「法律業界にデザインで革命起こす人求ム!」林信行が感じた契約のリ・デザインの必要性

テクノロジーとデザインに造詣の深いジャーナリスト林信行さんがある日Twitterに書き込んだ、「未来の日本を『大量な契約書にマーカーペンで線引きながら説明し付箋貼りまくる地獄』から救って欲しい!」との切実な叫び。いったい何があったのか?契約のデザインに対する林さんの思いをお伺いしました。

マーカーとふせんだらけの読みにくい契約書を前に感じた虚しさ

―本日はお忙しいところお時間をくださいまして、ありがとうございます。

いえいえ。実は、先週まで出張や引っ越しで忙しくしてまして、インタビューのお申し込みをいただいてから少し間が空いてしまいました。申し訳なかったです。おかげさまで引っ越しはなんとか終えることができました(笑)。

というのも言い訳でして、本日はちょっと事前の準備が不足してしまったかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします。

―林さんといえば、Appleやスティーブ・ジョブズに関する多数の著書・記事をはじめ、グッドデザイン賞やジェームズ・ダイソンアワードの審査員を勤めたりと、テクノロジーとデザインの双方に造詣が深いジャーナリストとして有名でいらっしゃいます。

ありがとうございます。そうですね。最近はファッションテックの仕事をお手伝いする機会なんかも増えてきました。テクノロジーとデザインの融合が進んでいるのを感じています。

―今回、インタビューをお願いしたのは、そんな林さんが突然Twitterでこんな叫びを上げていらっしゃったのを拝見しまして。いったい、どんなシチュエーションで何が起こったのか、差し支えない範囲でお聞かせいただければと思い。

https://twitter.com/nobi/status/1062530315753799681 より

はい、そうでした。実はこのとき、まさに引越しのための賃貸借契約にサインをしていた瞬間だったんです。不動産屋さんで、重要事項説明やら、契約書の説明を受けてたんですね。

彼らが一生懸命、読みにくい契約書にマーカーを引いたりふせんを貼ったりして、1時間近く形式的な説明をされたかと思えば、次はここ、次はここといった感じで、ひたすら何枚も何枚も言われるがままにサインと印鑑を押させられて……。

真面目に仕事をしている方の前で大変失礼だとは思いながら、なんだかその行為が虚しいものに感じられてしまったんですよね。

日本の契約書には「未来にそれを使うシチュエーション」に対しての視点が欠けている

―日本の不動産契約ではよく見られる光景ですね。まだそれでも、マーカーを引いたりふせんを貼ったりというのは、丁寧に説明しようという姿勢があるだけましかもしれません。

運転免許の更新もそうですが、職人だか機械だかのように手早く仕事する職員の方々も合わさって、とてもシステマチックで効率的だとは思います。ただ、これがデザイン視点を持つ人間の仕事だと思うのだけれど、立ち止まって「これはいったいなんでこんなことになっているんだろう」と考えてしまうと、ものすごくむなしくなってしまう「決してスマートではないやり方」、日本では、これがそこかしこにある気がしています。

きっと、いつもの業務としてこれまでずーっと連綿と続けてきたシステムがあるわけじゃないですか。なんだろう、こういう風に作業をこなしたら1時間以内に契約が済みますみたいなシステムが、向こう(不動産業者)の中にできあがっていて、私たちはそのベルトコンベアに乗せられるようなかたちで。契約を主体的にするんじゃなくて、向こうの都合でできあがっていく作業に「乗せられて」いる感がすごく強くって。

それでいいっていえばいいんだけど、その契約書を結んでいることの……なんだろう、無意味さというか。最初から全部、ネットの利用規約を読まずに全部「はい」「はい」「はい」とクリックしてしまうような感覚になっちゃうじゃないですか。

弁護士ドットコムさんでは、そうしたところに問題提起をしようと、水野先生や深津さんと一緒に「コントラクトギルド」という組織を作って取り組みをしていると今回初めてお伺いし、興味を持ちました。

