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KDDI通信障害と約款上の賠償責任—輻輳の長期化による損害拡大の責任は誰にあるか

KDDI通信障害と約款上の賠償責任—輻輳拡大に伴う利用制限の責任は誰にあるか

KDDIが提供するIP携帯電話回線で、最大約3,915万回線が2日間超にわたり正常に通信できなくなり、総務大臣が「大変遺憾」と評する大規模障害が発生しました。本記事では、KDDIの通信サービス約款上定められた損害賠償責任範囲を確認しつつ、総務省を含めた責任の所在について検討します。

1. 大規模通信障害の責任はKDDIのみが負うべきか?

2022年7月2日〜5日にかけて、KDDIの携帯電話サービスで、大規模な通信障害が発生しました。すでにKDDI側の広報や記者会見でも説明されていますが、2日未明の機器メンテナンス中に発生した輻輳(ふくそう:音声通話やデータ通信のトラフィックが特定の箇所に集中する状態)により3,915万回線にのぼるユーザーの通信ができなくなり、

  • ヤマト運輸等の物流
  • トヨタ自動車等の自動車向けサービス
  • 大垣共立銀行のATM利用停止
  • アメダス等の気象観測データ収集

など、個人ユーザーだけにとどまらず法人ユーザーの事業にも大きな影響を及ぼしました。

以下では7月3日の社長会見に加え、4日・5日に行われた技術責任者によるオンライン会見の内容をひもときながら、KDDIが自ら行ったメンテナンス作業の過程で輻輳を発生させ通信の利用制限にいたったその対応と損害賠償責任について、約款適用上の論点を検証します。

また、総務大臣も会見で異例の厳しいコメントを出していますが、

「国民の日常生活や社会経済活動に必要不可欠な携帯電話サービスが2日以上にわたり利用困難になったことは改めて大変遺憾だ。命に関わりかねない影響が出たことを深刻に受け止めている」

はたして、監督官庁である総務省についても、その政策上まったく責任はなかったと言い切れるかについても、後段で検討します。

2. 通信障害長期化の原因となった輻輳が発生・拡大・収束した経緯

2.1 メンテナンス実施で約15分間の音声不通→回復のための切戻し作業後に輻輳が発生

発端は、通信量も少ないであろう深夜時間帯に行われたメンテナンス中に発生した、たった15分間の音声不通事故でした。

7月3日の社長会見において、会社側は

「東京・多摩ネットワークセンターで通常保守の一環として2日午前1時35分からコアルーターのリプレース作業を行ったところ、新しいコアルーターで原因不明の故障が発生、音声トラフィックの通信経路が変更されず、約15分間に渡ってVoLTE(Voice over LTE)の音声通信が断絶、VoLTE交換機からアラートが発生した」

と説明しています。

この音声不通状態を解消しようと、午前1時50分より手順に従って古いコアルーターへの音声トラフィックの切り戻し作業を実施したものの、午前2時17分頃より、切り戻しに伴うアクセス集中によってVoLTE交換機で輻輳が発生しはじめ、午後3時22分ごろからは加入者データベースへの処理負荷も増加。この切戻し作業の結果、事態は長期化していきます。

2.2 「復旧作業終了」宣言後の7月4日13時過ぎになってようやく発見された本当の輻輳拡大原因

週明け7月4日に入り、KDDIは(3日の社長会見時には判明していなかった)輻輳の原因として、18台中6台のVoLTE交換機が加入者データベースへ過剰な信号を送っていたことを把握します。

そしてこの6台のVoLTE交換機をシステムから切り離したことで加入者データベースの負荷が軽減され、7月4日14時51分、無線設備の流量制御が解除されるにいたりました。

このように、通信障害の発生から収束にいたる経緯を丁寧に追っていくと、輻輳の本当の原因は3日の社長会見時点では特定できておらず、4日になってようやく発見されていたことが分かります。

3. 通信サービス約款に定められた利用制限・責任限定条項の適用

3.1 約款第52条による通信利用の制限規定

この一連のプロセスにおいて適用された約款上の手当てが、通信サービス約款に定められた「通信利用の制限」条項です。

電気通信事業者が提供するサービスには、通常であれば当然に24時間365日の提供義務があります。一方で、以下のようなケースでは、ユーザーの回線利用を制限できる条項が存在します。

  • 通信が著しく輻輳し全部を接続できなくなった場合または天災事変その他の非常事態が発生し、緊急通信を優先する場合(51条)
  • 51条に規定しない理由で通信が著しく輻輳した場合(52条)

今回のケースは、KDDIのメンテナンスに起因する輻輳ですので、52条を適用した利用制限が行われたことになります。大きな争点とはならないまでも、「通信が著しくふくそう(輻輳)」の「著しく」の水準は、利用制限の妥当性を考えるにあたり論点となりえます。

