押印済み契約書の偽造と架空売上計上の防止策—日本M&AセンターHD事件を受けて

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押印済み契約書の偽造と架空売上計上の防止策—日本M&AセンターHD事件を受けて

日本の上場会社において、顧客と締結する押印済み契約書の押印欄を偽造し、社内ルールを逸脱して架空の売上計上を行うという事件が発生しました。本記事では、調査委員会による原因分析と、そこで提案された再発防止策の有効性について検証した上で、電子署名の活用を提案します。

押印済み契約書を偽造した架空売上計上とは

あるタイミングでは存在していなかったはずのお客様押印済みの契約書を、まるで存在していたかのように偽造するという不正行為が行われることがあります。その一つがいわゆる「バックデート」であり、もう一つが「架空計上・前倒し計上」です。

今回、日本の上場会社において、そうした架空計上・前倒し計上のために押印済み契約書を偽造するという事件が発生しました。

署名コピペで契約書写し偽造→売り上げ計上 日本M&AセンターHD

外部弁護士らによる調査報告書によると、報酬が出ていない仲介案件が成約したかのように装って売り上げを計上していた。顧客の署名や印鑑をコピペ(コピー&ペースト)するなどして契約書の写しを偽造。不正の多くは部長らが指示したり了解したりしていた。83件のうち13件は成約に至らず、報酬が入らなかったという。

同社の調査委員会調査報告書34〜35ページによれば、同社では、売上計上の判断基準として、

  1. 証憑書類(M&A取引の最終契約書)
  2. ディールブレイカーの解消判断

の2点が揃うことを社内ルールとしていたものの、今回は社員がこの証憑書類を押印から偽造したという内部者の犯行でした。

調査委員会調査報告書P35より

偽造された押印済み契約書をどうやって発見する(見破る)のか

会社の内部者が、経理部門等に提出する押印済み契約書を偽造した場合、どうすればそれを発見できるのでしょうか。

印影の照合による偽造発見が基本

契約書偽造を見破るもっとも基本的な手段は、押印された印影の照合です(関連記事:契約書の印鑑照合に関する法的義務)。

ただし、照合と言っても、どの印影と照合するかが問題となります、基本的には、以下3つのいずれかの手段により照合します。

  1. 法務局の印鑑証明書の印影との照合
  2. 会社独自の取引印届出書の印影との照合
  3. その法人と過去締結した契約書等押印文書の印影との照合

代表者の実印を押印していれば1の印鑑証明書と照合するのが確実です。しかし、法人間の契約書において、わざわざ実印を押印している契約書は、実はそう多くないという実態があります(関連記事:クラウド型電子署名サービス協議会によるデジタル庁への意見提言)。

また、金融機関をはじめとした厳格な取引プロセスを重んじる会社では、取引基本契約締結時や取引口座開設の手続きの一環で、2にいう会社独自の「取引印届出書」を提出させ保存しておく実務があります。このような手続きで取引用の印影を事前に届出させている場合、この届出書の印影と比較することになります。

1や2では対応できない場合には、3のように、その法人と過去締結した押印済みの契約書等で確認できる印影と比較し、一致するかを確認します。照合した結果、印影が一致していなければ、偽造である可能性があることになります。

印影が一致していてもその周辺部分も確認

日本M&AセンターHDの調査委員会が公表した調査報告書によれば、偽造者は、経理報告用のCRM(セールスフォース)に契約書の画像ファイルをアップロードする過程で、他の契約書に押印されていた印影をデジタル加工により写しとり、偽造契約書を作成していました。こうなると印影自体が本物であるため、印鑑照合では偽造を発見できません。

そこで調査委員会は、記名押印された印影そのものだけでなく、その印影が押された位置関係から不自然な書類を抽出するという検証作業を行っています。

根拠となる契約書(成功報酬の場合は最終契約書、業務中間報酬の場合は基本合意書又は意向表明書とその承諾書)のPDFデータ等による写しを、当該案件に関する提携仲介契約書・秘密保持契約書・基本合意書などの他の書類の記名押印部分又は署名押印部分のコピーにより冒用したかを、記名又は署名部分同士の比較及び記名または署名部分と押印部分の位置関係を比較する方法で同一性を判定し、もって「不適切報告」を検出する方法を採用した

