押印廃止プロジェクトの進め方—内閣府「押印見直しマニュアル」を参考に
2021年は、いよいよ押印の廃止を段階的に進めるフェーズに入ります。企業が押印廃止プロジェクトを進めるにあたり、内閣府「押印見直しマニュアル」が参考になります。
目次
内閣府が「地方公共団体における押印見直しマニュアル」を公表
河野大臣が10月就任直後から取り組んでいた、行政手続きにおける押印廃止に向けた具体的な成果物が、この短期間で早くも完成し公開されました。
▼ 地方公共団体向け「押印見直しマニュアル」作成 河野改革相(産経新聞ニュース2020年12月18日付)
河野太郎行政・規制改革担当相は18日午前の記者会見で、地方公共団体向けの押印見直しマニュアルを作成したと発表した。マニュアルでは「行政手続きでの国民の負担を軽減し、利便性を図ることが目的」と強調。押印を求める合理性の有無について考え方や見直しの判断基準などを示し、押印の見直しを積極的に取り組むことを求めた。
このマニュアルは地方公共団体への配布のみならず、内閣府のウェブサイトでも公開されており、
- 見直しの手順
- 業務フローのどこを見直すべきか
- 押印を廃止してよい・悪いの具体的判断基準や考え方
が図表を多用してわかりやすく示された、完成度の高いマニュアルとなっています。政府の押印廃止プロジェクトに賭ける本気度が伝わってくるようです。
企業における「押印見直しマニュアル」策定のポイント
企業が押印を段階的に廃止していくにあたっても、この「地方公共団体における押印見直しマニュアル」のフレームワークが役に立ちます。
実際に、概要版にまとめられた「押印の見直しの判断基準」に照らしながら、押印の必要性と合理性について整理 してみましょう。
(1)本人確認(身元確認)は押印によらなければできないか
見直しポイントその1として最も重要なのが、取引先の本人確認に本当に押印は必要か? という論点です。
押印の機能の中でも、特に法人の実印に期待されている機能が、代表者の身分証明を含む本人確認(身元確認)の機能です。押印によって紙に残る印影と、あわせて提出させる印鑑証明書とを照合することにより、その代表者の本人確認を行うことがあります。
しかし実際のところ、自社の取引先等と交わす押印文書のうちの何%ぐらいが、このような印鑑証明書による印影との照合をして締結しているのか、冷静に分析しておく必要があります。
一見すると押印に厳格さを求めそうな行政手続きの例では、内閣府「押印を求める行政手続の見直し方針(根拠別集計)」によると、行政手続きの押印でさえ、全数14,992種類のうちたったの42種類、全体の0.28%しか実印手続きがないことがわかっています。
企業においても、実印登録をしていない認印、代表取締役以外の部長印や担当者印を押印する文書はかなり多いはずです。というのも、企業間の取引においては、反社チェックはもちろん取引先として信頼に値するかの与信審査が行われ、その上で具体的なビジネスの商談を重ねる過程で信頼関係を築きながら、印鑑証明書の提出という形式的方法ではなく、より実質的な方法で本人確認を済ませているからです。
とはいえ、取引の性質上、本人確認をしたほうがよい場面はあります。そうであっても、印鑑証明書に頼らずに本人確認を行うための代替手段 はいくつもあります。
個人が金融機関と取引をする場面を思い浮かべてみましょう。多くの場合、実印の押印・印鑑証明書は求められません。その代わりに、押印文書とセットで公的身分証明書(の写し)を提出するよう求められることがあります。これは、個人が印鑑証明書を取得する面倒を省くための代替手段とも言えます。
このように、①そもそも本人確認を書類ベースで行う必要があるか、②必要があるとしても、実印と印鑑証明書に代わる手段はないかを、それぞれ検討してみることが重要となります。
(2)文書作成の真意確認に押印は必要か
次の見直しポイントが、その文書を作成する真意があったかの確認です。
この点について、「地方公共団体における押印見直しマニュアル」P28では、以下のように記載されています。
文書作成の真意確認は、窓口での申請かオンラインによる申請に関わらず、本人確認を経た申請がなされれば良いと考えられます。
企業においても、あえて実印を押印させ印鑑証明書を提出させなくとも、その文書が信頼関係を構築した当人から発出されたことさえ確認 できれば、その文書作成についての真意はあったと考えるのが自然でしょう。
押印見直しマニュアルでは、この当人認証の代替手段として、ID・パスワード方式、利用アドレスの登録などが提案されています。
(3)押印は文書内容の真正性担保に必須か
意思表示の内容を表した文書に印影を付着させることにより、訴訟等において作成者の認識等を示したものとして形式的証拠力が認められる。これが押印の効果です。企業が押印を好んできたのも、この形式的証拠力が民事訴訟法228条4項によって推定される効果を期待してのものです。
この 押印の効果は限定的 であり、どんなときでも認められるというものではないのは当然、押印によってのみ担保できるというわけではなく、文脈(コンテクスト)が評価 されます。
内閣府・法務省・経済産業省が2020年6月19日に連盟で発出した「押印に関するQ&A」では、押印に代わる真正性証明手段として、以下のような具体的代替手段が提案されています。
電子契約を導入した次のステップは押印の本格的廃止
2020年は、働き方改革と在宅勤務の要請から押印廃止の必要性が声高に叫ばれました。しかし、押印廃止はペーパーレスというゴールに向かうための一手段にすぎません。そして明日電子契約を導入したとしても、すぐにすべての文書がペーパーレス化できるわけでもありません。
企業においては、電子メールベース / PDFファイルプラス暗号化ベース / 電子署名ベースなど、文書の内容に応じ、押印に代わる合理的な代替手段を選択できるようにすべき です。
例えば、
- 相手方の履行能力や社会的信用
- 契約類型
- 契約金額基準
などにより分別し、その代替手段を選択できる社内規程・マニュアルを作成すれば、従業員も安心して押印廃止に踏み込むことができます。
政府の「押印見直しマニュアル」は、企業内でこれを作成する際の論点整理にも大変役に立ちます。
(橋詰)