契約実務

契約書ドラフトを編集できないPDFで送信する企業 その事情と合理性


相手から送られてきた契約書のドラフトが、編集できないPDFやパスワードがかかったWordファイルだった…。そんな経験は少なからずあるのではないでしょうか。

今回は、Twitter上で実施したアンケートとそこでいただいたコメントから、そうしたファイルを送信する企業の事情と合理性について、考えてみたいと思います。

Twitterでアンケートを取ってみた

さあこれから契約交渉だ、と思っていたフェーズで、編集できない状態にした電子ファイルで送ってくる企業があります。

私の法務経験の中でも、一度や二度ならず受け取った経験があります。受け取る立場になると一件一件に強い印象は残るものです。しかし、一般的にそうした行為が世の中でどのくらい普通に行われているのか、または珍しいことなのかについて調査したレポートやデータは、これまで見たことがありません。

果たして、これがどのくらい普通、または異常なことなのか?Twitter上でちょうど水野祐先生が問題提起されていた のを受けての思いつきで、企業法務関係者や管理部門所属のフォロワーさんが多い私のTwitterのタイムライン上に、(受信者ではなく)送信者としてそうしたファイルを送った経験があるか、匿名アンケートを流してみました。

その結果がこちら。

結果、225票の投票中、「一切経験なし」が120票近く集め54%。対して「PDF・パスワード付Word送付がデフォルト」との回答が、40票を超え21%となりました。

個人的な感覚では、デフォルト編集不可で送信するのは上位5%ぐらいの相当な大企業だけ、法務関係者に偏りがある私のフォロワー属性のバイアスを加えてもせいぜい10%ぐらいだろうと予想していたので、この多さに驚いたというのが率直な感想です。

編集不可の契約書ファイルを受け取る立場のネガティブな感情

これから契約交渉をしようというフェーズで、編集ができないPDFやパスワード付きWordファイルを送信する。これは相手に誠実な契約交渉をする気はどうやらなさそうだと思わせるメッセージとなります。受け取る立場としては、少なくとも良い感情は抱かないことのほうが多いでしょう。

実際、今回のアンケートでも、

  • 「一切なし」です。自分がされていやなことは人にやっちゃいけませんと教わりましたので!
  • 相手方がPDFでドラフト送ってきたら基本的には不快。(自社に効率的に交渉を進ませたいという思惑だろうが)ワードで送ってくるまで(交渉が)先に進まないのでむしろ非効率。
  • PDFで送ってこられて不愉快で、文字コピペしてワードで同じ体裁で作り直し、さらに履歴つけず修正してPDF化して送り返したことがあります。
  • 相手がこれで送ってきたので、別パスワードをつけて返送したことがある。
  • そもそも自社雛形がWordであり自分からは(編集不可ファイルでは)送らない。
  • 外部弁護士時代にはWordで送らないなんて失礼と思っていた。
  • こんなことするセンスない会社あるんだ。ハッキリ言って失礼すぎ。
  • PDFで送ってWordは要求されても送らないルールとしていたが、求められたらWord送ってよいルールに変えた。ずっと失礼だし非効率だと思ってたので。
  • 過去にこんな記事を書いていたのでUpします。【[契約書をPDFで送ってくるな](https://blogs.yahoo.co.jp/taka_007jp/49110053.html)】

上記のようなネガティブなコメントが少なからずありました。

それでも編集できない契約書ファイルを送信する企業の事情とは

果たして、編集できないPDFやパスワード付Wordファイルで編集できないように送信する企業には、どのような事情があるのでしょうか。この点についても、コメントをいただいたので紹介させていただきます。