偽造当事者の証言を収集する

今回事件が発生した日本M&AセンターHDは上場企業であり、それなりの内部統制システムが構築されていたはずです。

しかし、当時の社内経理部門、内部監査室、外部監査法人は、何件も同じような契約書を見ていたからか、パッと見では見破れなかったのかもしれません。さらに、契約書への正式な押印はタイムリーに得られていなかったものの、後から押印契約書を入手および成約でき、最終的につじつまが合ってしまうと発覚しないという問題もあります。

今回の日本M&AセンターHDの事案では、複数の部長から「他部署から前倒し計上の持ち掛けがあったが断った」との報告が取締役になされ、社内聞き取り調査の結果、契約書の偽造が発覚しています。

押印された契約書を偽造する技術自体が進化してしまった今、最終的には、こうした偽造当事者の証言に頼らないと判別は難しくなっています。

契約書の偽造方法

契約書の偽造方法にはどのようなものがあるのでしょうか。ここでは、典型的な3つの手法について取り上げます。

押印された印影を写しとる

今回、日本M&AセンターHD事件で使われた偽造手法です。

案件担当者が別に入手していた当事者の契約書類(提携仲介契約書、秘密保持契約書、基本合意書、意向表明書)の写などその契約当事者の記名(又は署名)押印部分をコピー・切り貼りするなどの方法で冒用し、あたかも当事者間で各四半期末までの売上報告日までに真正に成立した契約であるという虚偽の報告を行った

印影が誰にでも手に入れられてしまう押印ならではの緩いセキュリティもさることながら、高性能なスキャナ・画像加工ソフト・プリンター等が簡単に手に入るようになったことで、印影を写しとり契約書を偽装する作業は簡単になっています。

しかし、そうした高度なソフトウェア等がなくとも、もっと原始的な方法、すなわち他の契約書に押印された朱肉から、インクを転写するアナログな手法で印影を写しとるという手法も取り得ます。

実例として、2019年に、裁判所書記官が裁判官の押印を写しとり、書類を偽造した事件が発生しています。このケースでは、アナログな手法が使われたことが推測されます(関連記事:裁判所による押印偽造事件—書記官はどうやって印影を写したのか)。

印影から印章を複製する

代表者の実印を利用した契約書であっても、その契約書が偽造でないとは言い切れません。スキャナ・プリンターや画像処理ソフト、さらにハンコ自体を複製できる3Dプリンタなども発達し、印影を偽造すること自体がかんたんになってきているからです。

実際、「地面師」と呼ばれる土地取引の詐欺集団の手口としては、印鑑証明書から実印を偽造していると言われています。

3Dプリンタを活用した印章(印影)偽造については、詳細な学術論文も複数存在しています(南里英幸、松尾太郎、大貫祥央、福地健太郎「印影画像からの3Dプリンタによる印象の偽造と未経験者を対象とした真贋判定による評価」情報処理学会研究報告, 2018 ほか)。そのいずれもが、印章はすでに偽造が容易となっており、契約を守るツールとしては、その意味を失っていると結論づけています。

結論として、 画像処理技術や加工機の精度がさらに高度化するに従って、認証を用いた認証は今後その機能を果たせなくなっていくことは間違いない。重要な書類を対象としたものでだけでなく、日常的に使用されるありとあらゆる印章が、 手軽に偽造可能となることを意味している。加工速度が向上すれば、印影を撮影して瞬時に偽造印章を作成することすら可能になると言えるだろう。
紙の文書に対して認証が必要な場面において、有効な手段を考案する必要がある。

同じ印影の印章を購入する

実印として用いるような手彫りの印章はさておき、いわゆる銀行印などに使われるレベルの印章であれば、数百円の価格で文房具店や100円ショップで誰でも入手できます。もちろん、購入時に本人確認などが行われることもありません。

