法改正でも変わらないIT契約の原理原則—伊藤雅浩ほか『ITビジネスの契約実務[第2版]』

投稿日:

この記事では、書籍『ITビジネスの契約実務[第2版]』をレビューします。民法・個人情報保護法・不正競争防止法・著作権法等が改正されても変わることのない、IT契約の原理原則を感得できます。

オンプレミスからクラウドへの移行期を支えたIT契約の基本書が4年ぶりの改訂

多くの法務パーソンから 机上に欠かせない一冊として重宝される『ITビジネスの契約実務』 が改訂され、本メディア「サインのリ・デザイン」のインタビューにもご登場いただいた著者 伊藤雅浩先生よりご恵贈賜りました。

書籍情報

ITビジネスの契約実務〔第2版〕


  • 著者:伊藤雅浩/著 久礼美紀子/著 高瀬亜富/著
  • 出版社:商事法務
  • 出版年月:20211018

オンプレミスからクラウドへ。企業の情報システム投資の潮流が大きく動きはじめていた2017年に初版が出版された本書は、

  • ソフトウェア開発委託契約/ライセンス契約
  • システム保守契約
  • 販売店/代理店契約

といった伝統的な契約類型に加え、

  • クラウドサービス利用契約
  • データ提供契約

など、当時の法律書ではあまり論じられていなかった現代的な契約類型についても先んじて解説され、法務実務家に好評を博していた書籍です。

そしてこのたび、改正民法の施行、個人情報保護法・著作権法の数度にわたる改正に加え、経済産業省やIPA等のガイドライン・モデル契約の改訂を反映させて、4年ぶりの改訂 となります。

改正民法施行がIT契約実務に与えた影響

2020年4月に改正民法が施行されてから、1年半が経ちました。この間、企業におけるIT契約実務にはどのような影響が発生したのでしょうか。

目次や巻末の索引からチェックをしながら、本書において初版から書き換わった主な箇所 とともに振り返ってみました。

伊藤雅浩ほか『ITビジネスの契約実務[第2版]』(商事法務、2021)Pviii
伊藤雅浩ほか『ITビジネスの契約実務[第2版]』(商事法務、2021)Pviii

請負と準委任の再整理

改正民法では、特にシステム開発の契約交渉や紛争において最も大きな論点ともなる、請負契約と準委任契約を規律する条文が再整理されました。

これに呼応するように、経済産業省の各種文書やIPAモデル契約も変化し、契約上の責任分界点を「完成引き渡し」といった点で捉えるのでなく、「作っては試して直し」の連続した線・面イメージで捉える「アジャイル」「PoC」と呼ばれる概念が広まりつつあります。この点については、本書P41以降でも手厚く解説されています。

そうした実務の変化とともに、P57〜にあるように、仕様変更や協議不調による途中解約時の責任について争われた裁判例にも注目が集まり、予防法務の観点からプロジェクトマネジメント責任として契約書に行動規範を詳述する傾向は強まっている ように思います。

基本設計フェーズなどで不幸にも途中解除となってしまった際の報酬請求権については、請負契約の場合は改正民法634条で、準委任契約の場合は648条3項で明定されました。この点に関し、本書は初版から改正民法を先取りするかたちで報酬算定基準の考え方を紹介していましたが、第2版では、

もっとも、ソフトウェア開発の場合、設計書やプログラムの仕掛品を受領したとしても、その後続作業を別のベンダに委託して継続させることが難しい。そのため、仕掛品自体は、投下した期間や工数ほどには経済的価値を有しないことも多い。

といった実務家ならではの実感のこもった現実も指摘し、報酬請求権をことさらに主張しないスタンスに立っています。

このように、IT契約で論点となりがちな請負と準委任の問題については、改正による法文上の言及や整理を踏まえつつも、これらがIT契約実務に与える影響はそれほど大きくないというのが本書の立場となっています。

伊藤雅浩ほか『ITビジネスの契約実務[第2版]』(商事法務、2021)P30
伊藤雅浩ほか『ITビジネスの契約実務[第2版]』(商事法務、2021)P30

瑕疵担保責任から契約不適合責任へ

特に改正民法施行前後の数ヶ月間、それまで使用していた自社ひな型を修正するかしないか、法務担当者たちが頭を悩ませたのが瑕疵担保責任から契約不適合責任への変更についてです。

本書では、特にP85以降で追完請求権(559条、562条)について、さらにP87で「知った時」起算点と存続期間の論点(637条1項)について、この論点を詳しく論じています。

