電子契約の基礎知識

電子契約ではハンコの印影(押印)が法的に不要となるのはなぜか—押印による二段の推定と比較して解説

電子契約ではハンコの印影が法的に不要となるのはなぜか—押印による二段の推定と比較して解説


電子契約は、朱肉とハンコを使って押印することで二段の推定が成立する紙の契約書と違って、印影がないものが普通です。しかし、押印による印影がないと、契約として有効に成立しているのか不安という方も少なくありません。この記事では、なぜ電子契約では押印による印影が不要なのか、印影がなくとも法律上有効と言える理由について、解説します。

1. 紙の契約書におけるハンコの印影と押印の意味

印影とは、紙に印章(ハンコ)を押すことで付着する跡のことであり、押印とは、作成者の意思により作成された書類であることを証するために印を押し印影を書類に残す行為のことです(関連記事:押印に関する法律用語と法律知識—印鑑・印章・判子・印影の違い)。

紙の契約書を見ると、もれなく赤い朱肉で印影が押印されていることと思います。このような印影を契約締結の証跡とする商慣習が確立している国は、日本を除いては中国・台湾のみであり、押印は日本独特の文化となっています。

日本では、こうした押印の効力が「二段の推定」と呼ばれる最高裁判所の判例法理で認められてきた経緯もあり、電子契約が普及したいまもなお、契約書に証跡としての印影を残す商慣習が根強く残っています。まずは、この印影の効力について、以下確認します。

判例と民事訴訟法による「二段の推定」によって押印(印影)の効力を認定

1.1 印影によって作成者本人の意思を表示し、他人による契約書の偽造を防ぐ

印章(ハンコ)と朱肉を使って押印し、印影が紙に付着すれば、通常はその文書の内容を印章の持ち主以外が勝手に偽造・変更することはできなくなります。これにより、本人が確かにその内容で契約を締結したという意思表示の証となります。

ところで、契約書を締結した証としてこうした印影が必要とされ、商慣習として確立しているのは、どうしてなのでしょうか?

法的には後ほど解説しますが、当事者の印影が押印された契約書を保管しておけば、あとでトラブルになった時に、その契約を締結する真正な意思があったことを裁判所が推定してくれる効果が法律と判例によって認められているからというのが、その理由です。

1.2 押印(印影)による私文書真正成立の推定効を定めた民事訴訟法228条4項

この押印の推定効を定める法律として、まず知っておきたいのが、民事訴訟法228条4項です。

民事訴訟法228条 (1〜3項略)
4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。

この条文には、押印(による印影)があれば、文書が真正に成立したことを推定する、と書かれているわけですが、ここで「本人(又はその代理人)の署名又は押印があるときは」という要件が定められている点がポイントです。

手書きの署名なら筆跡鑑定などもできます。しかし、ハンコという道具を使って行う押印の場合、誰が押しても同じ模様の印影が付くので、その印影を見ただけでは誰が押印したか(本当に本人が押印したか)まではわかりません。

では、「本人が意思をもって押印した」ことを、どうすれば証明できるのでしょうか?

1.3 判例に基づく推定プラス法律に基づく推定の「二段の推定」によって押印(印影)の効力が認定されている

どのような場合に「本人が意思をもって押印した」と立証できるかについて、裁判所が以下のように述べたことがあります(最判昭和39年5月12日民集18巻4号597頁)。

文書中の印影が本人または代理人の印章によって顕出された事実が確定された場合には、反証がない限り、該印影は本人または代理人の意思に基づいて成立したものと推定するのが相当であり、右推定がなされる結果、当該文書は、民訴326条【編集部注:現行の民事訴訟法228条4項】にいう「本人又は其ノ代理人ノ(中略)捺印アルトキ」の要件を充たし、その全体が真正に成立したものと推定されることとなる

つまり、作成者本人が押印したかどうかがわからない場合でも、本人が所有する印章による印影があるのなら、「本人の意思によって押印がされたのだろう」と(事実上の)推定をしてしまってよいと判例が(最高裁判所が)認めたのです。

重要なポイントのわりにはちょっと乱暴なような気もしますし、実際のところ裁判官OBや実務家からは批判もあるのですが、あくまで推定であり相手方から反証があれば覆せるという条件付きで、手書き署名なしにハンコを使ってかんたんに契約している慣習が追認されました。

