契約専門書籍レビュー

ブックレビュー 経営共創基盤 塩野誠、宮下和昌『事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック M&A契約書式編』


M&A契約は難しい、だから法律事務所に頼らないと理解できない — そう諦めていたビジネスパーソンにやさしく手を差し伸べる、M&Aの新バイブルが誕生しました。

なお、本書は著者の塩野誠先生・宮下和昌先生より、ご丁寧なレターとともにご恵贈いただきました。御礼申し上げます。

書籍情報

事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック M&A契約書式編


  • 著者:塩野誠/著 宮下和昌/著
  • 出版社:東洋経済新報社
  • 出版年月:20180330

M&A契約はもはや専門家だけのものではなくなった

前著『事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック』は、事業ニーズからの逆引きという、新しくかつ利便性の高い一般ビジネスパーソン向け書籍として、私の個人ブログや「法律書マンダラ2018」で必携書としてお薦めした良書です。

そのポイントは、読み手が事業担当者であれ、法務担当者であれ、誰にとっても役立つよう、ビジネスにおける法的論点を網羅し尽くしているところにありました。もちろん本書でも、そのコンセプトは大切にされています。以下、本書とともに塩野・宮下両先生からいただいたレターから引用させていただきます。

社内のクライアント部門から、「この契約、問題がないか見ておいて」と依頼されたときに、“問題”を1つ2つ見つけること自体はそれほど難しいことではありません。しかし、依頼者が求めていることは、「問題がないことの証明」であり、この“悪魔の証明”に挑むためには、担当者の頭の中で法的論点が網羅的に体系化されていることが前提となります。橋詰様がおっしゃる“法的論点抽出力”こそが、法務パーソンの基礎体力であると考えております。
本書はまさにこの点を意識して執筆致しました。近時、種類株式を用いた投資スキームを組成する例がベンチャー投資の分野でも一般化してきているため、そのニーズに応えることができるよう、種類株式を発行する場合の定款条項のサンプルも掲載しております。

日本においてM&A契約と言うと、さまざまな契約類型の中でも、特に専門性の高い弁護士のみが扱う特別な契約として扱われてきたように思います。

しかし、この数年、スタートアップ企業を中心に、株式による資金調達は日本においても激増しました(弊メディアによる磯崎哲也さんインタビュー参照)。また上記著者レターにもあるとおり、ベンチャー企業と大企業の資本業務提携も増え、種類株式による投資すらも一般化してきました。株式引受契約とは別に総数引受契約を締結することの意味、払込み完了後に必要となる登記手続などもFAQとなりつつあります。

もはやM&A契約は「特別な契約」ではなく、事業の成長のために必要不可欠な法律知識となりつつあると言うべきでしょう。

徹底したリファレンスとレイアウトの見やすさは前著そのままに

前著『逆引き法務』の最大の特徴は、根拠条文や参考文献へのリファレンスを徹底し、読者にとって使いやすくかつ発展的な学習も容易とした、親切な構成にあります。

本書でもその良さは引き継がれ、M&A契約を後述する3パターンに分けた上で、以下の要素が整然とレイアウトされています。編集者と書籍デザイナーの苦労が偲ばれるところです。

  • 各契約のひな形
  • チェックポイントの表形式まとめ(頁番号付き)
  • 条項例
  • 前著『逆引き法務』の参照頁
  • 参照条文・参考文献リスト
  • 解説
塩野 誠、宮下和昌『事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック M&A契約書式編』Pⅳ-ⅴ
塩野 誠、宮下和昌『事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック M&A契約書式編』Pⅳ-ⅴ

M&A契約の3分類 — 1.株式譲渡契約 2.株式引受契約 3.株主間契約/合弁契約

法務パーソンとしての私が感じた本書ならではの特色はもう一点。タイトルに「M&A契約」を標榜する書籍にありがちな、「M&A契約」の定義・範囲・整理が書籍によって微妙にずれている問題について、本書では、1.株式譲渡契約 2.株式引受契約 3.株主間契約/合弁契約の3つに分類できる、という整理をしている点です。

特に3の、株主間契約と合弁契約を同一類型としてまとめる考え方は特徴的です。その点についての著者らのお考えを引用します。

次に、会社経営に参加するための契約として、以下のものが用いられる。これら2つの契約は、後述するように、区別されて用いられることも多いが、対象会社の経営に参加するための仕組みを規程するものであるという点で共通する。
株主間契約(Shareholder's Agreement)又は合弁契約(Joint Venture Agreement)(P5)

一般に、「合弁契約」という用語は、対象会社そのものを新たに設立する場面で用いられ(したがって、会社の設立に関するルール等も盛り込まれることになる)、「株主間契約」という用語は、既存の会社の株式を取得することにより、対象会社を“事後的に合弁化”する場面で用いられることが多い。(P5)

この整理は、私にとっては新鮮でしたが、本書を読むとしっくりくるものであり、続く各条項の解説においても、重複が最小限に留められる効果を生んでいます。

なお、前著『逆引き法務』では、この3分類とは異なる整理がされていました。本書作成過程でアイデアがブラッシュアップされていることが伺えます。

遠隔地との契約締結実務「サインPDF交換」方式を図入りで解説

海外などの遠隔地と結ぶM&A契約では必ずと言っていいほど問題となり、事業担当者から法律事務所・法務部門に問い合わせが入るのが、契約締結の方法について。お互いお金の振込・株式の名義書換・登記等の事務手続きを急いでいるのに、契約書が回るのが遅くて予定日に間に合わない!と慌てるのは、M&A契約の常です。

ただでさえページ数も多く、また関係当事者も多いM&A契約を、さらに遠隔地の相手方と結ぶとなると、製本した複数の契約書を何週間もかけて当事者間で回覧・押印しなければなりません。契約書が完成してから全員が押印・サインを完了するまでに1ヵ月はかかることもザラです。海外の投資家を交えると返ってこないことすらも。

そこで代わりの手段はないかということで、サインページをお互いがPDFで送信しあい契約締結する「サインPDF交換」方式が実務として採用されています。この具体的な方法について、挿絵入りで説明をしたのは、本書が初めてではないでしょうか。

塩野 誠、宮下和昌『事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック M&A契約書式編』P396
塩野 誠、宮下和昌『事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック M&A契約書式編』P396

なお、手前味噌ではありますが、クラウドサインをお使いいただけるとさらに手間なく・素早く・確実に契約締結が可能です。また証拠力に関しては、「インターネットを利用する契約締結方式の比較 — 利用規約同意方式やサインPDF交換方式とクラウドサインとの違い」という検討記事も書いています。ご参考になさってください。

今後の『逆引き法務 ○○書式編』のシリーズ展開に期待

本書のタイトル『M&A契約書式編』を見るに、『秘密保持契約書式編』『業務委託契約書式編』…と、『逆引き法務』から各契約類型ごとにスピンアウトしてシリーズ化されていく予感がします。もしそうだとすれば、法律出版業界は震撼、読者は歓喜ですね。

前著とともに、M&Aの法的知識に飢えているベンチャー経営者、管理部門担当者を助けるバイブルになりそうです。

(橋詰)

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