医療行為同意書へのサイン、本当に大丈夫?

投稿日:

少し重たい話ではあるが、生きていればいつかは遭遇する「医療行為に対する同意書へのサイン」とそこで起きている法的問題について、自己の経験談も踏まえ、整理をしておきたい。

医療行為に対する同意要求は突然に

医療では、しばしば重めの決断がつきまとう。手術、美容整形、意識のない家族の治療、献血に至るまで、リスクの大小を問わず同意か拒否か という選択を迫られる。

抜歯程度の軽度な施術の時でさえ、これから起こる治療と痛みへの想像で相当身構えているのに、可能性ベースではあれ、予期せぬ後遺症の話をされると、さらに気持ちが後ろ向きになってしまう。「え、そんなリスク本当にあるの?発生確率は?」。突然、自身や家族が大病を煩い、同意だの拒否だの求められても、頭はそうそう追いつかない。

もう少し身近なところで言えば、

なんてこともある。不調の原因を思い込みで特定することや、それを放置するリスクも、患者側ではわかりにくい。

そんな状況で決断した選択が、後々自身の心に重くのしかかってくることだって、あるかもしれない。

医療行為への同意はなぜ必要?

なぜ医療行為に同意が必要なのか。医療における同意と法令の関係について、以下整理してみた。

傷害罪と正当行為

まず第一に、刃物や注射針等の医療器具を使って 医師が患者の体を侵襲することを適法化する 意味がある。

この点、弁護士であり医師でもある鈴木孝昭先生がパートナーを務める弁護士法人 MIA法律事務所の公式サイトにおいて、非常に明快な答えを発していた。

最も基本的なものとしては,医療行為を同意なく行うと,「傷害罪」(刑法204条)に当たるということが挙げられます。ただし,医療行為は有意義なことなので,実際には,正当行為(刑法35条)となります。この正当行為というために,「同意」が必要なのです。

自己決定権と説明義務

次いで、患者の自己決定権の保障 と 説明義務を果たすための動機付け の必要性も挙げられる。

世の中には、宗教上の理由により輸血を拒否するという人もいて、有名な判例がある。実際、各病院の公式サイトでは、宗教上による輸血拒否に対して記載をしている病院が多いように見受けられる。それだけ患者の自己決定が重視されていることの証でもあり、状況によってはリスクにもなっているようだ。

説明義務といえば、2014年に群馬大学医学部附属病院で起こった腹腔鏡手術による8人の死亡事故でも、様々な問題が発生していた。この手術に関しては、安全性も有効性も確立していない治療法だったようだ。加えて執刀医の技術も未熟だったという。

同大学の医療事故調査委員会報告書には、手術説明同意書に関し、以下の記載がある。

A医師は、当時院内で用いられていた、ほぼ白紙の「手術説明同意書用紙」に、主に、 病名、手術名、合併症名などを記入して説明し、それを患者に手渡すとともに、電子カル テにスキャンして取り込んでいた。しかし、他の治療方法や、手術を行わなかった場合等 については、ほとんど手術説明同意書に記入されていなかった。

加えて当初は、手術の影響が大きい1週間以内の死亡率に関しても1%と説明していたところ、その後1ヶ月で10%ほどと大きく食い違う説明を行っている。意思決定の前提・土台が完全に崩れていた。死亡率が1%か10%の差は、あまりにも大きすぎる。

患者が同意の判断を下すのに必要な猶予

しかも、その同意を得る際には、手術の前日または前々日に説明を行っていたようだ。

緊急性がどこまであったかなどの詳細は気になるところだけど、生死のかかった決断を患者が下すには、あまりにも短い猶予時間 に感じる。その上で、判断をするための情報すら不確かなのは、なんともやるせない話であり、説明の重要性が重要であるかも垣間見えた事件でもある。

今回の事件を引き起こした医師のスケジュールも報告書に記載されていたが、月曜から金曜まで朝の8時から、日付が変わるくらいまでの勤務することがあったようだ。土日も外勤や当直となっており、休みという文字は見えない。勤務医の多くが似たような環境であると聞くが、生死を左右する人の労働環境と考えると、恐ろしくもある。

ニュースで見聞きする、医療者側の時間が足りておらず現場はその長時間労働で成り立っているという現実が、この事件でも明らかになっている。

次世代医療基盤法による医療情報の活用と同意

少し余談気味にはなるが、医療情報を合理的に活用するための、次世代医療基盤法が施行された。

興味深かったのは、次世代医療基盤法は同意ベースではなく、拒否(オプトアウト)をベースにしている ところだった。利用するという通知を行い本人が拒否しない限りにおいては、認定事業者が利用できるオプトアウト方式。拒否することで意思を示すことになる。

同法では、個人情報の匿名加工をすることで、個人の権利利益の保護をしながらも、医療情報として活用することができるとしている。大臣による認定制度で安全性を担保し、加工基準も有り、違反した際の罰則も設けている。

僕は身体的に珍しい特徴があり、随分昔、その特徴を珍しがった医師が、僕の同意のもとでその部位を写真撮影をした。その写真は、とある医大の授業の資料として使われている。

身元が割れない限りで自由に使ってもらっている。その依頼をしてきたときに、とても申し訳無さそうに依頼があったことを今でも覚えている。自身の健康にも影響がないし、万が一、身元が割れても少し恥ずかしいくらいで済むはずだし、医療の発展に貢献できるならと提供をした。

科学的な根拠に基づいたデータは数があればあるほど、より質の高い医療、医学の発展に貢献してくれるはずだ。お互いにとって煩わしさがなく、医療に発展できるという意味では個人的には歓迎したい内容でもある。医療者にとって効率的になるのであれば、なおさらだ。

患者としての判断を少しでも納得のいくものにするために

群馬大学医学部附属病院の事件のように、ベースの情報が誤っている上、病院の倫理審査を受けるべきところをスルーして手術されてしまうといった特殊な状況では、非常に酷な話ではあるのだが、患者としてできることはほとんどない。では、僕たちがそうした医療事故に遭う確率を下げ、自分の同意について少しでも納得感を高めるために、何ができるだろうか

まず、どんなに小さな手術や治療においても、医師に対し、治療日程を前広に告知するよう求めたい。その上で、当日に治療内容や同意書に署名するのではなく、事前に同意書を取得しておき、最低限の情報収集や確認はしておきたいところだ。項目に対して質問した際のやりとりも文書化されていると、なお安心できる。

そうした文書や同意書を電子化し、紙では実現できなかったような、各同意項目に関してのリスク情報や類似例へのアクセスがサポートされるような体制づくりも、要求していくべきだろう。電子化がそうした場面でも進めば、次世代医療基盤への応用もしやすくなるはずだ。

また、多くの病院では、医療行為について同意した後でも、同意を撤回することができることを明確にしている。不安があるのであれば、撤回し時間を置いて考える選択も、常に頭に残しておきたい。

そんなちょっとした知識と経験、シミュレーションの積み重ねが、ゆくゆくは自身や大切な人を守ることになるかもしれない。

(写真・文 宗田)

契約のデジタル化に関するお役立ち資料はこちら