まとめると、

  1. 判例に基づき、本人の印影があれば本人の意思による押印であったことを推定し(一段目の推定)
  2. 前記1を前提に、民事訴訟法228条4項に基づき、押印があれば私文書の真正な成立についても推定する(二段目の推定)

このような判例に基づく推定プラス法律に基づく推定により押印の推定効を認める考え方を、民事訴訟の世界では「二段の推定」と呼びます。この考え方をよりどころとして、「印影のある契約書を持っていれば大丈夫」という信頼が醸成されているのが、紙の契約書の現状というわけです。

2. 電子契約においてハンコによる印影(押印)が不要である3つの理由

一方、電子契約を見ても、印影がないものが多数あります。その理由と、電子契約に押印をしなくても法的に有効と言える3つの理由について整理します。

印影に代わり電子署名(デジタル署名)が電子ファイルに証跡を残す

2.1 印影に代わり電子署名(デジタル署名)が電子ファイルにおける契約の証跡となる

電子契約では、当たり前ですが紙ではなく電子ファイルが意思表示を確認する手かがりとなります。ただし、電子ファイルは物理的な形のない電磁的記録ですので、普段使っている印章に朱肉を付けて電子ファイルに押印し印影を付けようとしても、物理的に不可能です。

では、電子契約において、印影に代わる「意思表示の証跡」をどのように記録しているかというと、「電子署名(デジタル署名)」を電磁的な記録としてタイムスタンプ等とともに電子ファイルに書き込むことで、これを実現しています(関連記事:デジタル署名とは?デジタル署名の仕組み・メリット・電子署名との違いを比較して解説)。

現在のデジタル署名は暗号技術を利用し、その電子ファイルが改変された場合にそれを技術的に検知することができますし、いつデジタル署名を施したかも正確にわかります。これは紙の契約書に押印・割印(契印)したもの以上に、強固なセキュリティを担保します。

改ざんされていないことが保証された電子ファイルに両当事者の合意内容が書き込まれていれば、当然裁判においても有力な証拠となるわけです。

2.2 電子署名法では印影は必要とされていない

さらに2001年に施行された電子署名法により、電子署名が本人によって施された場合には、紙の契約書に署名または押印したのと同様に、真正な成立を推定する ことが明記されました。

当然ながら、この 電子署名法の条文上も、電子ファイルに印影を付与することは求められていません。

電子署名法3条
電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く。)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する。

したがって、電子契約に印影(の画像)を埋め込む必要は、法的にもまったくないのです。

2.3 政府の『押印に関するQ&A』で、押印(印影)は契約成立の要件ではないことが確認された

押印による印影がなくとも本当に契約が成立するのか、不安が拭えない方のために、2020年6月に政府が『押印に関するQ&A』を発信しました。

そこには、以下のような記載があります。

Q1.契約書に押印をしなくても、法律違反にならないか。
私法上、契約は当事者の意思の合致により、成立するものであり、書面の作成及びその書面への押印は、特段の定めがある場合を除き、必要な要件とはされていない。

特段の定めがある場合を除き、契約に当たり、押印をしなくても、契約の効力に影響は生じない。

押印による印影がなくとも、契約の効力に影響は生じないことが、はっきりと明記されています。

3. 本物の印影を電子契約に利用するリスク

電子ファイルで作成した文書をプリントアウトして押印する代わりに、スキャンで取り込んだ印影(の画像ファイル)を埋め込み、電子契約っぽく契約をとりかわすケースをたまに見かけることがあります。また、電子契約サービスの中には、印影(の画像ファイル)をアップロードし、電子ファイルに埋め込むことができるメニューを提供しているものもあります。

このような場合、少し注意したいのが、ふだん紙の契約書で利用している印章の印影をアップロードし、電子ファイルに付与してしまうことの危険性 です。というのも、

  • スキャナの性能が向上し、高精度なスキャンが可能となった
  • 画像から立体物を製造する3Dスキャナと3Dプリンタが誕生し、民生用でも高性能なものが入手可能になった

現代ではこうした技術の発展により、物理的な印鑑の偽造・複製は容易になっています。実際に、クラウドサイン事業部でも、3Dプリンタを使って印章をかんたんに複製できることを確認した経験があります。

精巧に美しく作成された会社の印影をスキャンし、電子ファイルに画像として埋め込むと、なんとなく見栄えがよくなることは確かです。しかしそれは一方で、印影画像ファイルを自ら世に出回らせ、偽造リスクを高める結果にもつながりかねません

