法律・法改正・制度の解説

フリーランス保護新法とは?すべての個人との業務委託契約書の作成が義務化へ

フリーランス保護新法とは?すべての個人との業務委託契約書の作成が義務化へ

政府が「フリーランス新法」を制定するとのニュースとともに、それを裏付けるパブリックコメントの募集が始まりました。業務委託契約書の書面化等により、フリーランサーの保護を目的としているようですが、企業実務にどのような影響が発生するかを考察します。

政府が「フリーランス保護新法」の制定に動く

2022年9月、新聞報道により政府がフリーランスの保護を目的とした新法制定に動くとの報道がなされ、世間を騒がせています。

「フリーランス」保護新法制定へ…企業に報酬額・業務内容の明示義務、一方的な変更を防止(読売新聞)

新法では依頼主の企業などに対し、仕事を募集する際に報酬額や仕事の内容、納期などを明示し、契約の書面や電子データの交付を義務づける。口約束で仕事を発注し、後から一方的な仕事内容の変更をされないようにする。
契約後に業務を途中で解除するか契約を更新しない場合は、30日前までに予告する義務規定もつくる。フリーランス側に落ち度がないのに報酬を減額したり、納めた商品の受け取りを拒否したりすることも禁じる。違反した場合、公正取引委員会などが調査や勧告を行い、必要に応じて報告命令や立ち入り検査を行う。

日本において、独占禁止法を拡張することでフリーランサーを保護する必要があるのではという議論は、2017年ごろから盛んになり、2018年2月には公正取引委員会が「人材と競争政策に関する検討会 報告書」を取りまとめ、その必要性を訴えていたところです(関連記事:「立場の弱い個人」がフェアな契約条件を勝ち取るコツ)。

働き方改革が進みフリーランス人口が460万人を超える身近な問題となった今、立場の弱い個人を保護すること自体について反対意見は出にくいだけに、秋の臨時国会での成立可能性は濃厚と考えられます。

フリーランスに対し労働者並みの保護が必要に

契約条件を記載した書面の交付又は電磁的記録の提供(メール等)をする義務

フリーランス保護新法では、具体的にどのような義務が課されようとしているのでしょうか。9月15日に開始された「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」についてのパブリックコメントを見てみましょう。

パブリックコメント「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」

まず企業実務に大きなインパクトを与えるのが、発注者の契約書面交付義務です。

個人のフリーランサーに対し、契約条件を記載した書面の交付又は電磁的記録の提供(メール等)を義務づけることが想定されています。これと連動して、買いたたき、一方的な業務内容の変更や減額なども禁止される見込みです。

なお、現行の下請法においても、企業には書面交付義務が課されています(関連記事:下請法の書面交付義務と3条書面の電子化実務—公取・中小企業庁による承諾書ひな形)。これと新法との違いとしては、以下のような点が挙げられます。

  • 下請法は法人が発注するケースに限られるが、新法では、個人が個人に仕事依頼するケースも含まれる
  • 下請法は文章・デザイン・ソフトウェアなどの情報成果物を依頼するケースに限られるが、新法では、講師としての登壇や動画番組への出演等の役務提供を依頼するケースも含まれる

これにより、個人に対して何らかの仕事を依頼をする場合には、ほぼすべてのケースで書面・電磁的記録を作成しなければならなくなります。企業において管理すべき書類の通数も激増することが予想されます。

就業環境の整備義務

新法では、フリーランサーを労働者と同じように保護すべき義務が制定されることになる見込みです。その中でも特徴的なのが、「就業環境の整備義務」です。

(オ)就業環境の整備として事業者が取り組むべき事項
① ハラスメント対策
・事業者は、その使用する者等によるハラスメント行為について、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を講じるもの等とする。
② 出産・育児・介護との両立への配慮
・ 事業者は、フリーランスと一定期間以上の間継続的に業務委託を行う場合に、フリーランスからの申出に応じ、出産・育児・介護と業務の両立との観点から、就業条件に関する交渉・就業条件の内容等について、必要な配慮をするもの等とする。

労働法で保護される労働者ではなかったはずのフリーランサーに対し、「就業環境」を整備するということ自体、企業としては大きな違和感を感じるかもしれません。

まったくの新法か?下請法の改正か?

このような方向性に対し、企業からは、違和感や反対意見を唱える向きもあります。その主なものとして、「下請法の保護対象範囲の拡大で十分では?」という意見があります。

確かに、公正取引委員会のもともとの問題意識は、下請けとしてバーゲニングパワーもなく虐げられがちな存在である個人が、取引条件で不利な立場に追い込まれないようにという点にありました。この文脈では、下請法の強化でも対応は可能に見えます。

しかし、「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」についてのパブリックコメントにある「就業環境の整備義務」を、法人間の取引規制を想定した条文から成る下請法に入れ込むことは難しそうです。

この点からも、下請法とは別の新法が制定される可能性は高く、もしそうなった場合には、双方の義務規定の住み分けを整理するのに混乱がありそうです。

予想される企業の対応—個人との契約が「定型約款」化される未来

さて、このフリーランス保護新法が制定された場合、企業としてはどのような対応を取るでしょうか。

個人との業務委託契約に規制をかけることで、業務委託契約が忌避され、労働者としての雇用が増えるとの期待の声もあります。しかし現実にはそうはならず、(よほどの特殊能力を有する個人との契約でない限り)企業は個人との業務委託契約を定型約款化し、画一的な条件でフリーランサーと契約しようとするのではと予想します。

いかに厳しい書面化義務を設けようと、契約交渉力については発注者が強い立場であることには変わりがありません。そして発注者としては、書面化(電磁的記録化)義務を果たしつつ、実務負担を極限まで削減するための工夫として、契約条件を約款化して交渉を受け付けないようにするのが常套手段です。企業が労働者に就業規則を閲覧させる義務を負っていても、実態としてその内容の変更希望にいちいち応じる訳ではないのと同じです。

パブリックコメント冒頭には、この新法検討の背景について、以下のように述べられています。

フリーランスは、報酬の支払遅延や一方的な仕事内容の変更といった トラブルを経験する方が増えており、かつ、特定の発注者(依頼者)への依存度 が高い傾向にある。

本年6月に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」 においても、フリーランスは、下請代金支払遅延等防止法といった現行の取引法制では対象とならない方が多く、取引適正化のための法制度について検討し、早期に国会に提出することとされている。

岸田内閣が当初から掲げる「新しい資本主義」の目玉と位置付けられていることが窺えるこの新法ですが、ここに書かれた方向性がそのまま採用された場合の影響は相当に大きく、議論を巻き起こすことは間違いなさそうです。

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この記事を書いたライター

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弁護士ドットコムクラウドサイン事業本部リーガルデザインチーム 橋詰卓司

弁護士ドットコムクラウドサイン事業本部マーケティング部および政策企画室所属。電気通信業、人材サービス業、Webサービス業ベンチャー、スマホエンターテインメントサービス業など上場・非上場問わず大小様々な企業で法務を担当。主要な著書として、『会社議事録・契約書・登記添付書面のデジタル作成実務Q&A』(日本加除出版、2021)、『良いウェブサービスを支える 「利用規約」の作り方』(技術評論社、2019年)などがある。

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