またユーザーの立場からすれば、今回の輻輳はユーザーによる過剰な接続等の外的な要因によるものでなく、KDDI自身によるメンテナンスの過程で自ら発生させた輻輳であったという点、本条項でユーザーが長期間・無条件に利用制限を受けることの妥当性について、異論もあるのではないでしょうか。

3.2 約款第74条による損害賠償責任の制限と重過失ケースの例外規定

では、そうした通信利用制限を行った結果、ユーザーに損害が発生した場合には、KDDIはどのような損害賠償責任を負うのでしょうか。

これについて、約款には「責任の制限」条項が設けられており、

  • 全く利用できない状態
  • 全く利用できない状態と同程度の状態

にあることをKDDIが認知してから24時間以上その状態が継続すれば、「24時間の倍数である部分」すなわち1日単位で、利用料に相当する額のみKDDIが賠償責任を負うこととされています(実質的には、障害期間に応じた利用料の一部返金)。

今回のケースではまず最初に、52条に基づく利用制限が行われていた状況が「全く利用できない状態と同程度の状態」に当たるかが論点となります。通話制限が必ずしも全回線ではなかったこと、とくにデータ通信に関しては端末によっては可能であったことなども踏まえると、文言解釈上は微妙な論点です。

また、74条5項には、「KDDIに故意または重大な過失があった場合には、この責任限定条項は適用されない」とも書かれています。この点、そもそも自己のメンテナンス作業で輻輳を発生させたこと、さらに輻輳の本当の原因を突き止めるまでに2日もの時間を要している点に、KDDIに「重過失」がなかったかも問題となります。

4. 公共的なサービスが約款に定める責任限定条項の有効性は広く認められがち

7月3日の社長会見で、KDDIは「いま一律に補償するということは回答を持ち合わせていない」と回答しています。74条2項に基づく損害賠償を一律に行うことに慎重な姿勢が垣間見られ、また少なくともKDDIに重過失はないと考えているようです。

こうした約款に基づく公共的サービスでの障害において、事業者側に重過失が認められるケースや、責任限定条項が無効とされるケースは多くありません。特に通信サービスについては、電電公社時代に89,000回線超の加入電話を不通にさせた世田谷ケーブル火災事件の先例(東京高裁平2・7・12)があり、旧公衆電気通信法109条が定める基本料の5倍を損害賠償責任の上限とする免責規定の有効性が認められています。こうした免責規定の有効性は、公共的なサービスであればあるほど許容される傾向にあります。

また、本件類似事案としては、

がありますが、いずれもこうした責任限定条項の存在を前提に、約款が定める「24時間」を超えるものではなかったことを理由として、損害賠償は行われませんでした。

5. 総務省も認識していたVoLTE通信の輻輳拡大・長期化リスク

加えて、法改正の経緯を辿っていくと、LTE方式の輻輳リスクについて、電気通信行政の主務官庁である総務省自身が一定程度認識・許容していたことをうかがわせる経緯を認めることができます。

平成24年〜25年にかけて、LTE方式の通信ニーズの高まりに応じ、通信端末の技術的基準を規定する「端末設備等規則」の改正が議論されています。このプロセスで、総務省は、本来なら端末設備等規則第32条の22により実装を義務付けるはずの「ふくそう通知機能」について、LTE方式についてはこれを不適用(実装義務を適用除外)とする「総務省告示第百四十七号」(VoLTE告示)を発令していました。

なぜ、総務省はLTE方式に限って、輻輳通知機能を不要としたのでしょうか?VoLTE告示の前提となる、情報通信審議会が総務省に提出した「『ネットワークの IP 化に対応した電気通信設備に係る技術的条件』のうち『IP 移動電話端末の技術的条件等』一部答申(平成 24 年 9 月 27 日)」を見ると、このような理由が書かれています。

 

輻輳通知機能があったからといって、必ずしも今回の大規模通信障害が防げたわけではないにせよ、こうした検討プロセスで総務省が「輻輳を助長・長期化させるかもしれないが、LTEについては輻輳通知機能は不要」とした事実を見るに、責任の一端は総務省にもあったのではないでしょうか。

「利用者への情報の周知が足りなかったのは遺憾であり、行政処分も辞さず」と述べる総務大臣。しかし、VoLTE通信の輻輳長期化リスクを十分に認識した上で「通知機能は不要」と判断した経緯、さらに近年は携帯キャリアに厳しい態度でコストダウンと値下げを要求してきた経緯もあります。その総務省が、今回の責任を行政処分をもってすべてKDDIに「転嫁」しようとするならば、疑問を感じざるを得ません。

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