契約専門書籍レビュー

山田尚武ほか『次世代ビジネス対応 契約審査手続マニュアル』—反社条項改め「反ESG条項」は定型化されるか?

山田尚武ほか『次世代ビジネス対応 契約審査手続マニュアル』—反社条項ならぬ「反ESG条項」は必須化されるか?

この記事では、書籍『次世代ビジネス対応 契約審査手続マニュアル』をレビューします。政府が策定した「成長戦略実行計画」に取り上げられたビジネスを契約面からいかに支援するか?未来志向の弁護士たちが、「新しい資本主義」がもたらす変化を契約書の書きぶりから先取りする意欲作です。

日本の成長の足枷となる「Law Lag(法の遅れ)」を契約によって解消する具体的方法論

契約ひな形集として定評のある『新民法対応 契約審査手続マニュアル』の著者らが、同書のスピンオフ企画として、追加的ひな形集をリリースしました。

本書を企画したきっかけは、「成長戦略実行計画2020」「成長戦略フォローアップ2020」(略)に始まります。これを見た新民法契約審査の執筆団のコアメンバー(略)は、衝撃を受けました。日本の成長戦略では、カーボンニュートラル、モビリティ、新しい働き方、デジタル、スタートアップ、スマート農業等が論じられ、従来型の契約類型について新民法に対応しているだけの契約審査では、時代の流れと社会や企業の要請に対応できず、これに対応できる従来の契約書本にはない新しい契約類型の契約審査について挑戦しよう!と決意しました。(「はじめに」より)

日本の成長の足枷となってきた「Law Lag(法の遅れ)」を、企業の契約審査フェーズで発生させないためには、「未来の典型契約」を先取りして書式化してしまえばよい、というアイデアです。

このような問題意識から、前著の使いやすさを生んでいた【Point→解説→書式例→チェックリスト】の構成は維持したまま、以下22種の契約書式例を新たに追加しています。

  • スマート農業に関する契約(4種):農機共同利用契約書/農作業委託契約書(ドローン農薬散布)/共同研究開発契約書/契約栽培に関する播種前契約書
  • モビリティに関する契約(2種):自動運転移動サービスの運行に関する注意義務の基準/自動車サブスクリプション契約
  • カーボンニュートラルに関する契約(3種):クレジット売買契約書/電力購入契約書(オンサイトPPA)/取引基本契約条項に関する提案(取引先に対する表明保証)
  • 新しい働き方に関する契約(7種):就業規則(社員区分あり)/テレワーク勤務規程/業務委託契約書/副業就業規則/副業・兼業許可申請書/副業・兼業先における勤務状況報告書/誓約書
  • M&Aに関する契約(2種):株式譲渡契約(事業承継型)/株式譲渡契約(カーブアウトM&A)
  • スタートアップに関する契約(3種):投資契約書/共同研究開発契約書/ライセンス契約書
  • デジタル市場に関する契約(1種):クラウドサービス利用規約

特定業界に限らず広く役立つ書式と解説

目次等を見て、「ベンチャー企業向けのひな形集かな」と誤解する読者もいらっしゃるかもしれません。しかし、本書で取り上げられた新しい契約類型は、実は多くの企業に共通して今後影響を与えるであろう要素が含まれていることに気づきます。

モノのサブスクリプションの具体例としての「自動車サブスク契約」

その一例が、自動車のサブスク契約です。

自動車業界は製造の最終工程を担うメーカーからその取引先となる部品会社・町工場、そして末端の販売店まで、日本の屋台骨を支えてきた最も大きな産業です。しかし、そうした業界であっても、「消費から利用へ」というユーザーの態度変容に対応をせざるを得なくなっています。

これまで映像配信やソフトウェア販売等で取り入れられていた課金形態であるサブスクリプション方式をモノにも適用していく、いわゆる「モノのサブスクリプション化」への対応です。

サブスク専用の新プリウス トヨタ、後付けで先進機能も(日本経済新聞2022年9月9日)

トヨタ自動車は先進機能を後付けできる車を売り出す。2023年1月に発売する5代目「プリウス」の一部をサブスクリプション(定額課金)専用の車種とし、周囲の映像を確認する機能などを追加できる仕様にして提供する。新しいサービスとして打ち出し、消費者の需要を探る。

こうした流れは、自動車等のモビリティ産業に限った話ではなく、洋服、家具、家電等モノ全般に波及していくことが予想されます。そうした時に、サブスクモデルで先行する映像やソフトウェア分野では考える必要のなかった危険負担の整理や身体的被害等への賠償責任の処理が問題となってきます。

このようなリスクを契約書でどう整理すべきかを考えるにあたり、自動車サブスク契約を学ぶことが助けになります。特に本書では、その特徴を従来型のファイナンスリース契約・レンタル契約との比較によって浮き彫りにします。

