電子契約の運用ノウハウ

エンジニアも知っておくべき経産省AI契約ガイドライン(AI編)の要点—福岡真之介『AI開発のための法律知識と契約書作成のポイント』


AIを利用するシステム開発に関わるなら必読の経済産業省AI契約ガイドラインをコンパクトに解説。AI時代のエンジニアと法務を橋渡しします。

書籍情報

AI開発のための法律知識と契約書作成のポイント


  • 著者:福岡真之介(著)
  • 出版社:清文社
  • 出版年月:20200219

経済産業省AI契約ガイドライン(AI編)のベスト副読本

すでに何冊か刊行され今後も増え続けるであろう、AI開発契約に関する法律実務書。その中でも、エンジニアをはじめ法務以外の幅広い職種の方々に安心してお勧めできる のが、本書『AI開発のための法律知識と契約書作成のポイント』です。

その理由は大きく分けて2つあります。

(1)法律書でありながらエンジニアでも読む気になれる平易さ

経済産業省の「AI・データの利用に関する契約ガイドライン(AI編)」は、事業者が持ち込んだ具体的事例に沿ってIT法に詳しい専門家たちが法的ポイントをまとめ上げた、AI開発に関わる方なら一度は目を通しておくべき価値のある文書です。

しかし最大の難点が、ページ数にして170ページ・文字数15万7千文字を超えるボリューム。ふだん法律業務を職務とする者であっても、通読にはかなりの根気が必要です。

本書はその組み立てを大きく変えず、大きな論点を落とさずに文字量を約5分の1に、それでいて読みやすさを2倍以上に高めた書籍にリフォームされています。文字の大きさ・見出し番号の付け方・改ページ・余白の取り方などから、読者に圧迫感を与えないことを最優先に構成 されたことが伝わってきます。

福岡真之介『AI開発のための法律知識と契約書作成のポイント』P50-51
福岡真之介『AI開発のための法律知識と契約書作成のポイント』P50-51

(2)経済産業省「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」(AI編)の中心メンバーが執筆した安心感

著者である西村あさひ法律事務所 福岡弁護士は、経産省AI契約GL策定プロジェクトにおいて、AI班の主査を務めていらっしゃった方です。

本書の多くの記述が同GLをベースとし、今後契約交渉においても同GLの共通理解が前提となるところ、GL作成当事者の中心メンバーがその要点をまとめてくださったとあって、読んでいて絶対的な安心感 があります。

https://www.meti.go.jp/press/2018/06/20180615001/20180615001-4.pdf 2020年3月16日最終アクセス
https://www.meti.go.jp/press/2018/06/20180615001/20180615001-4.pdf 2020年3月16日最終アクセス

非法律家でも知っておきたい基礎的な法律知識を抽出

本書は、経産省AI契約GLと同様、前編が法律知識編 / 後編がモデル契約解説編として構成されています。

経産省GLは、特に前半部の法律知識編の書き振りが緻密すぎた感があります。その反省からか、本書では図表を軸に、その図表を理解するために必要となる最低限の法律用語・知識を解説していくような組み立てになっています。

AI開発契約においては、「学習済みモデル」と「学習済みパラメータ」に関する著作権法の理解とあてはめ が重要になります。GLはその性格上回りくどい言い回しになりがちで、ポイントがはっきり読み取りにくい部分があるのですが、

  • 学習済みモデルを「推論プログラム+学習済みパラメータ」と定義
  • 推論プログラム部分については、OSSへの依存度が低ければという条件付きで、プログラムの著作物として保護される
  • しかし学習済みパラメータについては、現時点では判例なく不明確であるものの著作権は生じない可能性が高い(少なくともデータベースの著作物にはあたらない)

と、直球で解説。自らが作るソフトウェアでどのような権利が発生するかをエンジニアが理解するためには、これくらい結論が明快なほうが助かります。

加えて、GLでは解説が端折られていたOSSと著作権の関係に言及 されているのも、本書の良い点です。

TensorFlow(Google)やPyTorch(Facebook)などのOSSを使ったAI開発が多くを占める現状で、法務がこれを理解せずに開発契約の著作権処理を論じていても、ナンセンスです。

モデル契約をベースに実務で使える対案を追加

難しいGLをやさしく噛み砕くことに注力する前半と対照的なのが、後半のモデル契約解説編です。

基本は経産省AI契約GLのモデル契約に忠実に、しかし著者がGL編纂当時に書き足りなかった要素を「経産省モデル契約からの変更点」として付け加えていて、その内容がとても実務的です。

一例として、私がAI開発契約をベンダー / ユーザーどちらの立場でレビューするにも必ず確認する2つの条項について、経産省GLとの差異を見てみましょう。

損害賠償条項の上限に関する修正案

まず真っ先に確認するのが、損害賠償条項です。

GLのモデル契約と現実とは異なり、ほとんどの開発会社が請負金額を損害賠償額の上限(キャップ)とする条文を付け加えてくる現実があります。ベンダーにとっては必須、一方ユーザーとしてはそのような上限は排除したいのですが、「上限をつけたい」「いやはずしてくれ」と相手方にリスク押し付けあっているだけでは、交渉は妥結しません。

それを解決する一つのアイデアとして、本書では故意重過失の除外に加え、秘密保持義務など あらかじめ特定する債務で損害が発生した場合には上限を外す という修正条文案を提案しています。

福岡真之介『AI開発のための法律知識と契約書作成のポイント』P235
福岡真之介『AI開発のための法律知識と契約書作成のポイント』P235

特許権等の帰属に関する修正案

もう1点が、著作権以外の知的財産権、特に特許権の処理についてです。

GLのモデル契約では、原則発明者主義とした上で貢献度に応じた持分割合での共同発明が前提となっているのですが、これでは貢献度を決める段階での紛争を予防することはできず、本質的解決とはなりません。

本書では、特許分野に応じて権利の帰属先を分離する、興味深いアイデアと修正条文案が提示されていました。

福岡真之介『AI開発のための法律知識と契約書作成のポイント』P227
福岡真之介『AI開発のための法律知識と契約書作成のポイント』P227

本書に索引がなかったのが非常に残念ではありますが、執筆者の安心感に、読みやすさと実務的な提案が揃った、AI開発契約の入門書としてどなたが読んでもハズレのない一冊です。

(橋詰)

契約のデジタル化に関するお役立ち資料はこちら

こちらも合わせて読む

電子契約の国内標準
クラウドサイン

日本の法律に特化した弁護士監修の電子契約サービスです。
さまざまな外部サービスと連携でき、取引先も使いやすく、多くの企業や自治体に活用されています。