このように、「このルールで取引しよう」と多くの企業で合意形成できれば、毎日同じような条項に同じような修正を入れる手間がなくなってスピードが上がり、コストも抑えられます。法務パーソンも、より高度複雑な案件にリソースを割くことができます。

イージーオーダーからパターンオーダーへ

統一規格化が理想とはいえ、取引にはそれぞれ個別の事情があります。M&Aのために開示する情報と、業務委託先の選定のために開示する情報では、機密性の高さや開示する情報量も大きく異なるはずです。

では、どう調整するか。統一規格化された内容で合意できるものはこれに従い、個別化が必要なところだけ、当事者で話し合って最低限のカスタマイズできるようにするのがよい のではないでしょうか。OneNDAでも、参加企業同士がポリシーと異なる定めをすることを否定していません。

秘密保持契約のような定型取引では、多くの企業が雛形を持っており、これまではどちらかの雛形をベースに、当事者が互いに思い思いの修正を加えるいわば「イージーオーダー」形式で契約を作成・交渉してきました。

これを型紙(統一フォーマット)に、最低限の補正を施す「パターンオーダー」形式に変えていくようなイメージです。信頼できるところが型紙を準備することで、偏りのないフェアな契約となることも期待できます。

カスタマイズは共通のプラットフォームと電子契約で

現在、企業間の契約交渉では、メールベースが基本です。ファイルのやりとりではまだPPAPも健在です(関連記事:契約書ファイルの安全な送信方法—パスワード付きzip廃止への対応)。

しかも、PDFやExcelで送付されてきたり、Wordでも変更の履歴が残されておらず、比較版を作成するところから始めたりすることもあります。そして、やっと合意に至っても、最後に製本・押印と紙のやりとりが控えています。

カスタマイズが必要なところは、誰がいつどこを修正したのかが、メールやWordではない共通のプラットフォームでセキュリティが担保された状態で記録でき、最終合意に至ればそのまま電子契約で締結 できる。そうなれば、交渉や締結のコストはかなり抑えることができるのではないかと期待しています。

やりとりが身内用と対外用で使い分けられるとなおよしです。

冒頭のイメージ図 にも書いたように、

  • 共通プラットフォーム上に用意されたパターンオーダーの型紙に対し
  • 条件について削る/上積み/追加と、その履歴がわかりやすく表示され
  • そのまま電子契約に連携する

こんな仕組みで合意でき証拠作成まで完結する仕組みがあれば、新しい契約のかたちに一歩近づくことができそうです。

さらには文字ベースからの脱却を

法務パーソンの多くが、依頼者が「契約を自分ごとにしていない」「契約書をしっかり読まない」という悩みを経験します。

一方で、依頼者の気持ちも十分理解できます。契約書には、日本語なのに、まるで外国の言語のように慣れない用語や表現が詰まっているからです。

この分厚い壁を取り払うには、まずは 専門用語からの脱却、ひいては文字ベースからの脱却が必要です。つまり、図解や動画などの活用 です。

厳密な解釈が必要なときは、専門部隊である法務パーソンや法律専門家が検討するけれども、大枠を理解する分にはグラフィックを見れば足りる。これが、これからの理想の契約であると考えます。

このような世界が来るのは、そう遠くはないように感じます。本メディアで筆者いとうが書く記事では、字だけでなく読者の理解や検討に役立つイラストを挿し入れる予定です。

企業が求める「新しい契約のかたち」は「統一規格化と個別化」

企業が求める「新しい契約のかたち」について考えてきました。

理想は、可能な限りの「統一規格化」と最低限の「個別化」。それを共通のプラットフォームで作り上げ、デジタルに確定させること です。

さらに言えば、その内容を法務や法律専門家でなくとも理解可能なものに変容させる必要があります。そうすれば、セキュリティを確保しながらも契約コストを下げられる、企業が本当に求める「新しい契約のかたち」が実現するはずです。

(イラスト・文 いとう)

契約のデジタル化に関するお役立ち資料はこちら

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