電子契約の基礎知識

電子契約の押印ボタンは誰が押すべきか? — 契約名義と押印作業に関する法令と実務の整理


クラウドサインをご案内していると、時折、「電子契約は誰が押印ボタンを押すべきなんですか?」というご質問をいただきます。

電子契約に限らない一般論として、契約は、契約を締結する意思表示を行う方ご自身が契約名義人となり、記名および押印することで、有効に成立します。法人として契約を締結する場合、原則としては、法人を代表する代表取締役が契約名義人となりこれを行うのが、一番確かな契約締結の方法です。

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とはいっても、その企業の規模や取引の量によっては、すべての契約について代表取締役を契約名義人とし、押印するのは現実的には困難です。代表者に紙の契約書とハンコを持たせ押印してもらえるのを待っていても、忙しい代表者がいつ押印作業をしてくれるかはわかりません。そうこうしているうちに、相手方との円滑な取引を阻害してしまうケースも考えられます。

そこで、一般的な企業では、通常の商取引に関しては社内規程等で使用人(社員)に代理権を授与(委任)し、契約名義人とすることが行われています。

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契約名義に関する論点 — 役職者の名前で契約してよいのか?

このように、代表者ではなく使用人(社員)が契約に押印することについて、法令上はどう整理されているのでしょうか。

会社法を調べると、そのような代理権の授与(委任)に基づく使用人の契約締結も想定されていることがわかります。

(ある種類又は特定の事項の委任を受けた使用人)
第14条 事業に関するある種類又は特定の事項の委任を受けた使用人は、当該事項に関する一切の裁判外の行為をする権限を有する。
2 前項に規定する使用人の代理権に加えた制限は、善意の第三者に対抗することができない。

しかしながら、契約の名義人となっていた使用人が実はその契約に関しての代理権を持っていなかったり、会社に認められた権限を超えて勝手に取引内容を決定してしまうこともあるかもしれません。そうなると、契約相手方から後になって「それはうちの社員が無権限で押印した契約だから無効だ」と主張されるリスクがあります。この場合、その契約はどうなってしまうのでしょうか?

この点につき、実際に裁判で争われたことがあります。商社の物資部で洋装衣料品の売買取引を担当していた係長が関与したシャツの売買契約において、当該係長の代理権限が争われた事案です。

商法四三条(注:現行法では会社法第14条)一項は、番頭、手代その他営業に関するある種類又は特定の事項の委任を受けた使用人は、その事項に関し一切の裁判外の行為をなす権限を有すると規定しているところ、右規定の沿革、文言等に照らすと、その趣旨は、反復的・集団的取引であることを特質とする商取引において、番頭、手代等営業主からその営業に関するある種類又は特定の事項(例えば、販売、購入、貸付、出納等)を処理するため選任された者について、取引の都度その代理権限の有無及び範囲を調査確認しなければならないとすると、取引の円滑確実と安全が害される虞れがあることから、右のような使用人については、客観的にみて受任事項の範囲内に属するものと認められる一切の裁判外の行為をなす権限すなわち包括的代理権を有するものとすることにより、これと取引する第三者が、代理権の有無及び当該行為が代理権の範囲内に属するかどうかを一々調査することなく、安んじて取引を行うことができるようにするにあるものと解される。

したがって、右条項による代理権限を主張する者は、当該使用人が営業主からその営業に関するある種類又は特定の事項の処理を委任された者であること及び当該行為が客観的にみて右事項の範囲内に属することを主張・立証しなければならないが、右事項につき代理権を授与されたことまでを主張・立証することを要しないというべきである。

そして、右趣旨に鑑みると、同条二項、三八条三項にいう「善意ノ第三者」には、代理権に加えられた制限を知らなかったことにつき過失のある第三者は含まれるが、重大な過失のある第三者は含まれないものと解するのが相当である。

(最判平成2年2月22日商事法務1209号49頁より抜粋、改行は橋詰による)

この判例の要旨を簡単にまとめると

  • 会社法14条1項は、商取引における取引の安全確保を趣旨として、「事業に関するある種類又は特定の事項」を委任した使用人に、包括的な代理権を認めるもの
  • 「番頭・手代(部長・課長など)」などの肩書を持っていさえすれば、常にこの14条1項の使用人(=包括代理権者)と認められるわけではない。しかしながら、取引安全の観点から、事実行為が委任されていることを確認していれば(使用人を契約名義人とする契約締結のたびいちいち)代理権が授与されていることを確認する必要までは無し
  • 同条2項の「善意の第三者」については、代理権に加えられた制限を知らなかったことにつき過失のある第三者は含まれるが、重過失のある第三者は含まれない

ということを判示したものです。

このような法令および判例の存在もあり、契約相手方の企業でその案件を担当する組織の部長・課長といった責任者であることが把握できていれば、よほどの怪しい事情がない限り厳密な代理権の確認(具体的には、契約相手方企業の代表取締役からの委任状取得)までは行わないのが、通常のビジネスシーンでのお作法となっています。

押印作業に関する論点 — 管理部門が代行してよいのか?

以上から、冒頭のお客様のご質問には、

「契約名義人を代表取締役とするなら代表取締役ご自身が、所管部門の役職者さまに委任されているなら役職者さまが、押印ボタンを押していただくようお願いします」

とご説明するわけですが、

「いや、原則論はわかっているのですが、実は、現状の紙とハンコの押印業務フローでは、総務部門が権限者に代わってハンコを一括管理して全部押してるんですよ・・・」

というお話になるケースが多々あります。

一定の企業規模を超えると、社内規程を定めて稟議で決裁が下りたものについて、押印だけを担当する管理部門が押印作業を代行する企業はそれなりにあり、そういった運用を行っている実態がある中での電子契約への移行に関するご相談も少なくありません。

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クラウドサインからは、せっかく印刷・製本・印紙の添付といった手間もなく契約締結でき、契約名義人のメールアドレスも電子署名で改ざんできない形で保存できるので、契約名義人となる代表取締役や担当部門の組織長ご本人がボタンを押して締結していただくよう、ご案内しています。

それでも、管理部門が代行する業務フローをくずしたくない、というお客様には、最終的には企業のご判断であることを前提に、クラウドサインでの電子契約についても、契約名義人となる意思決定権限者の意思に従い押印代行者が押印を実施する旨、社内規程を修正しておくことが望ましいのでは、とご説明しています。

以上、契約の名義を誰にすべきかという論点と、押印作業を誰が行うべきかという論点に分けて、それぞれご説明いたしました。

なお、クラウドサインは「転送機能」を実装しています。契約のご担当者から正当な押印権限者や押印代行者に転送し押印した場合、その転送過程のログも含めて電子署名を施すことが可能です。もちろん、安全を優先し転送を認めない設定とすることも可能となっています。ご活用いただければと思います。

参考文献:

書籍情報


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会社法


  • 著者:神田秀樹/著
  • 出版社:弘文堂
  • 出版年月:20170316

書籍情報


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契約の法務


  • 著者:喜多村勝德/著
  • 出版社:勁草書房
  • 出版年月:20150820

トップ画像提供:

yacobchuk / PIXTA(ピクスタ)

(橋詰)

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