リーガルテックと弁護士法

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事業者間の競争が激化するリーガルテック業界。サービスの高度化が進むにつれ、今度は弁護士法という高い障壁を意識しなければならないフェーズを迎えています。

日本のAI系リーガルテックに波紋を呼ぶ問題提起

「情報技術に対する正確な認識を前提に、バランスの良い合理的な対応を研究し、必要な提言をしていく」ことを目的に設立された、情報ネットワーク法学会。

同学会が発行する法学雑誌 「情報ネットワーク・ローレビュー」の最新刊第18巻に、「リーガルテックと弁護士法に関する考察」と題する論説が掲載 されました。筆者は、クラウド、AIそしてHR-Techなどの先端法務分野に詳しい、桃尾・松尾・難波法律事務所パートナー弁護士の松尾剛行先生です。

「情報ネットワーク・ローレビュー 第18巻」(情報ネットワーク法学会,2019)P4-5

J-STAGEでも公開されているので法律業界の方はぜひご一読いただければと思いますが、本論説では、海外を含めたリーガルテックの現状をおさらいした上で、特に AIを用いて人間の法的な作業や判断を代替するサービスを念頭に置きながら、

法律相談システム、書面作成システム、証拠収集システム及びそれらの弁護士又は弁護士法人による利用のいずれについても、弁護士法72条との抵触の可能性自体を一律に否定することは困難である

と、弁護士法に照らした違法性を指摘し、業界に波紋を呼ぶ内容となっています。

弁護士法72条が禁じる非弁行為

ここで、リーガルテックと弁護士法がなぜ衝突するかについて、ご存知ない方のために簡単にまとめておきます。

具体的に関係する条文は、弁護士法72条 です。

第七十二条 弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。

この条文を読みやすく分解すると

  1. 弁護士(または弁護士法人)ではない者が
  2. 報酬を得る目的で
  3. 法律事件に関して
  4. 鑑定等の法律事務を取り扱う、または周旋することを
  5. ビジネスとする

この5つの要件をすべてを満たす行為を「非弁行為」とし、禁止する条文となっています。

契約書の穴埋め作成補助を違法とした厳しい裁判例

いわゆる「事件屋」が、交通事故等の揉め事に私的に介入し示談金等の一部をかすめ取ろうとするトラブルが報じられることがあります。そんな分かりやすい悪行であれば禁止されるのも無理はないものの、ユーザーの指示に基づきAIが法的リスクを指摘し文書作成を手助けしてくれるような役に立つツールの提供が、なぜ問題となるのでしょうか?

これは、本来弁護士としての能力と訓練経験を持った者だけが提供すべき重要な法律サービスを、それを持たない主体が提供することで、維持されるべき秩序が崩れるのを懸念してのことです。

日本では特に、非弁行為が厳格に取り締まられてきた歴史があります。松尾論説でも引用されている、穴埋めタイプの解約通知書をひな形として顧客に提供し、顧客に代わって取引先に郵送するサービスを「『法律事件』に関する『法律事務』を取り扱ったと認めるのが相当」と判示した裁判例(東京地判平成28年7月25日判タ1435号215頁)などは、その最たるものでしょう。

被告は,ESシステムサービスを導入しようとする客に対するサービスとして,当該客と従前の電気管理技術者との間の委託契約の解除手続を集約して代行していること,本件解約通知書には,従前の受託者との間の委託契約を解除する旨があらかじめ印字されており,必要事項を書き込めば解約通知書として完成する書式であることに照らせば,第三者間の契約解除という法律効果が発生する本件解約通知書の書式については,被告が作成したものと認められる。その上で,被告は,空欄部分や記名押印部分を記入することによって完成した,第三者であるAが作成名義人となる本件解約通知書を,Aに代わって原告に郵送し,その結果,Aと原告との間の原告契約が解除されるという法律効果が発生したものである。
かかる事情に照らせば,本件行為は,単に本件解約通知書を郵送したという事実行為ではなく,法律上の効果を発生,変更する事項を保全,明確化する行為といえる。
したがって,被告は,「法律事件」に関する「法律事務」を取り扱ったと認めるのが相当である。

AI特許評価ツールを「専門性が低いからシロ」と判断したグレーゾーン解消制度

また、隣接業務である弁理士業にも、弁理士に特別に認められた出願の代理や鑑定等の業務を行ってはならないとする 弁理士法75条 があります。

第七十五条 弁理士又は特許業務法人でない者は、他人の求めに応じ報酬を得て、特許、実用新案、意匠若しくは商標若しくは国際出願、意匠に係る国際登録出願若しくは商標に係る国際登録出願に関する特許庁における手続若しくは特許、実用新案、意匠若しくは商標に関する行政不服審査法の規定による審査請求若しくは裁定に関する経済産業大臣に対する手続についての代理(特許料の納付手続についての代理、特許原簿への登録の申請手続についての代理その他の政令で定めるものを除く。)又はこれらの手続に係る事項に関する鑑定若しくは政令で定める書類若しくは電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他の人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。)の作成を業とすることができない。

この条文に関し、AIが特許明細に書かれた発明内容を分析し、類似文献検索を行ってA~Dのランクで評価するシステムがこの条文にいう弁理士の鑑定業務にあたるかについて、経済産業省のグレーゾーン解消制度に諮られた事例 があります。

https://www.meti.go.jp/press/2018/03/20190329015/20190329015.html 2020年1月29日最終アクセス

経産省は、この照会に対して以下のような興味深い回答を出しています。

本件システムを用いた本件事業は、ある発明が特許に値するかどうかや、ある特許が無効とされるべきものかどうかなど、工業所有権制度に関する法律的技術的な専門知識に基づいて具体的な事案につき判断を下したものとはいえず、同法第75条に規定する「鑑定」 には該当しない。

当該ツールは私も実際に利用した経験があります。経産省の印象とは異なり、人間の目では絶対にチェックしきれない大量の特許文献を瞬時に検索して類似性の高さを見やすく分析してくれる、AI時代ならではの頼もしいツールという印象でした。一方、その精度にはまだ粗さが感じられたのも事実です。

本件照会では「専門性が低い」という理由をもって鑑定に当たらないと判断された とはいえ、ディープラーニングにより専門性を備えたあかつきには、クロと判定される可能性も残されているようにも見える内容と言えます。

リーガルテック業界にとっての新たな試練

振り返ってみると、昨年本メディアでも速報した ドイツの弁護士法違反事件も、専門性が認められない契約書作成補助ツールを「弁護士水準」と広告し販売したことで罰せられた事案 でした(関連記事: ドイツ裁判所によるリーガルテック違法判例 —その教訓と対策)。

契約書や特許明細書のような法律文書の作成・分析を補助するツールは、とかく取り締まりの矢面に立たされがちです。それは法律文書の作成に悩むユーザーが多いこと、ニーズが強いことの裏返しでもあります。ニーズが強ければ、事業者はそれに応えようと技術を進化させます。この分野で弁護士や弁理士と比肩するクオリティを達成するサービスが出てくるのも、時間の問題でしょう。

テクノロジーの成熟とともに事業者間の競争も激しくなってきた2020年。今回ご紹介した松尾論説の問題提起を契機に、リーガルテックと弁護士法との衝突もまた厳しいものとなりそうです。

画像:ふじよ / PIXTA(ピクスタ)

(橋詰)

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