契約専門書籍レビュー

鈴木学・豊永晋輔『契約書作成のプロセスを学ぶ(第2版)』—新入法務部員に対する契約書作成レクチャー法

鈴木学・豊永晋輔『契約書作成のプロセスを学ぶ(第2版)』—新入法務部員に対する契約書作成レクチャー法

この記事では、書籍『契約書作成のプロセスを学ぶ』をレビューします。新人法務部員と上司である部長との会話を通じ、契約書を作成できるようになるまでのプロセスをゼロから学べるのが本書の特色ですが、本当は契約書の作り方を部下に教える上司の側こそが対象読者なのでは?自分は上司としてここまで丁寧に教えられていただろうか?と思わされる本です。

ひな形では通用しない個別事案にフィットした契約書を作るプロセスを開陳

中央経済社の月刊誌「ビジネス法務」2023年2月号の特集「実務家による法務選書 Legal BOOK 2023」において、お二人の実務家から推薦されていたのが、本書『契約書作成のプロセスを学ぶ〔第2版〕』です。

これまでの契約書の作り方を指南する本の構成といえば、まずお手本・理想形としての契約書ひな形が提示され、その各条項について、専門家の見地からひな形に込められた各条項の法的意義や、いくつかの修正のバリエーション、レビューにあたっての注意点等を逐条的に解説するのが鉄板でした。

一方本書は、そうしたスタイルを取らず、新人法務部員がみようみまねで作成した契約書に対して、上司(部長)役がツッコミやダメ出しを入れていく様を描き、読者はその応答の様子を読むことで契約書作成OJTを受けているかのような疑似体験ができる構成になっています。

本書は、ベースとなる契約書が、どのような思考回路を経て修正されるのかにつき、具体的に契約書がブラッシュアップされる過程を示すことで、実務に即した契約書作成術を解説することを目的とする。
つまり、巷間の書籍が、静的な「正解」を示した契約書解説であるのに対して、本書は、いわば動的な、契約書作成の過程を読者と共に考えることも重要であると考える。(はしがきより)

実際のビジネスの場面で、いくらすぐれたひな形があったとしても、そのままでは個別事案には通用しない。そんな契約書作成業務の現実に即した内容と言えます。

鈴木学・豊永晋輔『契約書作成のプロセスを学ぶ(第2版)』(中央経済社、2018)P114

契約を検討するのは、まず取引相手を見定めてから

近年、企業法務パーソン向けに「契約業務遂行にあたっての心構え」を指南する書籍も増えてきました。そのような書籍で契約書作成業務に関して語られるのが、「契約書を書き始める前の、現場ヒアリングこそが重要」というアドバイスです。

これは、契約書の本来の目的がビジネスを前に進めるためのツールであるにもかかわらず、法務という職種柄、契約書の文字面だけを見てリスク要因を潰すことばかりにとらわれ、引き受けるべきリスクとそうでないものの優先順位付けの重要性を忘れがちであるといった反省から述べられていることが多いようです。

しかし、いくら「現場ヒアリングが重要」と言われても、具体的にどのようなリスクについて、どのような優先順位で把握していけばよいのか、具体的にどう契約書で手当てすべきかの勘所がわからないと、何をどこまで「現場ヒアリング」すれば良いのかの見当もつけられません。

鈴木学・豊永晋輔『契約書作成のプロセスを学ぶ(第2版)』(中央経済社、2018)P102

この点、本書の上司役は、まず契約の中身の検討に入る前に「取引相手が誰か」を確認することの重要性から指導を始めています。「そんなの当たり前」と思われがちな反面、ひな形の条項解説ベースのノウハウ本のほとんどで、この基本的な視点がごっそり抜けているのも事実です。

また、自治体からの調査レポート作成受託案件を見当する委託契約書作成プロセスを描いた場面では、成果物たるレポートが当社から自治体への事業提案を前提として納品するものなのか、それともあくまで調査結果の報告だけで完結させむしろ次の事業に関する責任を切断したいものなのかといった、次のビジネス展開にも思い馳せながら検討をしています。