―そうなんです。まさにそのコントラクトギルドでも、みなさんが思い浮かべる、いい加減な契約の代表例としてのウェブサービスの利用規約や同意ボタン、あのデザインはどうにかならないのか、インターフェースとしての紙の契約書を代替するテクノロジーはないのか、といったテーマを追いかけています。

1時間なりの時間を費やして結ぶ契約というのは、本来なにかの役目があって、将来使う可能性があるからこそ結ぶものじゃないですか。

それなのに、未来にそれを使うシチュエーションに対しての視点ていうのがまったくゼロな感じがあって、だからこそ、今回に限らず、余計にそうした契約書に時間が浪費されていることの不快感を強く感じますよね。

―契約書を使うシチュエーションというと、たとえば紛争が発生したときですかね。

紛争のときもそうだし、「あれ?これってどういう約束だったけ?」というときに確認するための機能っていうのもあると思うんですけど、それにしても確認するためのものとしてはあまりにも可読性が低い。

たとえば電子化してしまえば、チャットボットに話しかけて代わりに確認してもらうことができたり、いいこともあると思うんですが。

ただし、電子化と言っても、たとえばPDF化してPDF上で結局サインするだけ、なんていうのじゃあまりかわりばえしない。電子化と言ってもそういう中途半端な改善にならないために、そもそもなんのために契約書を結んでいるかとか、どうやれば同じ時間で高い価値を生み出せるかということを、根本から考えなおしてリ・デザインする人がこの日本で出てこなきゃいけないなと。なんか、契約書を結びながら思っていて。

そんな心の叫びをTwitterに書いてしまったというわけです(笑)。

デザインの観点から思いつく契約書の改善ポイント

—林さんのtweetでは、そんな契約書の改善ポイントをいくつも考えたと書かれていました。

おもにデザインの観点から30個ぐらい考えたんですけど、1ヶ月経って少し記憶が薄れてしまいました。できる限り思い出しながら喋ってみますね。

まず、どうしても電子化はすぐ無理、紙が必要なんだとしたら、もっと上質な紙にするっていうのはあるんじゃないでしょうか。だって、契約書ってすごい特別なものじゃないですか。とくに個人にとっては、1年の間に結ぶ契約書ってそんなに多いわけじゃないですし。

なのに、出てくるのはだいたいがザラザラな紙で、白黒で印刷して、なのに人力でカラフルなマーカーで汚しまくっているっていう(笑)。これは特別大事にしまっておきたいといった、そういった気持ちにすらなりません。

—企業の都合で「エコ」だから再生紙、なんでしょうね(笑)

それから、字体とか凝るだけでも読みやすくなるでしょう。フォントもそうですし、字の大きさ、太さとかで強弱をつけるとか。グラフィックデザインの基本のような気がします。そういったものは一切配慮されていない。あ、一切はちょっと言い過ぎですかね。

—いやーもうおっしゃるとおりで、残念ながら企業の法務部門はWordのデフォルトのまま、MS明朝体のままという感じですね。

あとやっぱり、読んでいて内容がストンと入ってくるには、箇条書きのほうがいいですよ。どういう必要性からかわからないんですけど、なんかやたらとこう文章にすることにこだわりすぎていないでしょうか。

たとえば、「AとBは以下について合意する。(1)・(2)…」、みたいにできないんでしょうかね。これは契約書を作る方の「構造化」の能力にもよるのかもしれないですが。

—耳が痛いです。可読性なんて考えて契約書を作る担当者はほんの一握りで、裁判で使うかもしれないリスクを抱えた文書だから、そういうものとして先人に従っておけ、という態度になってしまっています。

あとは、契約書ってなんでこう時間を無駄にしているような気になるのかというと、それって最初からもう決まっているgivenな感じで、あとはひたすら同意していくだけというふうに見えてしまうからなんですよね。でも、実はその中にオプションが潜んでいるわけじゃないですか。

