宮内宏『Q&A電子契約入門』—実務上のタブー「電子署名操作の代行問題」に切り込む
この記事では、書籍『Q&A電子契約入門』をレビューします。電子契約サービス利用シェアの過半数を占めるまでに普及した立会人型の運用に関する法的課題について、より安全とされるリモート署名と対比しながら、Q&A形式で・コンパクトに・最新の法的論点を抑えることができます。
目次
2022年最新の法的論点をコンパクトにつかみたい法律実務家向けQ&A本
電子契約に関する法律文献のリリースラッシュも落ち着いて、しばらくの凪が続いていた2022年の夏、新たに『Q&A電子契約入門』が刊行されました。しかもその著者は、総務省やデジタル庁の会合に必ずと言ってよいほど召喚される電子契約業界の著名人であり、『3訂版 電子契約の教科書』(法令出版、2021)も出版されている宮内宏先生です。
本書と宮内先生の前著『電子契約の教科書』と比較すると、Q&Aベースという形式面もさることながら、より業界中立的なポジションに立った見解に徹しているところにあります。
前著は業界本の老舗であり、ロングセラーということで手に取られた方も少なくないはず。しかし、当事者型を採用する電子契約事業者との共著でもあり、どうしても事業者に配慮したようなポジショントークが鼻につく部分がありました。それに対し本書は、当事者署名型・事業者署名型いずれもが押印と同様の推定効を有する電子署名であるとする立場が貫かれています。
最新の業界認識と法的見解に基づいた、どのタイプの電子契約サービスの利用者にとっても安心して読める内容です。
立会人型のメリット・デメリットをリモート署名と比較して理解する
クラウドサインをはじめとする立会人型(事業者署名型)電子契約サービスは、企業間で利用される電子契約市場において、ついに半分以上のシェアを有するまでになりました(関連記事:企業における契約締結時の「押印・電子署名権限確認」の実態 —商事法務調査vs業界団体調査を分析)。おそらく、本記事をお読みになる方も、送信者または受信者として、立会人型を利用される機会に遭遇したことがあるのではないかと思います。
そうして立会人型を自分で実際に使ってみると、以下のような疑問や不安を抱くことと思います。
- 使いやすいのはいいけど、電子署名法上の課題はないの?
- 具体的にどんなリスクに気をつけて使えばいいの?回避方法はあるの?
- 多少使いにくくなってもいいから、立会人型よりも法的に安全な当事者型ってないの?
こうした疑問・不安に応えるために、物理ICカードを使わずに本人の電子証明書を使った署名を可能とする「リモート署名」の仕組みを詳説し、立会人型署名と比較してその差異を詳しく解説している点が、他の電子契約本にはない本書の特徴になっています。
電子署名法3条かっこ書きは、推定効を得るための要件ではない
また、2020年以降、議論と解釈がし尽くされた電子署名法3条について、政府の電子契約サービスQ&A以上に深く丁寧に解説している点は、電子契約ユーザーから法律上のアドバイスを求められることの多い弁護士の先生方にとっても、心強いサポート資料になりそうです。
たとえば、電子署名法3条かっこ書にある、「必要な符号及び物件を適正に管理することにより」の文言により、適正管理を行なっていたことが推定効を得るための要件となるかについて、
電子署名法3条かっこ書きは、本人だけが行うことが「できることとなる」と書かれているとおり、仮に符号及び物件を適正に管理していれば他人には電子署名を偽造できない、という安心な仕組みであることを意味します。
つまり、適正に管理さえすれば安全だという意味であって、実際に適正に管理しているかどうかは問うていません。(88頁)
と述べ、適正管理は要件ではなく、署名者が立証責任を負う必要は無いと断言しています。
電子署名操作の代行はどこまで認められるか
本書のみどころとして、電子契約の運用上の工夫として広まり、その運用リスクが放置され続けたままとなっている業界のタブーに切り込んでいる箇所があります。それが、電子署名操作の代行問題に関する解説です。
- 文書・契約書の作成名義人を代表取締役とし、代表取締役のID・秘密鍵を部下(総務部長や秘書等)が操作して電子署名を施す
- 文書・契約書の作成名義人は代表取締役となっているものの、部下(総務部長や秘書等)が自分のID・秘密鍵で電子署名を施す
押印業務の慣習から脱しきれない日本企業の多くでは、本来代表取締役自身が行うべき電子署名操作を、上記のように総務部長や秘書等が代行している実態があります。本書はそのような実態について、1の代行運用については
本人が操作を代行者に委任し、本人の指示に基づいて行われた場合には、本人による電子署名だと認められるものと考えられています。(120頁)
と、緩やかな解釈を認める一方で、2の代行運用については
文書の作成名義人と署名者が異なる場合、作成名義人による電子署名としては認められません。たとえば、契約書の名義人がA株式会社 代表取締役Bであって、電子署名の署名者が秘書Cと記録されているケースです。この電子署名はCの電子署名であって、Bの電子署名ではありません。(122頁)
と、本人性を厳格に捉えて意思表示としては無効とする見解に立っています。この点、特に立会人型電子契約のユーザーの中には、使い勝手を優先するあまり、文書の作成名義人と操作者を一致させることに無頓着な方が少なくないはずです。
1を法的に有効と認めるゆるやかな見解も成り立ちうるとはいえ、
- 文書の作成名義人が、自身で実際の署名操作も行うべき
- 文書の作成名義人と操作者が一致しないケースでは、作成名義人となる権限を操作者に(社内規程等を整備して)委譲し、名義と操作実態とを一致させるべき
こうしたべき論を踏まえると、今後は「電子署名は、文書の作成名義者が、自分の電子署名を自分で操作して措置する」という原則に忠実な運用が求められていくことになりそうです。
書籍情報
- 著者:宮内宏/著
- 出版社:中央経済社
- 出版年月:20220801
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