このように、主人公が営業部門から法務へと転向してきた(現場をある程度知っている)新人法務部員というキャラクター設定も生かしながら、どこまで現場の状況に注意を配ってヒアリングを行った上で契約書を組み立てていくべきかを、代表的な契約類型ごとに学ぶことができます。

契約書の細かな用語法・言い回しの重要さも学べる

一見すると、契約書の細かなドラフティングテクニックにはこだわらない本に見えて、中堅社員でも犯しがちな細かな用語法や言い回しのミスについても、限りある紙幅の中で精一杯触れられているのも、本書の特色です。

鈴木学・豊永晋輔『契約書作成のプロセスを学ぶ(第2版)』(中央経済社、2018)P161

  • 「価格」と「代金」
  • 「検査」と「検収」
  • 「時点」(特に起算点)
  • 「等」
  • 「その他X」と「その他のX」
  • 「秘密情報の返還」と「秘密情報を記録した物の返還」

こうした語句の使い分けへのこだわりに関する指摘に見られるような、プロとしての箸の上げ下ろしにも目を配るレベルの厳しい眼差し・隙の無さは、さすが西村あさひ法律事務所の弁護士陣、という気がします。

本当の対象読者は教える側の「上司」では?

さて、以上紹介してきたように、新人法務部員とその上司である法務部長によるOJTを垣間見るこの本は、誰を対象読者として設定しているのでしょうか?

素直に考えれば、主人公と同様の新人法務部員、ということになりそうです。しかし本書を読み終わっての私の印象は、むしろ本書は新人を迎え入れる上司・先輩社員に向けた「契約書の作成方法の教え方」を説く本なのではないか?というものでした。

鈴木学・豊永晋輔『契約書作成のプロセスを学ぶ(第2版)』(中央経済社、2018)P18

契約書のレビュー・ドラフティングを独力でも自信をもってできるようになるまでには、自分一人では気づけない知識不足やミスをカバーしてくれる上司や先輩からのOJTを多少なりとも受けてきた経験があるはずです。しかし、いざ自分がそれを教える上司側の立場になると、どのように部下の指導をしてよいものか、途端に分からなくなります。

そういう目で本書を見直してみると、どうもこの主人公は見よう見まねというわりに当初から契約書のドラフティングがある程度のレベルでできてしまっている、不自然なほど勘の良いキャラクターになっています(妙に当初から法律知識にも詳しかったりします 苦笑)。新人向けの本なら、もっと「出来の悪い部下」設定に仕立ててよいはずなのに、ここまで上司と対等に議論できる筋のよい新人にキャラクター設定しているのはなぜか?その彼を指導する部長の言動まで丁寧に描いているのはなぜか?

私には、法務部門に配属された新人に対して契約書の作成方法をどう教えたらよいか悩む上司側の読者に対しても、著者らが最大限配慮してくださった結果なのではと思われて仕方ありません。と同時に、かつての私は、本書の法務部長ほど緻密に・納得が得られるように部下に対して契約書の作り方を教えることができていただろうかと、反省させられます。

世の中に「契約書の作り方」を説く本はたくさんありますが、本書のように「上司としての契約書の作成方法の教え方」まで丁寧に示してくれる本はなかなかありません。著者らに対してはもちろん、そうした貴重な1冊を「ビジネス法務」で紹介してくださった菅野邑斗先生・飯田裕子先生にも感謝申し上げます。

書籍情報

契約書作成のプロセスを学ぶ〈第2版〉


  • 著者:鈴木学/著 豊永晋輔/著
  • 出版社:中央経済社
  • 出版年月:中央経済社

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この記事を書いたライター

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弁護士ドットコムクラウドサイン事業本部リーガルデザインチーム 橋詰卓司

弁護士ドットコムクラウドサイン事業本部マーケティング部および政策企画室所属。電気通信業、人材サービス業、Webサービス業ベンチャー、スマホエンターテインメントサービス業など上場・非上場問わず大小様々な企業で法務を担当。主要な著書として、『会社議事録・契約書・登記添付書面のデジタル作成実務Q&A』(日本加除出版、2021)、『良いウェブサービスを支える 「利用規約」の作り方』(技術評論社、2019年)などがある。

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