契約専門書籍レビュー

ブックレビュー 小笠原匡隆ほか『ブロックチェーンビジネスとICOのフィジビリティスタディ』


弊社イベントにたびたびご協力下さっている株式会社LegalForce様の母体、法律事務所Zeloに所属する先生方による共著書。ブロックチェーンビジネスを把握しつくしたエキスパートが、ブロックチェーン関連法をまとめて概説します。

書籍情報

ブロックチェーンビジネスとICOのフィジビリティスタディ


  • 著者:小笠原匡隆/著
  • 出版社:商事法務
  • 出版年月:20181031

ブロックチェーンビジネスに適用されうる法令を網羅的に解説

今日まで本書をご紹介していなかったのは、タイトルを見て、てっきりICO(Initial Coin Offering)ビジネスの解説に終始した書籍であろうと早とちりをしていたためでした。出版の企画当時に、ICOビジネスがちょうど盛り上がっていた頃だったために、こういうタイトルになったのかもしれません。

小笠原匡隆ほか『ブロックチェーンビジネスとICOのフィジビリティスタディ』P48-49
小笠原匡隆ほか『ブロックチェーンビジネスとICOのフィジビリティスタディ』P48-49

ICOについての解説が本書全体に占める割合は、実は20%ほどにすぎません。P17-19に表で一覧化されているように、ブロックチェーンビジネスに適用されうるほぼすべての法律、具体的には、以下のような幅広い法領域を網羅的にカバーした概説書 となっています。

分野 法令
仮想通貨関連 資金決済法、犯収法
金融関連 金商法、銀行法、保険業法、国外送金等調書法、外為法、貸金業法、利息制限法、出資法
一般消費者関連 消費者契約法、特定商取引法
情報関連 個人情報保護法、マイナンバー法、不正競争防止法
知的財産権関連 商標法、著作権法、特許法
一般商取引関連 民法、商法

先進的ビジネスモデルをくまなく把握して旬な論点を抽出

「仮想通貨は強制執行の対象となりうるのか?」といった、どのビジネスにも関係する基本的論点はもちろん、「ブロックチェーンを用いたスマートフォンゲームにおいて、ユーザーにトークンをエアドロップ(無料配布)した場合、景品表示法は適用されるか?」といった、その業界のビジネスパーソンがすでに悩んでいるであろう旬な論点も取り上げています。

紙幅に限界のある法律書でありながらビジネスパーソンに「刺さる」具体的論点ばかりがピックアップされているのは、若手弁護士で構成される著者らが先進的企業をクライアントに持ち、またはそうした企業のインハウスローヤーを務め、具体的に相談を受けながら研究を重ねている からに他なりません。

試しに、本書で触れられているブロックチェーンを活用したビジネスをリストアップしてみました。

  • 銀行独自トークン
  • シェアリングエコノミー
  • 電気取引
  • 電子カルテ
  • 音楽著作権管理
  • 不動産登記
  • 仮想通貨交換業
  • 仮想通貨マイニング業
  • 仮想通貨ウォレット業
  • 仮想通貨オンラインカジノ
  • ブロックチェーンゲーム
  • 仮想通貨ファンド
  • 送金、決済、決済手段間交換サービス
  • 仮想通貨レンディング

ここまでたくさんのビジネスモデルを取り上げて、そのそれぞれについてブロックチェーンという切り口から法律論を解説している書籍は、本邦では初めてでしょう。

「スマートコントラクトは契約書を代替し得ない」

最終章では、契約書の自然言語処理に関して、京都大学と共同研究を重ねているLegalForce所属弁護士ならではの、含蓄のある自論を展開しています。それは、「スマートコントラクトは契約書を代替し得ない」というもの。

小笠原匡隆ほか『ブロックチェーンビジネスとICOのフィジビリティスタディ』P356-357
小笠原匡隆ほか『ブロックチェーンビジネスとICOのフィジビリティスタディ』P356-357

コード(プログラム)で書かれたスマートコントラクトで契約書を代替しようとするのは、もしかすると難しいのでは?このことはうっすらと気づいていたわけですが、何がどう難しいのかについて、法的に精緻に、かつ鮮やかに解説されています。

P350-354を参考に編集部にて作図
P350-354を参考に編集部にて作図

法律学の観点からは、「契約(Contract)」とは、「対立する複数の意思表示が合致して成立する法律行為」を意味し、法律行為性(権利変動に向けられた当事者の意思の表明)を要件とする。かかる「契約(Contract)」には、原則として法的拘束力が認められ、当事者が自由意思によりこれを履行しなければ、公権力により強制的に実現される。そして、かかる法律行為(権利変動に向けられた当事者の意思の表明)が文書によってなされる時、法律行為を化体した文書は処分証書(Written Contract)として、民事法上非常に重要な文書となる。
他方、通常の取引においては、契約(Contract)が化体された文書としての処分証書(Written Contract)が当事者間で意識されることはなく、合意を証する文書としての合意書(Agreement)が作成され、これが実務上、いわゆる「契約書」として用いられる。そして、この合意書(Agreement)に表現される「合意」は、通常、権利変動に向けられた当事者の意思の表明としての法律行為のみならず、単に当事者が合意したにとどまる事項が含まれるのが一般である。

通常契約書というものは、上記定義でいう「契約」および「処分証書」の必須要素である“法律行為”以外の内容、具体的には、以下の3つの機能を実現するための文言も含む文書になります。

  1. 合意形成のための交渉手段としての機能
  2. ルールブック機能
  3. 立証手段機能

上図の不動産売買契約書の例に照らして具体的に検討してみると、「契約」を表現した「処分証書」にあたる第1条以外、つまり5条・13条・14条の文言は、権利変動に向けられた当事者の意思の表明ではありません。しかし、上記3つの機能を果たすための文書としては、どうしても必要な文言になるわけです。

そうすると、3つの機能を実現する文書とするためには、契約当事者だけでなく裁判所や権利義務を承継する者など、「合意書」の内容全体に関わる者全員が読んで理解できる“可読性”が必要 です。このことから、自然言語によって表現されることが本質的要件となります。

契約(Contract)だけをとりだして、コンピュータとネットワークで自動処理可能なコードで記述し、それを不動産登記システムや仮想通貨交換システムと連動させて権利移転と決済を実現するのは比較的簡単かもしれません。しかし、「契約書」(上記定義でいう「合意書」)をコードで書かれた「スマートコントラクト」に置き換えるのは、残念ながら現実的ではない。本書はそう断じているのです。

本書のこの指摘は、「スマートコントラクト」をビジネスとしてセールスしはじめている企業にとっては、不都合な真実でしょう。と同時に、契約書のどの要素を対象として絞り込めば実効的な「スマートコントラクト」が実現できるのかについて、重要な示唆を与えてくれる記述にもなっています。

ブロックチェーンやスマートコントラクトをビジネスにしようとしている方にとっては、タイトルだけで読まずにスルーをしていると非常にもったいない書籍です。

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(橋詰)

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