NETFLIXがジブリ作品を日本“以外”で配信する理由
NETFLIXがスタジオジブリ21作品の配信権を持つワイルドバンチ社と契約するも、そこに日本国内への配信権が含まれていなかったことが話題になっています。その背景となるアニメの配信契約をめぐる権利構造について分析します。
NETFLIXのジブリアニメ配信発表に「日本を除く」の文字
日本はもちろん、世界でも人気のスタジオジブリによるアニメ。その主要21作品が、有料動画配信サービス「NETFLIX」で世界190カ国に配信されることになりました。
▼ NETFLIX RELEASES 21 STUDIO GHIBLI MASTERPIECES AROUND THE WORLD
Netflix announced today that beginning on February 1, 21 films from Studio Ghibli, the Academy Award®-winning Japanese art house, will be made available on the service globally (excluding US, Canada, Japan), through distribution partner Wild Bunch International, as part of the company’s continued efforts to grow its best-in-class library of animated films.
これを武器に、ストリーミングサービス戦国時代を迎えたこの日本でもNETFLIXがいよいよ勝負をかけるのか?と色めき立ったのも束の間、プレスリリースには「excluding US, Canada, Japan(米・カナダ・日本を除く)」の文字が。肝心の日本では配信されないことが判明し、落胆の声が広がっています。
どうしてこのようなことになったのか?こうしたアニメの配信権をめぐる契約構造を理解するためには、「製作委員会」と呼ばれる、資金調達と著作権コントロールのためのスキーム について理解しておく必要があります。
アニメの製作委員会方式と「窓口権」
アニメを見る側としては普段あまり意識することのない映画の著作権。これを規定する条文として、著作権法にこのような条文があることをご存知の方も多いでしょう。
(映画の著作物の著作者)
第十六条 映画の著作物の著作者は、その映画の著作物において翻案され、又は複製された小説、脚本、音楽その他の著作物の著作者を除き、制作、監督、演出、撮影、美術等を担当して その映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者 とする。ただし、前条の規定の適用がある場合は、この限りでない。
この条文により、監督・作家・演出家・アニメーターなど、さまざまな権利者が関与する映画の著作物については、著作権は「映画製作者」に帰属することが決められています。
そして、近年製作されるアニメの多くが、製作費負担リスクの分散と広告キャンペーンの効果最大化を主な目的として、製作委員会を組成し、その委員会メンバー各社が組合に出資するかたちでお金を集めてアニメを制作しています。この 製作委員会が、さきほどみた著作権法上の映画製作者となり、その委員会メンバーである各法人が、映画の著作権を共有する ことになります。
製作委員会といっても、あくまでバーチャルな存在であって、中にいる会社はそれぞれ別々の会社です。このような会社たちが、どのように映画の著作物で収益を得ているかというと、映像の配給・配信先やグッズ等の商品化に関しそれぞれ自分の得意分野で販売活動の分担をし、そこで得た収益を委員会メンバーとともにシェアする、という構造になっています。
このような、委員会メンバーの得意分野に応じて商流を分担する権利を、通称「窓口権」と呼んでいます。
ここで言う 窓口権とは,法律上存在するものではありませんが,各事業の担当分野において対外的な窓口となり,契約や著作権処理を行う権利として運用 されています。製作委員会の構成各事業者は,最初に各事業者の得意分野が生かされるような話し合いをもち,共同事業契約書といった契約書を締結し製作委員会を発足させ,事業を展開します。アニメをTV放送する場合にスポンサーとなる企業が,同時に,製作委員会に参加することが多いようです。参加企業による事業は,例えば,製作委員会に参加する映像出版社はDVD販売などの窓口権を取得し,同様に玩具メーカーは同アニメに関する窓口権を取得し,この契約書に基づいて商品を販売する,といった方式で行われます。それぞれの参加企業は窓口権を有しているとはいえ,著作権使用料は別途,製作委員会へ支払われ,他のライセンサーから支払われた著作権使用料を合算したうえで,持分比率によって製作委員会の参加企業に分配されます。
