「裁判手続きのIT化」報道と有識者会議議事録に見えるギャップ

投稿日:

「法務省・最高裁が裁判手続きを全面ネット化へ」と前向きな報道がなされる一方、有識者会議での議論を詳細に見ていくと、それとは大きくトーンが異なる実態が垣間見えます。

「裁判のIT化に前向き」と報じる新聞各紙

訴訟手続きはIT化されるのか?民間でリーガルテックの開発や普及が進む中、業界の行く末を占う意味での関心事であるだけでなく、国民の裁判を受ける権利をより拡充していく意味においても、注目すべきトピックです。

これまでも何度か報道はありましたが、3月17日付の日経新聞報道では、非常に前向きにIT化が進んでいるかのような報道がなされています。

民事裁判手続き、ネットで 法廷に出向かずウェブ会議 (日本経済新聞2019年3月17日朝刊)

法務省が最高裁と連携し、ネット上で民事裁判ができるよう法改正を目指していることが分かった。裁判申し立て後に実施する争点整理のほか、裁判官を前に当事者や代理人が主張を戦わせる口頭弁論をウェブ会議などでできるようにする。証拠もネットで共有する。原告側と被告側の双方が了承すれば、当事者が法廷に立たないまま判決に至る可能性もある。
(中略)
原告側、被告側のどちらか一方でも対面での弁論を求めた場合は出廷が必要になる。争点が複雑で判例が乏しいケースなども裁判所に赴く必要がでてくる可能性がある。ただ、当事者双方がネット上での裁判を望めば、原告側や被告側が出廷しないまま結審させることもできるようになる。

このように、当事者の同意を前提としつつも、申立て、争点整理、口頭弁論まで、ウェブ会議や電子ファイルでの証拠提出などにより、法廷に立たずにすべてが完結する世界が期待できるかのような報道となっています。

「民事裁判手続等IT化研究会」議事要旨に見える本音

ところが、当該記事の情報源となっているはずの有識者会議の様子を取材してみると、記事にあるような前向きな姿勢とは大きな隔たりのある、IT化に対するネガティブな意見や議論が交わされている実態も存在するようです。

その有識者会議とは、「民事裁判手続等IT化研究会」。一橋大学大学院の山本和彦教授を座長として、昨年7月よりすでに7回開催され、事務局が置かれている商事法務研究会のウェブサイトでは、各回の資料とともに、数ヶ月遅れで発言者が匿名化された状態で議事要旨が公開されています。

たとえば、先に紹介した記事内容と決定的に矛盾する発言が以下。2018年11月30日付第4回議事要旨の5ページに記載された、委員と法務省・最高裁のやりとりから引用します。

(委員等) 議論の前に、2点お尋ねします。
1点目は、争点整理手続全体のことです。先に行われた内閣官房のIT化検討会の取りまとめで、裁判手続の全面IT化という表現が用いられましたが、この表現に触れた人の中には、全ての争点整理手続が常にウェブ会議で行われることになると誤解している人もいる ように思われます。私としては、ウェブ会議等による争点整理手続を行えるようになったとしても、全ての事件やあらゆる争点整理手続でウェブ会議等を利用することは想定されていないと理解していますが、そのような理解でいいでしょうか。
(中略)
法務省) 法務省としては、当事者が裁判所に来たい場合にそれを拒否することは全く考えていません。また、全てウェブ会議で行うことも想定していません。あくまで当事者が来られない場合に、ウェブ会議で行うことができるようにするという趣旨です。
最高裁) 今、法務省から話があったとおりだと考えています。全面IT化という言葉が一人歩きしているというのはご指摘のとおり です。
裁判所としても、全ての事件の全ての局面でウェブ会議を活用することにはならないだろうと考えています。当事者の意見も十分に聞き、ウェブ会議でファイルを共有したりしながら争点整理をした方が良いものについては、ウェブ会議を積極的に活用することになると思いますし、裁判官の面前で主張したり証拠の説明をしたりした方が良いケースでは、裁判所に出頭していただいて争点整理をすることになるのではないかと考えています。

このように

といった、報道とはかなりギャップあるトーンでの応答が公式になされていることが、はっきりと記録されています。

ITに詳しくない委員が多数を占める有識者会議

この部分のみならず、公開されている議事要旨の端々に、現在のインターネット技術やセキュリティに関する知識を十分に持たないまま、単に「わからないものを導入することに対する恐怖」から、現行の訴訟制度をできる限り維持しようとする一部委員の保守的な意見が、繰り返し表明されています。

第3回議事要旨より セキュリティの世界ではすでに迷信となっている「パスワードの定期更新」を前提として進む議論

こうした後ろ向きな姿勢で議論が進められている背景には、裁判のIT化が所属団体の利益に必ずしもつながらず、さらにITに詳しいわけでもない法曹界の代表者が中心メンバーとなり、密室で議論が進められているという、有識者会議の構成や進め方にも原因がありそうです。

委員にIT専門家が不在のまま議論が進められている

紙ではなく電子ファイルを原本に捉え直す行政手続きのデジタルファーストの取組みと同様、「裁判所への出頭を前提としない裁判手続き」をどう実現するかという姿勢に変わらない限り、現行の裁判手続きの中でIT化しても差し支えない部分だけをピックアップして改善するだけのプロジェクトに終わってしまうのではないか。これまでの議論の過程を見ていると、そんな懸念を覚えます。

(橋詰)