契約専門書籍レビュー

AIに代替されないのは「自ら交渉する法務」—瀧本哲史『武器としての交渉思考』


AIに代替されない法務パーソン・弁護士になりたければ、「ロマン」と「ソロバン」を携え自ら交渉に出ていくことが必要—リーガルデザインの時代に求められる仕事が「交渉」であることを、具体的な交渉テクニックとともに理解させてくれる、刊行7年後の今改めて評価されるべき一冊。

書籍情報

武器としての交渉思考


  • 著者:瀧本哲史/著
  • 出版社:星海社
  • 出版年月:20120626

リーガルデザインの時代に必要となるのは「交渉」サポート

「AIが仕事を奪う」がキャッチフレーズのように各メディアで繰り返し叫ばれる中、このメディアでも、契約(書)業務をAIで代替するリーガルテックサービスを多数取り上げ、逆に代替されないであろうリーガルデザイン領域の話題も取り上げてきました。

そんな中、本メディアでいま特に注目しているテーマが契約の「アナリティクス」と「ネゴシエーション」。そのうち、契約ネゴシエーションが今後なぜ重要なテーマになっていくのかについて、リーガルデザインに紐づけてわかりやすく言語化したのが、本書『武器としての交渉思考』です。

瀧本哲史『武器としての交渉思考』P184-185
瀧本哲史『武器としての交渉思考』P184-185

本書の著者瀧本哲史氏は、東大法学部を卒業後、著名な契約法学者である内田貴教授に師事し、コンサルタント、投資家へと活動領域をひろげつつも、20年にわたって以下の視点から「交渉」をテーマに仕事をしていたと述べます。

これまで日本を支えてきた「頭の良い偉い人が作った仕組みやルール」が、もはや通用しなくなってきているのです。崩壊はしてないまでも、明らかに機能不全を起こしている。そういったことが、誰の目にも明らかとなりました。
だからこそいま、若い世代の人間は、自分たちの頭で考え、自分たち自身の手で、合意に基づく「新しい仕組みやルール」を作っていかなければならない。
そのために、交渉の仕方を学ぶ必要があるのです。(P26)

ここで語られているのは、シティライツ法律事務所 水野祐弁護士がその著書『法のデザイン』(フィルムアート社, 2017)で狼煙を上げ、以降、若手弁護士や企業法務パーソンが新たな職域として注目しはじめたルールメイキング、リーガルデザインというコンセプトそのもの。

本書刊行は2012年ですから、そのさらに5年も前から(今でいう)リーガルデザインの重要性を訴えていたということになります。

契約交渉はコンピュータには代替不可能

本書は、私たちがリーガルデザインを行っていくにあたり必要となる具体的スキルを「交渉」と置き、それがなぜ重要であるかについてこう述べています。

いまのところ、どんな高性能のコンピュータでも代替できない仕事があります。それこそが交渉です。(P66)

複数の人が集まってひとつの目標に進むときには、大きなビジョン(ロマン)と、それを実現させるためのコスト計算(ソロバン)の両方が大切になるわけです。
そして、交渉こそが、そのロマンとソロバンをつなぐ役割を果たしてくれるのです。
コンピュータは、ソロバンを計算することにかけては人間より圧倒的に速く、正確無比な能力を持っています。しかし人間のように、夢や希望や、まだ誰も見たことがないビジョンを描くことはできません。
それは、コンピュータには「主観」というものが原理的にないからです。客観的に物事を計算することはできても、人間のようにゼロからまったく新しいものを生み出すことはできない。それは、無生物であるコンピュータの宿命であると言えます。(P69)

これからの世界では、ロマンとソロバンを結びつける交渉こそが、人間がなすべきもっとも付加価値の高い仕事になるのです。(P71)

その企業の契約ポリシーに則ってAIが契約書をレビューし、自動的に修正をすることはできても、

  • そもそも誰をビジネスの相手方に選ぶか
  • どこまでコスト負担を許容したりリスクヘッジにこだわっていくのか
  • ビジネスの前提となっているルールそのものを変えることはできないか

といった「意思」や「主観」の部分は、AIが担うことは難しい。だからこそ、その部分で価値を発揮できる人間になるべきであり、その具体的な仕事が交渉になる、というわけです。

契約書を作成するためには先立って契約=合意が存在し、その合意を生み出すものが他者との「交渉」なわけですから、それが重要であることは言うまでもありません。しかし実際には、交渉は事業部が主体となって行うべき業務と位置づけ、契約交渉に法務は立ち会わない方針をとる企業もあります。

かくいう私自身も、「法務が立ち会う契約交渉はとかく文言のディティールに終始してしまいがち」という考えにとらわれて同席を避けたり、同席しても必要以上には口を開かない態度でいたことは否めません。そんな態度では、ほとんどの仕事はAIに奪われていくことになるのでしょう。

契約交渉における最強の武器「BATNA(バトナ)」

前半で交渉思考がなぜ今後必要になるかについて述べた上で、本書後半では、その具体的な交渉のフレームワークやテクニックといった「武器」を授けてくれます。

瀧本哲史『武器としての交渉思考』P140-141
瀧本哲史『武器としての交渉思考』P140-141

その中で最も強力な武器として位置づけられているのが、「守りのガーディアン型法務から攻めのパートナー型法務へ変革する方法—契約アナリティクス応用編」の記事でも紹介している BATNA(バトナ) という考え方です。

「バトナ」とは、英語の「Best Alternative to a Negotiated Agreement」の頭文字をとった言葉です。簡単にいえば、「相手の提案に合意する以外の選択肢のなかで、いちばん良いもの」という意味になります。(P139)

交渉とは、その交渉が決裂したとき、自分と相手側に、それぞれ他にどんな選択肢があるのか、その選択によって何が手に入るのかで決まるのです。
交渉が決裂してしまうより良い条件を相手に提示できれば、相手側はその提案を飲まざるをえなくなります。その逆に、交渉が決裂しても相手側はまったく痛くないのであれば、勝負にならないわけです。(P145)

交渉で「揺さぶりをかける・かけられる」という表現がよく使われますが、具体的にやっていることはまさにこのBATNAの提示にほかなりません。過去に遭遇した中で手ごわかった交渉のシーンを振り返ると、いずれも(おそらく意識的に)多数のBATNAを繰り出してきた相手方が思い出されます。

オフィスにどっしりと構えて動かず、凝り固まった過去の条文解釈や判例知識を披露しているだけでは、刻一刻と状況が変化するビジネスのなかで事業部門を孤立させるだけ。リーガルデザインの第一歩は、一足飛びに政治家へのロビイングなどを夢想することではなく、交渉現場に率先して立会い状況に応じた武器となるBATNAを供給して契約メイキングをサポートすることからはじまる

今日からできるそんな仕事から、変革への第一歩を踏み出すべきなのでしょう。

(橋詰)

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