—中川裕之ほか「 アニメの著作権」パテント 2008 Vol.61 No.8
著作権は製作委員会に参加した会社みんなのものではあるが、その共有財産を誰にどのようにライセンスし販売するかは、「窓口権」を持つ企業が分担した役割ごとに主導権を握るというのが、製作委員会方式のポイントです。
そして特にアニメやゲームなどエンタメ分野では、多くの場合「日本」と「それ以外」の地域で分け、配給・配信に関する窓口権を持つ企業を指定します。実際ジブリについても、映画のクレジットをみると、ディズニー社や今回のワイルドバンチ社のような海外配給に強い企業を製作委員会メンバーに招き入れていることがわかります。
余談ですが、この「製作委員会」方式の名付けの親は、ジブリのプロデューサーとして有名な鈴木敏夫氏だと言われています(参考記事:鈴木敏夫の宣伝手法)。おそらく、映画の製作リスクを複数社でお金を出し合って分担するという方式自体は昔からあったはずですが、そこにわかりやすい名前をつけ、自社アニメの興行収入拡大に繋げた手腕は、さすがの一言です。
ワイルドバンチとジブリの関係
話を戻しましょう。NETFLIXのリリースを見てもわかるとおり、今回のジブリ作品の配信契約にかかる交渉窓口は、フランスの配給会社「ワイルドバンチ・インターナショナル」となっています。
日本ではあまり知られていないワイルドバンチ、実はジブリとはかなり関係の深い会社です。先ほどの製作委員会の話でいえば、配信対象の21作品の一部は、ワイルドバンチも自ら委員会メンバーとして製作にかかわり、直接窓口権を得ています。第89回⽶国アカデミー賞⻑編アニメ部⾨にノミネートされた『レッドタートル ある島の物語』では、製作委員会への参加だけでなく、自ら共同制作メンバーともなっています。
とはいえ、ジブリの昔の作品は製作委員会方式を採用していなかったものもあるわけで、このような作品についてまでワイルドバンチがNETFLIXに提供できたのはなぜでしょうか?
実は、ワイルドバンチが直接製作委員会メンバーには入っていなかった時代の作品についても、ワイルドバンチが海外配給にかかる窓口権を有していた ようです。具体的には、2002年の『千と千尋の神隠し』以降の作品について、「北米とアジアを除いた海外の配給についてはワイルドバンチに任せている」ことを、ジブリの広報部長 西岡純一氏がYouTubeで語っています。
ジブリの旧作品、具体的にはナウシカ以降のラピュタ・トトロ・魔女の宅急便・紅の豚等、徳間書店傘下で制作していた時代の作品の配給権についてはどうでしょうか。これについては、2005年に徳間書店からジブリに営業譲渡がなされたことから、ジブリはこの時点ですでに関係のあったワイルドバンチにこれらの作品群の海外配給を任せていたことになります。
共有著作権が生む束縛
以上から、今回日本のNETFLIXで配信されない理由が、製作委員会のスキームにおいてジブリ21作品の日本“以外(正確には日本および北米以外)”に限定した窓口権を持つワイルドバンチ社とのライセンス契約であるからということが、お分かりいただけたかと思います。
もちろん、収益を最大化したい製作委員会としては、一番儲かるタイミングで日本のNETFLIXへの配信も検討しているはずです。しかし、ジブリ作品の製作委員会には日本テレビやディズニー等、NETFLIXと直接に競合するメディアが入っている ことも問題を複雑にしています。
というのも、先に述べたように実質的には窓口権者が担当する権利処理の主導権を握るとは言え、著作権法上、権利行使には原則全員の合意が必要となるからです。
(共有著作権の行使)
第六十五条 共同著作物の著作権その他共有に係る著作権(以下この条において「共有著作権」という。)については,各共有者は,他の共有者の同意を得なければ,その持分を譲渡し,又は質権の目的とすることができない。
2 共有著作権は,その共有者全員の合意によらなければ,行使することができない。
3 前二項の場合において,各共有者は,正当な理由がない限り,第一項の同意を拒み,又は前項の合意の成立を妨げることができない。
ジブリ作品の著作権を共有する製作委員会の全員が合意し、日本市場でネットストリーミング配信を許諾する日はくるのでしょうか。
画像:NETFLIX MEDIA CENTER, Fast&Slow / PIXTA(ピクスタ)
(橋詰)