上述したとおり、電子契約において印影は法的な有効性にはまったく関係がないことを踏まえると、少なくとも、会社実印等、紙の契約書で実際に用いている印章の印影をアップロードして埋め込むことは、避けたほうがよいでしょう。

3Dスキャナと3Dプリンタにより、印影からハンコを偽造可能

4. クラウドサインが擬似的な印影を機能提供している理由

これだけ「印影は電子契約には不要」「むしろ印影画像はリスク」と言っておきながら、クラウドサインでは、テキスト入力した文字を○(マル)の中に表示する擬似的な印影を押印する機能も提供しています。

なぜこのような機能を提供しているのか。それは、法的には電子契約に印影は不要とご理解いただいた上で、ユーザー様から、

  • 契約書の電子ファイルをプリントアウトしたときに、この内容で既に締結済みなのか、ドラフト(案)をプリントアウトしただけのものなのか、パッと見て分かるようにしたい
  • 契約者名義欄に赤いマルが並んで表示されていたほうが、なんとなく締結した雰囲気が出るから欲しい

といったニーズがあり、それらにお応えするためのものとなっています。もちろん、これはあくまで擬似的な印影ですので、貴社の印影が無用に拡散してしまうリスクとも無縁です。

今はまだこうしたニーズが残っているのも現実ですが、これから電子契約がますます普及し当たり前のものになれば、紙の契約書では当たり前のように存在した印影を知らない世代が多くを占めるようになり、「この赤いマル印ってなんですか?」と聞かれるようになるのも時間の問題かもしれません。

クラウドサインが擬似的な印影を機能提供している理由

5. 電子契約によって押印による印影を電子署名に変えるメリット・デメリット

電子契約のメリットは、印影が不要となるだけではありません。電子契約の定義とあわせて、メリット・デメリットを正しく把握したうえで利用することが重要です。

5.1 電子契約とは

電子契約とは、書面契約において印影を書面に付与するために行われていた押印という行為を、電子ファイルに対する電子署名に置き換えて行う電磁的な契約のことを指します。

電子契約を法律の条文上定義したものとしては、電子委任状法2条2項が挙げられます。

第二条 (1項省略)
2 この法律において「電子契約」とは、事業者が一方の当事者となる契約であって、電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法により契約書に代わる電磁的記録が作成されるものをいう。

電子契約とは何かについて詳しく解説した記事として、「電子契約とは?ゼロから学べる電子契約の基礎知識・導入メリット・注意点」も参考にしてください。

5.2 電子契約のメリット・デメリット

電子契約のメリットはたくさんありますが、その主なものとしては、以下3点が挙げられます。

  • 郵送費用や印紙税が不要になるコスト削減効果
  • 移動スピード、ファイリング、検索性が高まることによる業務効率化
  • 内部統制とコンプライアンス強化

その一方で、以下のような点については、デメリットがゼロではないことにも注意が必要です。

  • 受信者側(契約相手方)に手間やコストが発生する場合がある
  • 法律で書面が求められる契約類型が一部に存在する

このようなデメリットを克服できる電子契約サービスとして、クラウドサインは、受信者に手間やコストを発生させないクラウド型を採用しています。

また、デジタル社会形成関係整備法の施行により、2022年5月以降は法律で書面が求められる契約類型はごく一部の契約類型に限定されています(関連記事:電子化に規制が残る文書・電子契約化できない契約書と契約類型のまとめリスト)。これにより、ほとんどの契約書を電子契約化することが可能となります。

なお、クラウドサインにおける契約の適法性や証拠力、クラウドサインでの契約の税務対応など、電子契約サービスを利用する上での法的なポイントを知りたい方は「クラウドサイン法律ガイド」を参考にしてみてください。下記リンクから無料でダウンロードいただけます。

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この記事を書いたライター

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弁護士ドットコムクラウドサイン事業本部リーガルデザインチーム 橋詰卓司

弁護士ドットコムクラウドサイン事業本部マーケティング部および政策企画室所属。電気通信業、人材サービス業、Webサービス業ベンチャー、スマホエンターテインメントサービス業など上場・非上場問わず大小様々な企業で法務を担当。主要な著書として、『会社議事録・契約書・登記添付書面のデジタル作成実務Q&A』(日本加除出版、2021)、『良いウェブサービスを支える 「利用規約」の作り方』(技術評論社、2019年)などがある。

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