一方で、サンプル条項例に関しては、こちらも初版から大きく変更することはせず、

  • 契約目的を達成できない場合の解除権
  • 不適合通知期間の制限

についてのみ追加する最小限の修正にとどめており、これまで各社が利用していたひな形の構造や条件を変更するほどの大きな影響はないものと断じています。

定型約款規制の導入

定型約款規制が導入される見通しとなった当初、IT業界では、BtoB・BtoCにかかわらず、サービス利用規約を中心とした実務に大きな影響を与える規制となるのでは、と騒がれた時期がありました。

それだけ騒がれたおかげかもしれませんが、法施行後の利用規約の実務において、当初の懸念の声ほどの混乱は発生していない ようです。本書でも、P164〜で指摘する規約変更手続きにおける留意点(効力発生時期と利用規約の変更周知の調整等)程度にとどまっています。

以上のように見ていくと、改正民法施行がIT契約実務に与えた影響は、さほど大きくなかった と言ってよさそうです。

クラウドサービスやデータ提供サービスの利用拡大と情報保護ニーズの衝突

他方、クラウドサービスやデータ提供サービスの利用拡大は、IT契約実務を徐々に変えつつ あります。

伊藤雅浩ほか『ITビジネスの契約実務[第2版]』(商事法務、2021)P162
伊藤雅浩ほか『ITビジネスの契約実務[第2版]』(商事法務、2021)P162

その変化の1つの例が、本書P157以下で紹介されている、データの利用に関する条件設定 についてです。

単なるホスティングにとどまらず、ソフトウェア部分までをクラウドサービスとして提供する「SaaS」の広まりとともに、そこで処理される顧客の情報をサービス提供者が利用しようとするケースも増加傾向にあります。第2版のP173では、こうした傾向について、

クラウドサービスにユーザーが入力するデータは、ユーザーの営業秘密に属する可能性があることから、当該ユーザに対してサービスを提供する目的以外に使用することは原則としてできないと考えるべきである。

と、警鐘を鳴らしています。

また、近年ではユーザーがクラウドサービスの閲覧権限設定を誤り、これが原因で個人情報や営業秘密等が外部から閲覧可能になる事件も多発しました。こうした問題に対し、本書第2版P161では、Amazon Web ServicesやMicrosoftらが提唱する「責任共有モデル」にも触れながら、責任分界点をクリアに定めておくことの重要性が高まっていると指摘 します。

データ提供契約についても、法改正によって新たに定義され規制された個人関連情報や限定提供データについて手当てが必要となり、本書のサンプル条文も変更が加えられているところです。

「激動の数年間を経ても変わらなかった原理原則」を再確認する

第2版の改訂を担当された伊藤雅浩先生にWeb MTGのお時間をいただき、本書を読んでの感想交換とともに、改訂にかけた思いをお伺いすることができました。

シティライツ法律事務所 伊藤雅浩先生(左)
シティライツ法律事務所 伊藤雅浩先生(左)

「改訂にあたり、この数年SaaS企業の役員・顧問を経験して得たノウハウなどもいろいろ盛り込めればとも思ったのですが、必ずしも法学が専門ではなかったような一人法務の方が本書の初版を頼ってくださっていたというお声もいただいていました。そこで、むしろ重要ではない記述を削ぎ落とし、基本的な部分の解説を充実させることのほうに力を入れました」

「読者の方の中には、第2版といっても変わったのはこの程度か、と思われる方もいらっしゃるかもしれません。それでも、改訂作業にかなりの時間をかけた上で、やっぱり直さない・直すべきではないと、そのままにした記述が多かったこともご理解いただけるとうれしいです」

初版から4年。この間、民法、個人情報保護法、不正競争防止法、著作権法等の大きな改正があり、そしてオンプレミスからクラウドへというシステム環境の大変化が起こりました。

そうした変化を実務の現場で間近に見つめてきた伊藤先生が、改訂作業によってもその記述をあえて変えなかったのはどこか。初版を愛読されていた方であればなおさらそこに注目することで、この激動の数年間を経ても変わらなかった「IT契約の原理原則」を再確認できるはずです。

(橋詰)

契約のデジタル化に関するお役立ち資料はこちら

電子契約の国内標準
クラウドサイン

日本の法律に特化した弁護士監修の電子契約サービスです。
さまざまな外部サービスと連携でき、取引先も使いやすく、多くの企業や自治体に活用されています。