駆け引きではなく論理を積み重ねる交渉—田村次朗『交渉の戦略』

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実際の交渉場面においては、スタンドプレー的な駆け引きが通用する場面はほとんどありません。本書は、チームとして交渉に臨むにあたり知っておくべき共通言語としての論理学と、交渉プロセスをコントロールするためのフレームワークを体系化したものです。

書籍情報

交渉の戦略 : 思考プロセスと実践スキル
  • 著者:田村次朗/著
  • 出版社:ダイヤモンド社
  • 出版年月:2004-03

論理と体系を重視した交渉学のスタンダードテキスト

交渉とは、切った張ったの駆け引きでは決してなく、論理の積み重ねと応答プロセスのコントロールによって問題解決に導くための技術 である。そのことを理解させてくれるのが、本書『交渉の戦略』です。

交渉学は、すでに日本においてもいわゆる「ハーバード流交渉学」として紹介されているのでご存じの方も多いと思う。ここで重要なのは、この交渉学という学問が、ロースクール、すなわち法学教育のなかに取り入れられているということである。
(中略)
本当に優秀な弁護士とは、法律の知識を生かしながら、複雑な利害関係や錯綜する事実関係を整理しつつ、依頼人との良好な関係、そして相手方との交渉を通じて、最適な問題解決を図る能力を持っている人間である。(中略)この法律家として本当に求められる能力を総合的に身につけるためにはどうすべきかという問題意識から形成されたものが、もともとの交渉学の源流の一つと言える。私が今回紹介する交渉学も、この法学的視点からの交渉学の一つである。
(はじめにより)

米国ロースクールで確立され、日本の法科大学院でも授業に取り入れられている学問としての「交渉学」。私は、てっきり経験の積み重ねから導かれるセオリーを体系化したものかと思っていました。

本書の立場はそうした経験を応用するものではなく、「クリティカルシンキング」や「ゲーム理論」といった、MBAでも必須とされるような論理的思考を応用しようとするものです。

田村次朗『交渉の戦略』P18-19

二分法・演繹法・帰納法を交渉に生かす

論理学というと、「演繹法」「帰納法」が有名です。

実際本書でも、二つの情報を関連付けルールに当てはめて結論を導く演繹法をベースとし、複数の事実を関連付け抽象化してルールを導き出す帰納法を組み合わせて説得的に交渉することが基本 であると述べられています。

しかし、そうした交渉を行うにあたり、交渉においてまず知っておくべき思考方法として冒頭で紹介しているのが「二分法」です。

田村次朗『交渉の戦略』P6

「白か黒かはっきりしろ」と相手を追い込み、高圧的な態度で交渉を有利にすすめるこの手法。交渉術・テクニックとしておすすめしている文献も、少なくありません。

ところが本書では、このような二分法による交渉は、「第三の選択肢」を生み出す機会なくしてしまうばかりか、条件と結果を強引に結びつける短絡的な思考に陥りがちであり、交渉で使うのは得策ではないものと位置付けられています。

それでもあえて本書で紹介されているのは、相手が二分法を使ってきたときにそれを察知し、落とし穴にはまらないようにするため。本書では、そうした思考方法の誤った利用が交渉を失敗に導く具体的な事例も紹介されており、交渉におけるロジック理解の重要性が深まります。

その上で、「人」と「問題」とを、「自分」と「他人」の二軸で分離し、交渉プロセスを客観的に把握・コントロールしていくことの重要性 が述べられています。

田村次朗『交渉の戦略』P137-167より筆者要約

著者の主観や成功体験を可能な限り排した教科書としての交渉論を探している方へ

冒頭述べたとおり、「交渉」を取り上げた書籍には、数々の交渉を実際にくぐり抜けてきた経験談を中心にしたものが数多くあります。臨場感を伴いながら、交渉における会話の具体的テクニックを記憶に刻めるという意味では、そうした書籍を読む意味はあるでしょう。

しかし、契約におけるほとんどの交渉は、自分一人で行うわけではなく、組織・チームプレーで行うもの。一人のスタンドプレーによって交渉が打開するということは滅多になく、むしろ疎まれる行動であることを考えると、そうした本で紹介される個人的テクニックが役立つ機会はそうそうありません。

それよりも、交渉の中で臨機応変に役割分担をしながら、相手との交渉をまとめるというゴールに達するために、チームとして備えておくべき共通言語やフレームワークを体系的にインプットすることのほうが重要 であり、本書は、その一冊目として適切なレベル設定がなされた良書だと思います。

(橋詰)

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