契約専門書籍レビュー

「労務提供の業務委託契約化」時代に必要な発注企業としてのわきまえ—波光巖・横田直和『Q&A 業務委託・企業間取引における法律と実務』


芸能界のタレント契約における優越的地位の濫用が問題視される中、一般事業会社においても「労務提供の業務委託契約化」が拡大しています。令和の時代の業務委託契約書を起案するにあたり身につけておきたい、独禁法コンプライアンスのセンスを集中して養うための一冊です。

書籍情報

Q&A 業務委託・企業間取引における法律と実務


  • 著者:波光 巖 (著), 横田 直和 (著)
  • 出版社:日本加除出版
  • 出版年月:2019/5/27

「労務提供の業務委託契約化」によって多発する優越的地位の濫用問題を広く捉えた本

ヘルスメーターの製造販売等で著名なタニタ社の谷田社長が、働き方改革の新しい切り口としての「社員の個人事業主化」について語った記事が、一部で物議を醸しています。

▼ タニタ社長「社員の個人事業主化が本当の働き方改革だ」

問題は、たくさん働きたい人に対して、きちんと報いる仕組みがないことではないか。例えば仕事を始めたばかりで、早く覚えるためにもたくさん仕事をしたいという若い人がいて、会社もその人を応援したくても、残業規制によって与える仕事を抑制せざるを得ない。それは両者にとっていいこととは言えません。それを解決する1つの策として考えたのが、社員に個人事業主になってもらって、タニタの仕事を継続してやってもらうという仕組みです。日本全体に広がってほしいという願いを込めて、「日本活性化プロジェクト」と名付けました。
個人に業務委託することで、上下のある会社の雇用関係という人間関係から、フラットで働ける組織になります。新しい時代の組織はこういうフラットなものであるべきではないか。「働き方改革って、こういうものじゃない?」と問いかけたいと考えています。
(日経ビジネス2019年7月18日 https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00005/071800034/ 2019年8月13日最終アクセス)

このような経営者視点での主張に対し、昨日まで時間的束縛・場所的拘束を受け労働者として指揮命令に服していた社員が、明日から「個人事業主」になっても、その支配関係は解消できないのではないか?こうした動きが安易に広まれば、偽装請負・下請法違反・労働基準法の脱法を誘発するのではないか?という懸念の声が上がっています。

先月発生し世間を騒がせている吉本興業とタレントとの契約問題も、芸能界における支配的地位にある企業と個人事業主との従属関係の歪みに端を発しており、同じ根っこを持っているといえるでしょう。

これまでの独禁法・下請法の実務書では、とかく製造委託・修理委託といった商品取引にまつわる優越的地位の濫用に関する解説がメインに扱われてきました。一方、上記のような事象に代表されるように 役務(サービス)の外部化・アウトソーシング化が進み「労務提供の業務委託契約化」が勢いを増す中で、下請法の枠に収まらない取引類型での優越的地位の濫用も広がりつつある 状況があります。

こうした中、絶妙な時機を捉えて発刊された点で注目したいのが、本書『Q&A 業務委託・企業間取引における法律と実務』です。

波光巖・横田直和『Q&A 業務委託・企業間取引における法律と実務』P2-3
波光巖・横田直和『Q&A 業務委託・企業間取引における法律と実務』P2-3

業務委託契約で抑えておくべき「役務の委託取引ガイドライン」

下請取引に関しては、独禁法の特別法としての下請法が適用されるのは企業にも広く知られており、下請法マニュアルをはじめとした細かな指針も周知されています。しかし、下請法はあくまで下請取引に該当する取引を画一的・迅速に処理する目的で立法されており、そこでカバーされない取引については、原則としての独禁法の規制に服することになります。

「労務提供の業務委託契約化」が進む現代、下請法以外にも発注側企業が抑えておくべき独禁法関連ガイドラインとその包含関係 を概観した図が、本書4ページに掲載されています。

波光巖・横田直和『Q&A 業務委託・企業間取引における法律と実務』P4
波光巖・横田直和『Q&A 業務委託・企業間取引における法律と実務』P4

この中でも、本書が特に注目するのが、平成10年に策定・平成23年に改正された「役務の委託取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の指針(役務の委託取引ガイドライン)」です。

類書では詳しく取り上げられることのないこのガイドラインですが、商品の取引をメインに扱う「流通・取引慣行ガイドライン」に対し、役務取引の特質に鑑みて制定されたもの。

3章まるまるP129-167に渡り、参考事例として、

  • プログラム開発の契約期間終了後の役務について有益費用・相当報酬の支払いを命じた事例(東京高判平30・4・18LLI/DB判秘)
  • 業務委託契約に基づいて住宅設備機器の修理補修業務に従事していた受託者が労組法上の労働者に当たるとされた事例(最三小判平23・4・12判タ1350号165頁)
  • 資本金区分により下請法適用外であるが、不当性の強さから公序良俗違反を認めた事例(東京地判平28・2・18ウエストロー)
  • 婦人服のデザイン発注に際して発注の意図を十分に伝えずにやり直しを求めることはできないとした事例(東京地判昭62・5・18判時1272号107頁)
  • アニメーションの制作において原画に沿ったイメージに修正すべき義務に限度を認め債務不履行を否定した事例(東京地判平27・7・17判時2284号82頁)

このような企業の問題事例を20例ほど取り上げながら解説しています。

フリーランスとの業務委託契約に対する独禁法適用にも注意

「労務提供の業務委託契約化」で言えば、近年ランサーズやクラウドワークスなどのマッチングサービスによって広く浸透した フリーランスとの業務委託契約についても、独禁法との関係を整理しておく必要がある でしょう。

波光巖・横田直和『Q&A 業務委託・企業間取引における法律と実務』P224-225
波光巖・横田直和『Q&A 業務委託・企業間取引における法律と実務』P224-225

本書8章では、このフリーランスに対する優越的地位濫用の問題について公取委がまとめた平成30年2月15日付「人材と競争政策に関する検討会報告書」と優越的地位濫用ガイドラインとを併せ読み、

  1. 代金の支払遅延・減額
  2. 成果物の受領拒否
  3. 著しく低い対価での取引要請
  4. 成果物に係る権利の一方的取扱い
  5. 利益譲渡の義務付け
  6. 合理的理由のない専属義務
  7. 合理的範囲を超えた秘密保持義務・競業避止義務

こうした問題類型にフリーランサーとの業務委託契約の定めが該当していないか、注意が必要と説いています。

なお上記紹介では触れませんでしたが、大規模小売業(フランチャイズ)・運送業・建設業・葬儀業・エステ業など、公取委が調査の結果問題視している企業間業務委託契約についても、4章〜7章にかけて抑えられています。

これだけ優越的地位の濫用が社会問題として取り沙汰される中にあって、若年層人材の不足もたたり、役務(サービス)の外部化・アウトソーシング化の傾向は止まりそうにありません。その一方、有利な業務委託契約書の作成を指南する実務書は数あれど、契約で定めてはいけないこと・やってはいけないことを最上位の独禁法から構造的に解説する実務書が少ない のも現状です。

特に発注者側として有利な立場にある企業の方ほど、わきまえとして手元に置いておきたい一冊です。

(橋詰)

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