ベテランの社会人が酒飲み話に

「毎月月末になると、『おーい、〔山本〕の印鑑もってるやついるかー』『はい、私持ってます』『おう、じゃあ貸してくれ』なんて、融通しあったもんだ」

と武勇伝のように語っているのを聞いたこともあります。決して笑い話とは思えません。

今回の事件に限らず、手の込んだ偽造をしなくても、こうして市中で容易に手に入るハンコを使い、相手の担当者のふりをして前倒し計上のための押印をしている実態が、世の中には存在しています。

文房具店等で誰でもかんたんに入手できる印章

なぜ契約書の押印を偽造してまで架空の売上を計上するのか

「今期の営業部門全体の必達目標が、あと1件受注すれば達成できる。——そうだ、まだ契約書にハンコはいただけていないけど、受注確実なあの会社さんの案件を受注したことにしよう」

こうした前倒し計上のために、お客様側の押印を偽造し、契約書が存在するかのようにしてしまう。どうしても達成したい数字にあと少しで達成できるという場面で、魔が差してしまったり、会社や上司からのプレッシャーに押し潰されてしまうということは、弱い立場であればあるほどやってしまいがちです。

実際、日本M&AセンターHDの事件調査報告書56ページを読むと、役員からの業績達成プレッシャーが不正を発生させたとの評価がされています。

このように、本件不適切報告は、2020年4月以降明らかな増加の状況にあり、その原因については、コロナ禍の状況において、各担当者は、顧客に会えないという事態に数多く直面し、当事者間で合意内容がまとまり、通常であれば、契約締結に至った事案について、最終契約の締結に至らない事案に直面したという。いわば、当事者間の合意形成から最終契約に至るスパンの長期化が生じた背景事情もある。
このようなコロナ禍においても、経営陣から全社的に発出された「コロナに負けない」、「コロナを言い訳にしない」という文脈における営業促進に向けたメッセージは、担当部長及び末端の営業社員に心理的に大きな重圧を与え、これが件数の増加につながったとの推測が働く。

契約書偽造と架空売上計上の防止策としての電子署名

契約書偽造による架空売上計上の防止策について整理し、電子署名の活用可能性について検討します。

本件調査委員会が求めた防止策

本件調査委員会の調査報告書62ページでは、偽造による架空売上計上の再発防止策として、

売り手・買い手の当事者双方から対象会社宛に、最終契約書の写しを添付の上、最終契約締結の確認書の提出を求めること等を検討するべき

と結論づけています。確かに、新しい確認プロセスを一つ増やすことで、管理部門の注意義務が高く維持される効果は多少あるかもしれません。

しかし、お客様のM&Aの成功にとってまったく必要のない文書の作成・押印実施の負担を(問題を起こした企業ではなく)顧客に強いるというアイデアが、果たしてお客様側に受け入れられるでしょうか?お客様の立場からすれば、「なぜ、取引先の不祥事の再発防止のために、うち(顧客)の負担が増えるのか」と納得がいかず、同社への相談の足は遠のくことが容易に想像できます。

さらに言えば、この最終契約締結の確認書自体が同じ手法で偽造できてしまう可能性は残り、再発防止策としては短絡的と言わざるを得ません。

電子署名を活用した契約書偽造防止策

誰が・誰と・いつ・どの書類によって合意をしたのか。契約締結の手段を押印をクラウド型電子署名に変えることで、そうした契約プロセスの記録(ログ)が、改ざんができない形で電子ファイルおよびクラウド上に記録されます。

仮に不正が発生したとしても、監査ログ機能を活用することで、証跡を辿ることで不正行為の過程すべてが分かってしまうことになります。そのような状態が担保できれば、従業員も不正を働きにくくなります。監査の場面や、今回のような調査委員会が入るようになった事態においても、そうした証跡が一目瞭然に確認できます。

内部統制を強化し、不正行為を発生前に食い止めることも可能です。承認機能により、契約書の作成プロセスにおいて管理部門の承認を必須とすれば、フロント部門内で不正な文書を作成することは困難になります。電子署名にはタイムスタンプが付与され、契約書を作成、同意した日時も詳細に明示化されるので、契約締結日を改ざんすることもできなくなります。

業務効率化やリモートワークのみならず、不正防止策としても、クラウド型電子署名を活用することができます。

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