  • これから契約書を交わす相手はそこまで信用してないのでPDF一択。
  • 大手企業で年間何千もの契約を手掛ける場合、取引の基本となる契約書あたりは(余程の事情がない限り)、交渉の余地なく受け入れて欲しいという意図も暗に込めて、PDFでの提示をすることは少なくないと思われる。「でないとこちらの首が回らない」という気持ちで、決して嫌がらせでもない。
  • 定形契約はロックをかける。編集可能な状態で送ると、「使用」と「利用」の使い分けできてないのに全部「利用」で統一して返してくる、相互にしなくていい条項まで相互にして返してくるなど、(主に提示側の)法務の手間を食うだけの修正が返ってくる率があまりに高い
  • 大量の定型契約書を毎日裁くインハウスになって、PDFで送る理由が分かった。相手方が日本の大企業の場合は特に、労多くして実益なしの修正要求が多い。
  • 雛形を用いた簡単な契約書の締結を事業部門に委ねている会社では、相手方に修正されないことを前提にPDFで送っているところが多いというイメージ
  • 自分はwordでしか送ったことがないが、PDFで来て失礼だとかそこに意図があるとか考えたことがなかったのでびっくり。
  • 購買、販売店管理部門が定型ひな形のPDFで相手方に送っていることは認容している。「PDFは失礼」と思う気持ちは分かるが、数千の取引先を抱え、注文・支払のシステムも組む会社からすれば、「Webサービスの約款が修正出来ないのは失礼」と言うようなもの。
  • 「自社の締結部門担当者が勝手に弄らないように」するためという目的もある。独禁法や印紙税の点から、敢えて曖昧だったり一見自社に不利だったりすることも。
  • 交渉のゴールは良い落し所に落とすことであり、礼を失する行動を敢えて選択することが正解である場合もある。

やはり、PDF等編集不可能なファイルで送信した経験のある方は、回答の内容を見ると取引量が多い・契約本数が大量に発生する・玉石混交様々な取引先を相手にする大企業側の立場の方が多い印象。受け取る側の企業がどう感じるにせよ、自社としてそれなりの合理性があってやっていることだという主張です。

最終的には「送信者にとってのイレギュラー契約」が生まれることを良しとするかの判断

2020年に施行される改正民法では、定型約款に関する規制が導入されます。大企業としてはこれに抵触しない範囲で、しかし契約交渉コストは極力下げたいという事情があるということは、今回のアンケートでもひしひしと感じられました。

一方で、大多数の企業の担当者にとっては、ひとつひとつが「定型ではない特別な契約」です。この企業規模や置かれた状況の違いから生じる立場の差が埋まることがない以上、契約書ドラフトの電子ファイルの編集可否をめぐる衝突も無くなることはありません。

美しい解決策というより、

  • PDFで送られてきてもOCRソフトでワード化して容赦なくコメントする。
  • (反論したければ)PDFに赤を入れればよい。
  • PDFでも、別紙で淡々と直せば良い。
  • 同じ雛形で大量に契約を締結する場合だと、仮に特定の相手方の変更要請を受け入れるにしても、雛形自体を修正するのでなく、別途覚書の形にすることも良くある。
  • PDFで送信されたら、別途修正覚書を作って送っている。
  • 条文を自ら修正するよりも条文について質問攻めにして相手に修正させる方が交渉を有利に進められることもある。Win-Winの契約条件にすることが目的であって、修正自体が目的ではない。

このようなご意見にもみられるとおり、受信者としては送信者に嫌がられるのを気にせずに、別紙での合意を要求してでも、粛々と契約交渉を行うしかないのでしょう。それにより、今度はそうした「イレギュラーな修正」に応じるかの判断が、送信者である大企業の側に委ねられます。

その結果、結局のところ目指していた定型ではなくなる、おまけに契約の内容が二つの文書に分かれることで一体管理しにくくなるという問題が生まれるということが、果たして「合理的」なのかについて、送信したご担当者に考えていただくことになるわけです。

それでも、大企業を中心に、PDF等編集できないファイルを送信するほうが合理的と判断する企業が増えていくように予想します。そうなっていくにつれ、これまでの「契約書」という書面合意の単位・束ね方・記録方法自体をガラッと変える、革新的なアイデアが求められていくことにもなりそうです。

画像: R-DESIGN / PIXTA(ピクスタ)

(橋詰)

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