ブックレビュー 喜多村勝徳『契約の法務〔第2版〕』

投稿日:

実際に起きた紛争事例の法的結晶ともいうべき「判例」をベースとしつつ、改正民法と国際契約法の潮流も踏まえてアップデートされ続ける契約法を学べる一冊。

書籍情報

契約の法務 第2版
  • 著者:喜多村勝德/著
  • 出版社:勁草書房
  • 出版年月:20190129

判例+改正民法+ユニドロワ原則

契約法の概説書には、さまざまなスタイルがあります。一般的には大きく2種類、①法律の条文の編まれ方に即して総則→細則を抑えていくもの、②契約類型ごとに書式や条文例の意味を解説しながら法令の適用について触れるもの、のどちらかに分かれると思います。

ところが本書は、どちらかと言えば②寄りではあるもののそのいずれでもなく、あくまでも判例で争われたポイントをベースにした解説を貫いている のがユニークなところです。その代償として、条文上の論点を抜けもれなく網羅することは、著者自身もあきらめています。

一般の概説書とは異なり、契約法に関する全ての論点に触れているものではなく、また、触れている内容にも偏りがある。これは、筆者が実務家として特に必要と思われる論点を中心に説明したためであって、読者にはこの点を留意していただきたい。(P4)

しかしながら、この編集方針のおかげで本書は生き生きとした実務書になっています。判例とは、契約について実際に裁判所で法律論を戦わせた文字通りのケーススタディであり、生々しい人間ドラマでの結晶でもあるからです。限られた紙幅の中で判決の原文も可能な限り引用されています。読んでいて記憶に残りやすいことは、まず間違いありません。

喜多村勝徳『契約の法務〔第2版〕』P122-123

そして、2020年に施行される改正民法を学ぶ上でも、この判例中心の編集方針は功を奏していると言えます。

というのも、改正理由の大部分が、時代にそぐわなくなった条文を判例によって事実上修正していたことによるからです。そうした改正の趣旨については、もともと判例をベースに契約法を解説する本書では、条文の解釈の変化をことさら語ることなく「上記の判例を明文化したものである」で事足りてしまう、というわけです。

さらに、特に日本の契約だけに限定せず、国際間契約にも応用できる考え方が身につけられるよう、ユニドロワ原則と呼ばれる国連の補助機関がまとめた国際契約法の一般原則が随所に紹介されているのも特徴的です。

条文から知識を刷り込んでいくのでなく、実際に発生している紛争事例や国際的ルールから抽出される原則をもとに契約の考え方を身につけていく、そんなアプローチが貫かれています。

他の契約法概説書ではなぜか触れられない契約交渉術にも光を当てる

もう一つ、本書の特徴的な点が、契約交渉のフェーズにひとつの章を割いて光を当てている 点です。

一般的な契約法の概説書は、文書としての契約書を有利にするドラフティング技術とそれを裏打ちする法的知識について、なんらかのノウハウを授けてくれます。しかし、いかにしてそれを相手に飲んでもらうか・受け入れてもらうか、というところまでは面倒を見てくれようとしません。

もちろん交渉の勝ち負けは、その会社や製品・サービスそれ自身が持つバーゲニングパワーに左右されるところが大きいものです。生身の人間同士の勝負ということもあり、書籍からではなくOJT含めた実践の中で身につけざるを得ない部分も多いでしょう。とはいうものの、若いうちから交渉の場面に駆り出されることも少なくない法務担当者にとっては、一般的なマナーやセオリー、法務としてやって(事業部門にやらせて)いいことと悪いことのわきまえは、最低限持っておきたいものです。

喜多村勝徳『契約の法務〔第2版〕』P258-259

特に、法務担当者自身が交渉の達人とはなれなくても、「契約交渉においてやってはいけない・超えてはいけない一線」とは何かを法的に正確に把握し、アドバイスする必要はあるはずです。そんな観点でも、交渉倫理上の注意点だけでなく、実際に契約締結上の過失が争われ問題となった数多の判例が整理されている 本書は有用だと思います。

契約の「実務」とは何かを改めて考える

企業法務の世界では、実務知識・実務能力といった言葉をよく耳にし、それを持っているベテランが重宝されます。たしかに、長い年月繰り返した業務経験によって培われるノウハウは得難いものです。

一方で、そうしてノウハウとして語られる「実務」が実は一部の業界・企業の常識に過ぎず、普遍的な原則とまで言えるかと言えばそうでもないこともあります。私自身、転職を重ねてさまざまな業界を渡り歩く中で、昨日までの実務の常識がまったく通用しないという場面に何度もでくわしました。契約の世界でもそれは同様で、同じような条文で構成される売買契約・請負契約・NDAでも、紛争が多発するポイントや、交渉でお互いがこだわるポイントが微妙に異なったりします。

それでも、どの業界・企業でも通じる原則と言えるものは何かをつきつめていくと、当たり前かもしれませんが、実際の紛争を、法的議論を突き詰めて最高裁まで争った結果抽出された判例にたどり着きます。安易に実務を語る前に、少なくともまずは判例という普遍的原則を抑えてから。本書を読んでいると、そんな反省の念に駆られます。

そもそも公開される判例がそう多くない日本において、契約法に関する重要な判例が体系的にまとめられている本書は、契約業務に携わる上で最低限おさえておくべき一冊であると、第2版を読み直して思った次第です。

(橋詰)