たとえば、僕の具体的な例であげてしまうと、「インターネット回線に関する契約は○○社が担うものとする」とか書いてあるけど、そこは手数料を抜くだけみたいな。本当は自分でやってもいいんだけど、なんか契約書に「ものとする」と書いてあるとそれに従わなければならないように見えてしまう。何がオプションで何がマストなのかということが、わざとごちゃ混ぜにして書かれていることが多い。

マストじゃなくてオプションな部分がどこなのか、こちらから聞かないとわからない。こちらから問いただせば交渉の余地があるものが明らかにされない。

そうしたオプションが明確に切り出されているだけでも、契約書を結ぶ側の人が、契約書そのものに参加している感じが出ると思うんです。それがわざと見えない・見えにくい形で作られちゃっているんで、なんだろう、surrenderというか、僕たちは降伏してただひたすらサインという作業をするだけになってしまう。

—「契約書って変えられるものだとは思っていませんでした」とおっしゃる方は多いです。書いてあるものを受け入れるだけものだ、と思い込ませてしまう。

安易に、契約書がセールスのツールみたいになっているんですよね。知らない人にそのままハンコを押させてしまおうとしているんでしょうか。

—だます、とまではいかないのでしょうが、契約の場面で、情報格差を利用して有利にことを進めようとするところはありますよね。

あと、検索性を高めるための工夫もいくらでもありそうです。目次をつけたりとか。

もうちょっと全体の構成っていうんですかね。いまこれから何をしようとしているのか、全体の見取り図と、ページごとの見取り図があって、構成がしっかりしていると読み手としてはありがたい。よくできているパソコンの設定マニュアルとかって、stepがきれいに刻まれてストーリーラインを見わたせるデザインになっているじゃないすか。あれと同じです。

あわせて冒頭に、エグゼクティブサマリーもつけて欲しいですし。

全体を見渡しやすくするという意味では、二段組にしてもいいのではとかも思いました。

という具合で、このtweetをしたときに30個ぐらい思いついたもののうち、主なものをあげるとそんなところです。

ブランドが契約と一体化しているApple

—大変参考になります。とこで、林さんと言えば、著書やさまざまなメディアでAppleのデザインについて語っていらっしゃるじゃないですか。そんなApple研究家の林さんからご覧になって、Appleの利用規約って、読みにくいと思われませんか。

そうかもしれませんね(笑)

—私もApple製品はたくさん使って素晴らしいデザインだと思っている者の一人なんです。でも、利用規約に限っては、Appleデザインらしくない、読みにくい契約書の代表格のままという。

たぶんAppleにとっては、ああいったところで読ませる契約書は必要悪ぐらいに感じているんじゃないでしょうか。「我々を信じてついてこい」ぐらいに思っているのかもしれません。

たとえば、製品パッケージに入っている説明書にしたって、一枚の紙に無理やりまとめていて、お世辞にも読みやすいとは言えない。実際のところ、読まずに無視して使い始められるようにもなってますしね。

逆に、ぜひ読んでほしいというものは、チュートリアルのプロセスで大きい文字で見えるようにしてますよね。それ以外の細かい点に注意事項については、われわれのブランドを信じてくれて心配ないですよ、というスタンスに見えます。

—なるほど、Appleというブランド自体が契約書のようなものである、と。

結局のところ契約書って、「われわれは措置を講じていた、だから悪くない」とあとで主張できるようにするための、言い逃れのための文書だったりするじゃないですか。

—いわゆる「免責条項」なんて、最たるものですよね。

それを全部読むのは現実的に不可能だし、だからこそAppleのように「ブランドを信じて」という関係もあっていいのかなとも思います。

ブランドで勝負している会社というのは、変なことがあればブランドに傷がついて大きなペナルティを受けるわけです。そんなダメージを受けるようなことはあえてしませんよと。ちょっとした条件変更なんかについては、読まなくても大丈夫ですよというふうにしておいて、でも、重要な変更なときだけは、可読性の高いデザインできちんと読めるようにする。

