契約に関する事例・判例・解説

音楽業界における「360度契約」の創始者は誰か

音楽のデジタル化にうまく対応したマドンナによる360度契約

Napstar等のファイル交換ソフトによる非合法なダウンロードや、iTunes × iPodの普及によって流通と視聴のデジタル化が進んだ音楽ビジネス。それまで長らく産業を支えたプロダクション・レコード会社・音楽出版会社・小売店による分業ビジネスモデルが、インターネットというテクノロジーによって一瞬で破壊されてしまった事例として語り草になっているのは、皆さんご存知のとおりです。

そして、この音楽ビジネスの混迷期をうまく乗り切ったアーティストとして必ず名前が挙がるのが、マドンナです。

1984年の「Like A Virgin」のヒットにより一躍世界のトップアーティストに躍り出て以降、ヒット曲を安定的に供給していた彼女が、2007年、コンサートプロモーション企業 ライブネイションと10年間にわたる長期マネジメント契約を1億2千万ドルで締結。その内容は驚きをもって報じられることになります。

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The first-of-its-kind partnership between Madonna and Live Nation encompasses all of Madonna’s future music and music-related businesses, including the exploitation of the Madonna brand, new studio albums, touring, merchandising, fan club/web site, DVD’s, music-related television and film projects and associated sponsorship agreements. This unique new business model will address all of Madonna’s music ventures as a total entity for the first time in her career.

当時のこのプレスリリース(PDF)にも列記されているとおり、ライブネイションは、マドンナの音楽出版権のみならず、ライブ興業権、商品化権、映像に関する肖像権、ファンクラブの会員基盤、ブランドといったほぼすべての商業的活動に関する権利を一元的に掌握しました。この契約は「360度契約」と呼ばれ、それまで曲の売上にほとんどを依存していたアーティストのビジネスモデルが、これ以降ライブ中心へと変わっていくきっかけとなります。

当初は「ライブ中心で本当に稼げるのか?」といった懐疑的な声も聞かれましたが、ライブネイションはその後もJayZ・シャキーラ・レディ・ガガといったトップアーティストたちとこの360度契約を締結。思惑どおり、このビジネスモデルは拡大を続け、契約が業界構造を変えた革新的事例として語り継がれています。

YAZAWAが日本版360度契約を独自に編み出していた

以上が、一般的に語られている360度契約誕生のストーリーなわけですが、先日、私が古くからお世話になっている先輩を囲む忘年会で、これに異を唱える新説に触れました。「日本のE.YAZAWAは昔から360度契約のコンセプトで自らをマネジメントしていた」説です。

その先輩は、古くから矢沢永吉のファン。毎年12月に行われる武道館ライブに行かなければ年を越せない、明日の夜もまたライブに行くんだと、その宴席でも熱く語っていたところ、同席していた共通の知人である弁護士の方から、「矢沢永吉って、実は360度契約の創始者らしいですね」との話題が。

本当ならそれは興味深い話だということで、根拠となりそうな文献を探してみたところ、2012年8月30日発行「Rock’n’Rollぴあ 矢沢永吉、40年間の軌跡と奇跡」なる文献を入手することができました。

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矢沢永吉というミュージシャンの独創性は、音楽の内容だけにとどまらない。自ら思い描く音楽活動を実現するために、著作権などの権利の分野でもイニシアチブを発揮したことも注目に値する。
音楽の著作権(出版権)は通常、レコード会社から音楽出版社に管理が委託されるが、矢沢永吉はキャロル解散直後に、ビートルズのアップルにならって自らの音楽出版社を設立。レコードやCDの売上にともなって支払われる著作権料のあり方に一石を投じた。
(中略)
出版権だけでなく、肖像権の問題もいち早く提起。グッズ販売なども自らの手でコントロールしてきた。さらには’09年のGARURU RECORDS設立で、音源制作や流通をすべて自前で行うスタイルを確立する。
現在、世界の音楽業界では、CD販売のみに頼ることなく、あらゆる権利を通じて収益を得る「360度ビジネス」モデルが主流となっている。日本における先駆者は、間違いなく矢沢永吉である。
(「Rock’n’Rollぴあ 矢沢永吉、40年間の軌跡と奇跡」P64)

矢沢永吉といえば、その強烈な個性・イメージが先行してしまっていることに加え、過去に投資詐欺に遭い35億円もの借金を背負ったエピソード(後にすべて返済)なども含め、一般の方からはビジネス面では評価されることが少ないアーティストかと思います。

しかし、彼のインタビューを見ていると、「他者に依存せず、一人の経営者として自分自身で考えてビジネスをしていくことが必要だ」「キャロル解散後、ソロになってからはそれをずっとやってきたから、今の俺がある」という趣旨のことを何度となく述べているのです。たしかに、テレビに出て瞬間的に一世を風靡するアーティストはごまんといても、数年で消費されつくして影も形も見なくなるパターンがほとんどであるこの日本において、彼は50年近くにわたり第一線で歌い続け、長期的に成功しています。

当時は360度契約という言葉はなかったにせよ、契約によって自らの商品価値のコントロール権を確保し、それを最大限に活用する行動を続けてきたからこその結果なのだなと気付かされます。

(橋詰/TOP写真:ロイター/アフロ)

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