新しい資本主義の働き方を支える「ジョブ型雇用契約」

近い将来、どの企業においても課題となってくるであろう働き方改革。雇用契約の「新しい資本主義」化による生産性向上を目指すことが、政府の方針として明確に打ち出されました。

ジョブ型へ移行指針、官民で来春までに策定 岸田首相(日本経済新聞2022年9月23日)

岸田文雄首相は22日(日本時間23日)、ニューヨーク証券取引所(NYSE)で講演した。日本企業にジョブ型の職務給中心の給与体系への移行を促す指針を2023年春までに官民で策定することを明らかにした。
「年功序列的な職能給をジョブ型の職務給中心に見直す」と述べた。専門的なスキルを給与に反映しやすくして労働移動を円滑にし、日本全体の生産性向上や賃上げにつなげる狙いがある。

では、ジョブ型雇用の労働者を規律するために、就業規則にはどのような変更を加えれば良いのでしょうか?本書では、以下の規定の見直しが必要である旨を指摘しています。

  • 社員区分の明確化(正社員の細分化)
  • ジョブディスクリプションによる職務内容の特定
  • 配置転換等人事権の制約
  • ジョブ型とメンバーシップ型との転換条件の設定
  • 解雇事由の見直し

ESG経営の推進には必要不可欠な「カーボンニュートラルに関する契約」

企業としての成長だけを追求する従来の資本主義が見直され、環境・社会・ガバナンスを重視するサステナビリティのある経営が求められるようになっています。

その中で、喫緊の課題が、2050年カーボンニュートラルの実現であり、政府としてもここに投資をしていく姿勢を鮮明にしています。

Gゼロサミットに関する岸田総理メッセージ(首相官邸)

ESG投資が6年で約2千兆円増加する中、特に、カーボンニュートラルは、大きな成長機会となっています。
日本は、カーボンニュートラル実現に向け、グリーン・トランスフォーメーション、すなわち、エネルギー、全産業、ひいては経済社会の大変革に挑戦し、その技術とノウハウをアジアと共有していきたいと考えています。
こうした大変革には、膨大な投資が必要となります。日本は、国内において今後10年間150兆円の投資の実現を目指すとともに、アジア・ゼロエミッション共同体構想などを通じ、世界のカーボンニュートラル化に向けた投資の拡大に貢献していきます。

ESG投資の追い風を受けるには、カーボンニュートラルの実現に直接寄与する製品・サービスを開発する方法もありますが、それと並行して、再エネ設備の導入等によるカーボン・オフセットを数値化した環境価値取引がますます重要になります。あらゆる企業の法務部が、大なり小なりそうしたクレジット取引の機会に遭遇するようになっていくはずです。

本書では、このようなクレジット取引契約をレビューするにあたり、前提知識として必要となる「クレジット」と「証書」の違いからやさしく解説を試みます。

「カーボンニュートラル促進条項」が基本契約において定型条文化する?

本書が提案する書式例の中で、良くも悪くも近い将来日本でトレンドになりそうだなと感じたのが、取引基本契約にカーボンニュートラル促進条項を挿入し取引先に表明保証させる(P158)という提案でした。

勘の良い読者の皆様であれば、もうお気づきかもしれません。日本においては、反社会的勢力を撲滅させるための政府指針および各都道府県条例により、あらゆる取引先との間でいわゆる「反社条項」の挿入を徹底させた過去があります(関連記事:反社チェックの実務 —契約前に行うべき反社チェックの具体的方法)。

これと同様の発想で、カーボンニュートラルの促進について表明保証させ、これを遵守しない場合は解除事由に該当する無煙を基本契約書のひな形に加えておくことにより、反ESG企業を実質的に社会から排除する。そんな未来予想図が示されています。

2009年〜2011年にかけて反社条項が導入されはじめた当時、「対策としてあまりにも形式的では?」という疑問を感じながら、日本特有の同調圧力も手伝って、あっという間にあらゆる契約書に反社条項が備わっていく様子を目の当たりにしてきました。

それだけに、いわば「反ESG条項」ともいうべきこのカーボンニュートラル促進条項の取引基本契約化のアイデアも、一定規模で広まっていく予感がします。

書籍情報

次世代ビジネス対応 契約審査手続マニュアル

 

  • 著者:山田 尚武/編集
  • 出版社:新日本法規出版
  • 出版年月:20220927

 

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この記事を書いたライター

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弁護士ドットコムクラウドサイン事業本部リーガルデザインチーム 橋詰卓司

弁護士ドットコムクラウドサイン事業本部マーケティング部および政策企画室所属。電気通信業、人材サービス業、Webサービス業ベンチャー、スマホエンターテインメントサービス業など上場・非上場問わず大小様々な企業で法務を担当。主要な著書として、『会社議事録・契約書・登記添付書面のデジタル作成実務Q&A』(日本加除出版、2021)、『良いウェブサービスを支える 「利用規約」の作り方』(技術評論社、2019年)などがある。

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