ブックレビュー 田路至弘『法務担当者のためのもう一度学ぶ民法(契約編)〔第2版〕』

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契約法学習の定番書が、9年ぶりに第2版としてアップデート。業務で契約書に携わっているが、学問として民法を学んだことがないという方は必携です。

書籍情報

法務担当者のためのもう一度学ぶ民法(契約編)〔第2版〕
  • 著者:田路至弘/著
  • 出版社:商事法務
  • 出版年月:20180823

一人法務のバイブルが9年ぶりに改訂

そもそも法学部卒ではない、または法学部卒だが法律のことはほとんど覚えていない、それなのに何の因果か見よう見まねで契約業務を担当している・・・決して少なくないかと思いますが、本書はまさにそうした方をターゲットにしたような本です。

誤解を恐れずに言えば、契約業務というのは見よう見まねでもできてしまう業務です。なぜなら、多くの企業には、昔から引き継がれた契約書ひな形があり、取引先と締結済みの契約実例があり、書店にそうした契約条項の直し方をレクチャーする本がたくさんあるからです。そうした「お手本」に近づけて文書を修正していれば、それらしい契約書が作れてしまいます。

しかし、この実戦だけを繰り返していても、すぐに大きな壁にぶつかることになります。契約書には、民法に書かれた「言わずもがな」の大原則については書かれていないため、いつまでもその部分を深く学ぶことができないという壁です。この壁を越えない限り、ひな形に無いオリジナルな契約書を作る際の「芯」や「よりどころ」はできませんし、また契約書に書かれていない事態が発生したときの対応もままならなくなります。

2009年に出版された本書の初版は、「一人法務のバイブル」として法務担当者から賞賛されました。その理由が、本書がそうした壁にぶつかって悩む一人法務担当者に、先輩がOJTをするように民法の基礎を説いてくれる、初めての書籍だったところにあります。

そんなバイブルが、2020年4月施行の債権法改正も踏まえ、9年ぶりに改訂されました。

田路至弘『法務担当者のためのもう一度学ぶ民法(契約編)〔第2版〕』P78-79

契約法を総則から大きく捉える

本書のポイントであり、一般的な契約書読み書き学習本にない特徴とは何か。それは、契約条項を集めてその意味を各論ベースで解説するのではなく、

といった、民法に定められた契約総則部分の説明に紙幅の多くを割いている点にあります。

こうした「総則」の勉強は概念的・抽象的な説明に終始しがちなところですが、本書では、法学部の民法の教科書を読んだことがないような方でも理解しやすいよう、その総則の条文が実際に争われた裁判例を活用することで、具体性やリアリティを感じさせる配慮をしています。

たとえば、「同時履行と不安の抗弁」について、本書P86にはこんな裁判例が紹介されています。

注文主Aと建築業者Bとの間で、甲乙2つの建築請負工事契約があった。先に履行期が到来した甲契約について、Bは工事を完了したが、Aは請負代金債務を期限に弁済していなかった。そこでBは次の乙契約について工事をストップしたので、AがBの債務不履行を理由に乙契約を解除した。Bはこの解除が不当であり、これにより被った損害賠償をAに対して請求して出訴した。裁判所は、乙工事についてのBの履行遅滞は、不安の抗弁がある以上、違法な遅滞ではなくAの解除には理由がないとしてBの損害賠償請求を認めたのである(東京地判平9・8・29判時1634・99)

この裁判例では認められた「不安の抗弁」については、講学上は認められるものの実務では当然に主張できるものではない、という議論もあります。だからこそ、一つの取引先と複数の契約を締結する場合は、いずれかの契約で発生した債務不履行をもって他の契約も解除等ができるように、いわゆる「クロスデフォルト条項」を設ける、という知恵やスキルを身につけていくのが通常です。

しかし、契約書のひな形や条文と一人でにらめっこして修正しているだけでは、これらの「同時履行の抗弁」「不安の抗弁」といった法的概念自体、またそれが取引先に対しての武器として使えること、それらを意識しないまま過ごすことにもなりかねません。加えて、ひな形条文としてのクロスデフォルト条項を見ても、その武器としてのありがたみが理解できないのです。

実戦の積み重ねも大切ではありますが、契約や債権の総則を理解することで契約法を大きく捉えられるようになり、そうなってはじめて、実戦で用いる契約書のひな形に書かれたことの意味や、逆に書かれていないことの危険性を把握し、なすべき手当を考えられる ようになります。

契約書作成に取り入れるべき裁判官の思考法

このように、法律の総則部分から大きく捉えて契約(書)を形作る視点を持つことは、初学者のみならず、上級者にも役立つことはいうまでもありません。特に、本当に 訴訟に強い・役立つ契約書とは何かを考える力 を養うことにつながるものだと思います。

著者は、本書第4章を中心に、訴訟の場面で裁判官がどのような手順で契約を解釈するかという視点で、裁判官の思考法に合わせた契約の手当が求められることを力説 します。

契約書に詳細が定められていない場合には、民法の典型契約の規定が適用されるのだろう、という程度の理解では不十分である。それだけではない。契約の総則規定も重要であるし、BtoBの取引であれば、商法の適用もあれば、商慣習というのもある。そこで、契約と法律との関係や、法律と慣習との関係はどうなっているのか、当事者の契約関係を律する規範として合意、法律、慣習の関係を整理しておく必要がある。


田路至弘『法務担当者のためのもう一度学ぶ民法(契約編)〔第2版〕』P92-93

近年、日本の契約書も、英米法圏のように合意事項を何でも詳しく書き込んでいくスタイルを好む傾向があります。もちろん、そうした傾向の良いところ(たとえば本書も評価する「前文(Whereas)条項」「表明保証(Representation & Warranty)条項」など)を取り入れたり、ドラフティング交渉で押し負けないようにするための知識とスキルは重要です。

しかし、手順書・マニュアルのように契約書を取引ルールブック化していく方向性には、疑問を呈する声もあります。取引が生き物のように日々刻々と変化していくものであるのに対し、契約書で固めてしまうことで、その柔軟性が失われるためです。

法律文書である以上、裁判官の視点を意識し、話し合いでは解決できないほどに揉めたときにも役立つよう、法律の原則論をしっかりと意識する。それでいて、シンプルで柔軟な契約書を作り、裁判官に通じる法の原則を武器に有利に対応できるようにする。そういった大きな視点と余白を備えたこれからの契約書を書けるようになるために、本書が説く契約作りの思考法は、今後ますます重要になってくると考えます。

(橋詰)