そういう契約スタイルのほうが、親切なのかもしれないと思います。

「責任を押し付けあうための契約書」からいかにして脱却するか

—紙の契約書の保管はどうされていらっしゃいますか

デジタルが好きな私ですが、紙の契約書に関してはいつまで取っておいていいのかもわからず、机の上の書類の山に積み重ねたままですね(笑)。スキャンも特にしていません。

それで思い出しました。Apple直営店でApple製品を買うと、保証書とかレシートとかを紙で保管しておく必要ってまったくないじゃないですか。製造番号に購入者と購入製品データを紐づけて、Appleが保存してくれているから。

これが日本企業の場合、いまだ紙の保証書ですよね。しかも、無くしたらもはや保証は受けられないわけです。保証とは名ばかりで、「我々はちゃんとやりましたから、後は責任はあなたに押し付けますよ、この紙と一緒に!」というメッセージになってしまっている。

こんなに複雑になった社会の中で、紙の書類で契約を結んだことなんてひとつひとつ覚えてないのが当たり前なのに、「減らす」っていうことをあまりにも考えていない。ペーパーレスをうたっているはずの携帯電話会社でさえ、契約を結ぶと袋いっぱいの契約書を渡してきたりします(笑)。

—私も前回契約した際に、保管用のビニールカバーの表紙をつけて一式渡されました。保証書や契約書という紙を渡すことで、責任も一緒にユーザーに押し付ける、そんな企業の姿勢が現れているのかもしれません。

契約書を作る方が、「そもそもなんで契約書ってものをつくってるんだっけ?」ということを、ゼロからちゃんと考えてくれたら、そういうことは自然にしなくなって、契約をよりよい体験にするためのアイデアが浮かんでくるはずです。読みにくいところはフォントを変えるとか、相手への配慮で当然に考えると思うんです。

自分でゼロから考えることをせずに、昔からいる先輩に教えられた通り「マーカーを引くんだ」ということだけを守っているようだと、たんに形骸化していくだけでしょう。頑張って私に契約内容を説明してくれた担当者の方には申し訳ないですが、「意味のない労働」感があふれています。

契約書をむすぶ時間を、価値がある時間に転換してくれるような契約書って工夫次第で作れるような気がしていて、そういう契約書をデザインできる力を、契約書を作る方々が身につけていただきたいですね。おもてなしじゃないんだけれど、せっかく1時間なり顔をつき合わせているんだったら、もっと意味のある時間にしたいですよね。

—生々しい話をすると、契約書を定型化・画一化することで、リスクも画一化したいというのが企業の契約の現実だと思います。林さんに「形骸化している」とクレームされても、「いやいやこういうものなので」と譲らない。なぜなら、ここから一言一句変えなければ、自分の身は守られるから。画一化をすることが目的化してしまうというか。法務部門と顧客対応部門、どちらが悪いとも言いにくいのですが。

僕がお手伝いをしているファッションテックの業界では、「BtoC」に対して、今後は「BtoI」なんじゃないかと言われ始めています。

IはIndividual。一人一人体型も違えば、好みも違う。20世紀のテクノロジーは大量生産型で、人間の方が合わせにいっていたわけですが、Individual、一人一人の体型や好みにあわせてカスタマイズし、オートクチュールがもっと手頃になるような時代に入ってきています。インスピレーションのわく言葉ですよね。

これからマス・カスタマイゼーションの時代に入ってきます。世の中でいちばんコストがかかっているところは人件費ですが、テクノロジーの力でBtoI化ができるようになる。契約のデザインも、その時流に乗るんじゃないでしょうか。契約書の結び方さえも、一人一人の好みや適性にテクノロジーが合わせてくれる時代が、すぐそこにきていると思います。

(聞き手 橋詰)