私のサイン 公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ) チェアマン 村井 満


1993年5月の開幕から25周年を迎えるJリーグ。1月の理事会で再任が決定したばかりの村井チェアマンに、「DAZN(ダゾーン)」を運営するパフォーム社との大型契約締結サインにいたる秘話について、お話しを伺うことができました。

10年の長期契約はパフォーム社からの提案だった

—このメディア「サインのリ・デザイン」は、企業の管理部門にお勤めの方、契約や法律に興味のあるビジネスパーソンを主な読者層とするメディアです。本日は、そうした方々にとって関心が高いパフォーム社との10年・2100億円にものぼる大型契約を結ばれた件について、詳しくお話を伺えればと思います。

ありがとうございます。それでは、Jリーグのここまでの状況を交えながら、お話をさせていただければと思います。

Jリーグは、おかげさまで今年25周年を迎えます。25年前の開幕した当時は、まだバブルの余韻もありましたし、華やかな雰囲気の中で、全国地上波によるテレビ放送も結構やってもらえていた時代でした。国民みなさんに注目をいただく人気のスポーツコンテンツとして、良いスタートを切ることができました。

—サッカーがそれほど好きではなかったような一般の方も、見に行っていた時代でしたよね。

しかし、その後の環境変化もあって、サッカーを含めたプロスポーツ界では、全国地上波のテレビ放送は減少の一途をたどっています。そんな中で、長らく放送を続けJリーグを支えてくださったのが、有料衛星多チャンネル放送のスカパーさんでした。そのスカパーさんとの契約が切れるのが2017年のシーズンでしたので、2016年から、優先交渉権を持つスカパーさんとの契約交渉が始まりました。

当時、日本にはスポーツコンテンツをライブで配信するOTT(Over The Top)サービスのプレイヤーはいませんでしたが、音楽などのエンターテインメントの分野では、いわゆる定額払いのサブスクリプションサービスは音楽やドラマ、映画などの分野では始まっていました。もしかすると、今後、そういうものがスポーツ配信の世界にも台頭してくるのでは、と考えていたのです。

最終的には、こうしたOTTサービス事業者も含めて複数社とコンペになりました。「DAZN」ブランドでパートナーシップを結ぶことになるパフォーム社も、ここで入札に参加します。パフォーム社のことは、私がチェアマンに就任した2014年、「GOAL.com」というサッカー専門の有名なニュース配信サービスを運営する事業者としてお会いしたことがありましたので、鮮明に覚えていました。

—コンペの際、Jリーグから提示した入札条件として、どのようなものがあったのでしょうか。特に、インターネットコンテンツ配信の契約で10年もの長期契約を結ぶというのは、かなりレアケースだと思われます。これは、Jリーグから要求した条件だったのでしょうか。

交渉に当たっての最低条件はいくつか私たちからも出し、その中に、「一定程度の長期で」という要求も入ってはいました。

放送・配信のパートナーシップを結ぶということは、お互いにとって大きな投資を伴うものです。短期で回収したいというスタンスに立つと、お互いに思い切った投資ができない。Jリーグも一定程度の投資をするとしたら、回収するのには時間がかかるので、長期の契約でないとお互いの関係が躓いてしまう。そんな話をさせてもらいました。

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—「お互い投資を回収するのに長期間かかるから」という提案は一見説得力があるようでいて、投資が失敗したときのリスクも大きくなる話でもあります。どうして「10年」という思い切った提案ができたとお考えですか。

交渉のプロセスの後半になって気が付いたんですが、彼らは実に膨大なデータを取得して、日本のスポーツビジネス市場の今後を分析していました。

彼らが注目したのが、視聴者となる日本人の国民性です。冬季オリンピックともなれば、それまで見向きもしていなかったカーリングやショートトラックレースを熱狂して観戦する。フィギュアスケートもしかり。スポーツ新聞というメディアもある。あらゆるスポーツに国民が関心を寄せる、スポーツ好きの国民性である。そう分析していました。

彼らが作っているDAZNというサービスは、サッカーだけではなくあらゆるスポーツ、国内で言うと6000もの競技が見られるサービスです。ダーツもあれば、ビリヤードもあれば、F1もあれば馬術もある。そこにとてもマッチしていたというわけです。

そしてもう一つ彼らが注目したのが、インターネットのWi-Fi環境とITリテラシーの高さです。50歳代のスマートフォン普及率のようなデータも、きちんと抑えていました。そうやってしっかりと日本の市場を分析し、投資をしても十分回収可能なポテンシャルを持っているという事が分かっていたんですね。

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ハンディカメラ動画が気づかせてくれた映像の権利の力

—すでにさまざまなメディアで報道されているところですが、パフォーム社との契約では、映像の著作権はJリーグに留保されているそうですね。10年という長期に加えて、なんでそんな条件交渉が成り立ったのだろうという点には、このメディアをご覧くださっているビジネスパーソンのみなさんも強い関心があると思います。

契約が無事締結できたからこそ今があるわけですが、私が就任した当時と言うのは、Jリーグの入場者数も減り続け、残余財産がほとんど底を尽きかけていました。前年比10億位ショートするかもしれない危機的な状況で、財政の立て直しが喫緊の課題となっていました。

手元資金が限られているので、プロモーションも十分には打てない。自分で映像を作ろうにも、その当時、サッカーに関する動画のライツ(著作権)は、基本的には放送契約を交わしている局側が持っていました。ダイジェスト版を配信するのも一つ一つ許諾を取らなくちゃいけないし、一定程度の費用も発生します。

そんな中、Jリーグのプロモーション担当の発案で、ハンディカメラ1つ持って練習場に行って撮影し制作したプロモーション動画があるんです。練習場での撮影なので、こうした動画は自由に扱えたわけです。

