ブックレビュー 英繁雄『揉め事なしのソフトウエア開発契約』

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企業間の様々な契約の中でも、特に揉め事になることが多いソフトウエア開発契約。米国の契約実務をヒントに、揉め事を発生させないための契約のあり方を探ります。

書籍情報

揉め事なしのソフトウエア開発契約
  • 著者:英繁雄/著
  • 出版社:日経BP
  • 出版年月:20171020

ソフトウエア開発契約における「請負・準委任二分法」の限界

次々と出ては消えするソフトウエアやシステム開発にまつわる契約実務書籍。そんな中でも異色の一冊が、今回ご紹介する『揉め事なしのソフトウエア開発契約』です。

一般的なソフトウエア開発の契約実務書は、日本の民法をベースとして、請負契約・準委任契約に関する法律の条文に定められたデフォルトルールをいかに契約によって上書きしていくかということに、解説のほとんどが費やされます。しかし、アジャイル開発などの新しい開発手法も採用されるようになった昨今、そうした 「請負か準委任か」という二分法の限界 を感じている読者も多いのではないでしょうか

本書は、日立ソリューションズIT技術センタ長を務める著者の目線から、米国のソフトウエア開発のノウハウをどのように請負・準委任の契約スキームに当てはめていくべきか、特に揉め事の原因となる見積もりフェーズにおける工夫を中心に、現実的な解決策を論じます。

しかしそれ以上に、ソフトウエア開発の先進国と言ってよい米国が、そうした二分法に基づく委託スキームとは異なる開発形態となっていることを紹介し、これからのソフトウエア開発のあり方を示唆してくれている点が特徴となっています。

英繁雄『揉め事なしのソフトウエア開発契約』P92-93

米国のソフトウェア開発の特徴は内製中心主義と柔軟な価格条件

本書が暗示するソフトウエア開発契約の未来。その一端が、以下「各国のIT技術者の人数と勤務先(2009年時点)」を調査したデータに現れています。

英繁雄『揉め事なしのソフトウエア開発契約』P9

一見してわかるとおり、米国ではユーザー企業サイドに全体の70%超のIT技術者が在籍 しています。これに対し、中国・インド・日本はITサービス企業つまりベンダーサイドに人員が偏っています。米国は自社内開発が主流であるのに対し、日本は委託が前提となっているわけです。

そしてもう一つの特徴が、米国における契約類型のバリエーションの豊富さです。

英繁雄『揉め事なしのソフトウエア開発契約』P31

この表は、米国政府機関の調達規則FAR(Federal Acquisition Regulations)に記載されている契約方法です。一見してわかるとおり、米国の開発委託契約では価格の取り決め方に様々な「型」が豊富に共有 されています。これに対し日本は、請負であれば完成を条件に一括払い、準委任であれば稼働時間に対するタイムチャージ的支払い、このいずれかがほとんどです。

米国では、委託開発の場合でもタイムアンドマテリアル契約で契約するケースが多いが、固定価格契約を行う場合であっても価格の再調整ができたり、インセンティブを付けられたり、価格の変動に柔軟に対応できたりする契約方法がある。 日本では、特にシステム開発の完成責任までを委託する請負契約が主流であり、米国ではユーザー企業が開発責任を負う内製が主流である。どちらが優れているかという問題ではなく、ソフトウエア産業の生い立ちの違いによって現在のような違いになった。(P76)

内製は難しい、アジャイル開発も根本的解決にならない、ではどうする?

上記引用部で著者も言うように、安易に米国型を追従すべきではないでしょうし、急に内製をしようと言っても簡単に移行できるものではありません。一方で、ソフトウエア開発のプロジェクトには、日々世の中で生まれるイノベーションを即時に取り込んでいく柔軟性がこれまで以上に求められていることも、否定できません。

それを実現する方法としてアジャイル開発が提案されて久しいわけですが、アジャイルといっても、結局のところタイムチャージ的支払いを前提とした準委任契約にとどまるものがほとんど、というのが実態なのではないでしょうか。仕様をいちいち書面化し、契約書を締結し、偽装請負や下請法への抵触を恐れながらコミュニケーションを図り、必要あればまた仕様書を修正し契約書も締結しなおして・・・というサイクルから抜け出さない限り、ソフトウエア開発のトラブルがなくなることは無いように感じます。

急な内製への移行は困難。アジャイルも解決には結びついていない。ではどうすべきか?技術者を派遣し、開発企業の直接指示のもとで「半内製」的に開発に携わる、労働者派遣契約の枠組みの活用ももっと検討されてもよいのではないか。その場合に問題となるであろう、派遣業への規制のあり方や、派遣契約に定めるソフトウエア開発成功責任/失敗リスクの分担の仕方こそ検討すべきでは。

そんなことを考えさせられた一冊でした。

(橋詰)