契約専門書籍レビュー

ブックレビュー 中尾智三郎『英文契約の考え方』


知識を頭に詰め込むだけではいずれ成長に限界を迎える契約書の作成スキル。特に英文契約において交渉を勝ち抜きトラブルを防ぐための視点はどうやったら養えるのか?経験豊富な商社マンがその「考え方」を伝授します。

書籍情報

英文契約の考え方


  • 著者:中尾智三郎/著
  • 出版社:商事法務
  • 出版年月:20180824

読み方でも書き方でもなく「考え方」

英文契約関連の新刊からご紹介です。「読み方」「書き方」がタイトルにつくことが多い契約実務書の中で、あえての「考え方」です。

  • 外国企業との契約書で英米法が準拠法に選ばれるのはなぜか?
  • どういう場面で契約書が登場するのか?
  • 強い日本を創る法務の役割とは?

こうした、読み書きするにあたっての前提知識や心構えとなるところをじっくりと考えよう、という本です。

著者 中尾智三郎先生は、総合商社三菱商事の法務マン。企業法務の世界には「経営法友会」という1,200社を超える企業からなる大きな団体がありますが、ここで開催される研修会で、中尾先生のご講義を何度か講義を拝聴したことがあります。

経営法友会には入会審査もあるだけに、オープンな研修会では聞けないような実務的な講義が実際の企業で法務を担う講師から提供されるのが特色ですが、その中でも、総合商社の法務部門の方々から聞けるお話は、特に刺激的なものでした。その理由としては、長年にわたりグローバルな商圏で戦っているだけに、

  1. こなしている取引の量
  2. 引き受けているリスク
  3. タフな交渉・紛争経験

これらが他業界よりも豊富という点が大きいのだと思います。

海外法務の交渉現場までを知る著者だから書けるコンテンツ

本来は、その経営法友会に入会しなけれ本来は聞けないような企業法務の交渉現場の「リアル」と「ノウハウ」が、講義を口述筆記したかのようなボリュームで、ページいっぱいの文字量で書き込まれています。

中尾智三郎『英文契約の考え方』P34-35
中尾智三郎『英文契約の考え方』P34-35

弁護士の先生方が書かれるような教科書タイプの実務書には無い本書ならではの読みどころが、「契約交渉の現場から」と題した法務あるあるコラム。以下のようなコラムが、本書には76個も詰まっています。

信用度・知名度の高い海外の海外の会社と合弁事業を行うことになり、合弁契約の交渉も大づめを迎え、ほぼ最終盤に近い契約書ドラフトを受領しました。契約内容については、ほぼ交渉の結果どおりとなっており、後は契約書の署名を待つばかりとなりました。ところが、最終ドラフトの冒頭に並べてある合弁パートナーの社名が少し変わっているような気がします。所在地が空欄となっているものの、社名には新たに「BV」という聞き慣れない呼称がついています。(P74)

契約当事者が契約直前で信用のない関係会社(この場合は特定目的会社)にすげ替えられるというパターン。法務あるあるですが、外国取引でこれをやられると、脱力感もひとしおでしょう……。

A国の最大手法律事務所に債権回収の法的手続を確認しようとしたところ、「意味がないからやめた方がよい」との助言がありました。(中略)その国の裁判では、結果として外国資本が、国営資本の入った会社に対して裁判を提起しても勝訴した事例がほとんどないということでした。
A国は(外国仲裁判断の国内執行を原則認めることを約した)ニューヨーク条約に加盟していますが、契約書上、紛争解決手段がシンガポール仲裁機関SIACによる仲裁と定められているケースでも、「A国の公序良俗・強行法規違反」を理由にA国内での執行は認められないことが多いようです。かつての中国のように、ニューヨーク条約加盟直後であれば、外国仲裁判断の国内執行の難しさが予想されてもしかるべきところ、A国はすでに同条約に加盟してから20年近くが経っており、通常であれば、執行にも問題ないはずです。(P270)

「A国」と名前は伏せられていますが、「国営資本」「SIAC仲裁を受け入れ」「NY条約加盟20年」というキーワードから推測するに、サウジではないでしょうか(ハズレてたらすみません笑)。「NY条約に加盟している国であれば裁判所も仲裁判断の通り執行してくれる」知識だけの書籍なら、ここで終わってしまうところです。こうしたご経験・エピソードも総合商社ならでは。

先人の苦労を糧にシカクいアタマをマルくする

もう一つの注目のコンテンツが、3章の「契約用語50選」です。冒頭ご紹介した経営法友会での中尾先生の人気講義のタイトルが「30選」だったと思いますが、まさしくその講義のパワーアップ版といったところ。

「xx選」と聞くと、英単語集のように知識を蓄えるためのコンテンツかと思われるかもしれませんが、それとは少し趣が異なります。“provided, however, that”、“subject to”や“unless and until”など、頻出の契約用語が使われる場面をきっかけに、「署名式の日程まで決まった経営レベルの案件で不退転の交渉を仕掛けられたら?」といったケーススタディを深める、そんな内容になっています。

中尾智三郎『英文契約の考え方』P34-35

このように、失敗談・苦労話を含め長年の経験を随所に披露しながら、これまでの「読み方」「書き方」本にはないこだわりを見せる本書。これを書き下ろされた中尾先生のねらいが、以下「はじめに——英文契約書とトラブル」より。

本書の最大のねらいは、契約書上のトラブルの源をみつけ出す能力を高めることにあります。本屋さんに行けば、契約書における「知識」の習得に主眼を置いた書物はたくさんみかけます。しかし、契約書のトラブルを防ぐ視点を養う肝心の文献がなかなかみつかりません。いいかえると、契約書の知識習得よりも、契約書を読む頭をやわらかくすることに本書のねらいがあります。(P-i)

実際の交渉現場で用語や条文の解釈に苦しめられた先人の苦労を知り、契約力の向上に必要なリスク感度を高める、そんな本だと思います。

(橋詰)

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