▼ Jリーグ×キャプテン翼 #2 反動蹴速迅砲(はんどうしゅうそくじんほう)
https://www.youtube.com/watch?v=ilCL2mChhF4

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これを試しにYouTubeにアップしたら、大きな反響がありましてね。1週間で4百万再生を叩き出しました。合計3つ制作したところ、月になんと2千万再生にもなりました。「これだな」と思ったんですね。

—キャプテン翼の人気と相まって、大変な話題になりましたよね。

はい。動画の著作権を私たち自身が持つというのは、こんなに意味があるんだなと、これで理解できました。

この動画の反響に見られるように、映像の権利を販売する交渉をするにあたっては、映像著作権の保有は所与の前提に置いたんです。

交渉決裂、そして単身ロンドンへ

—そうした厳しい条件を突きつける以上、交渉は一筋縄ではいきませんよね。

パフォーム社との交渉では、何回ものディールブレイクの危機がありました。

パフォーム社も日本法人はあります。しかし、最終的なリーガルチェックや判断となると、やはり本国で、となります。ロンドンと東京の時差もありましたし、交渉はタフでした。われわれJリーグは、契約した法律事務所とリーガルチームを組んで、激しい交渉を重ねていました。

条件の細かなところで衝突することが多々あり、一旦完全にディールブレイク(交渉決裂)したタイミングもありました。

そこで私は、親会社アクセスインダストリー社のトップ、レン・ブラバトニックに直接会いに行くことにしました。レン・ブラバトニックのハーバードMBA時代の学友を探し、コンタクトをとってもらいました。

—そのお話は、あまりメディアでは聞いたことがありません。村井さんご自身がロンドンへいらっしゃったのですか。

ええ。これも後で調べて知ったんですが、彼は2015年のロンドン長者番付のトップという、まさにトップ・オブ・トップの方だったのです(笑)。実際会ってみると、日本文化にも強く興味を持ってくださっていましたし、温和な紳士でいらっしゃいましたね。

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彼と直接お会いしたこともあり、交渉が前に進み、そのままクロージングに向かいました。

このパフォーム社との契約締結が持つ意味は大きかったと思います。まず1点目が、本格的な投資家が、日本のスポーツビジネス産業を投資対象として評価し、2100億円もの巨額の投資をしてくれたことです。おかげさまで、Jリーグの苦しかった財政も一気に立て直すことができました。

世界の主要リーグ、例えばヨーロッパ5大リーグとか言われてますけれども、彼らでさえ、OTTサービスで本格的に全試合ライブ中継といったところまではやっていませんでした。象徴的な出来事が一つありまして、LaLigaという、あのFCバルセロナやレアル・マドリードを擁するスペインリーグのテバス会長が日本にいらっしゃって、日本のJリーグと提携を結びたいとおっしゃるんです。「なぜですか?」と聞くと、「プロスポーツにおけるインターネット配信がどう成長するかをぜひ勉強したいんだ」と。LaLigaに教えを請われるとは、夢にも思っていませんでした。これが2点目。

そして3点目が、動画ライツをリーグが保有する、それはリーグが中継映像を制作するということを意味するのです。今まで私たちは、人に頼んで映像作っていただく立場でしたが、リーグ自身が制作することになり、どういう映像をお客様がご覧になりたいのかを考えるようになり、品質をコントロールできるようになりました。私たちがライツを保有することで主体的に考え、何をどう届けたいのかということにこだわれるようになったわけです。

サッカーの楽しみ方は進化しているだろうか?

—パフォーム社との交渉の中で、印象的なメッセージがあったそうですね。

彼らがプレゼンテーションで見せてくれた映像がありました。電車の中でスマートフォンでサッカーを見て応援してくれている高校生をはじめ、老若男女が様々な場所でサッカーの試合をライブで見てくれているものです。そのビデオには、こういうメッセージが流れていました。

「サッカーは進化している。でも、サッカーの楽しみ方は進化しているだろうか?」

何より、自分自身がずっとサッカーファンでしたから、このメッセージは訴えるものがありました。それまでのサッカーの楽しみ方といえば、家で大事な試合を録画して、会社にいる間「頼むから結果を言わないでくれよ」なんて耳を塞いで過ごし、ようやく家に帰って見る。長らくそういうものでした。スポーツは、結果を知ってから視聴するのでは面白みがなくなってしまうこともあります。ライブで観戦・視聴できるということの意味合いが大変大きいものなのです。

そうして考えてみると、スポーツライブ視聴は本来スタジアム観戦が一番いいわけだけれど、スタジアムの外にいる場合は「どこでも観戦できる」ということが重要なわけです。メディアを超えて、デバイスを選ばずに、どこでも視聴できるインターネット配信が有効なのです。

—まさにスポーツ観戦の進化が必要だったわけですね。

さらに、DAZNは、ファンに対してだけではなく、私たちJリーグやクラブにもさらなる進化をもたらしてくれています。

視聴者全員がサーバーと紐付いていますので、誰か何分間、どの試合を見たかというデータがDAZN側では取れるんですよ。J1の試合とJ2の試合を横断で見た人が何%か、テレビで見た人、スマホとテレビと両方兼用してみた人が何%か、メディアごとの視聴時間が何分何秒だったかなど、多くの視聴データが補足できるわけです。マーケティングに関しては、強力な武器を手に入れることができました。

Jリーグは、この契約によって、10年で2100億円というお金を得ただけでなく、それ以上の付加価値を得ることもできた。そう思っています。

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—本日は、貴重なお話をご披露くださいまして、ありがとうございました。

画像:
Jリーグ、wael_alreweie / PIXTA(ピクスタ)

(聞き手 橘・橋詰)

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