電子契約の当事者表示に住所の記載は必要か

紙の契約書では、当事者を示す欄に、氏名・企業名とは別に住所を書く欄があります。では、電子署名やドメイン名と紐づく電子契約でも、この住所欄は必要なのでしょうか。
本記事では、法的根拠と実務上の注意点を整理します。
目次
結論:法律上の必須ではないが、住所は記載・確認しておくのが望ましい
電子契約でも、当事者表示に住所を記載・確認しておくことをおすすめします。電子署名による真正の推定を得るために住所そのものは必須ではありませんが、契約相手を確実に特定し、万一の紛争・訴訟に備えるうえで、住所の確認・記録には実務上のメリットがあるためです。
以下、その理由を順に見ていきます。
なぜ紙の契約書では住所を併記するのか
そもそも紙の契約書で、氏名・商号とは別に住所を併記してきたのはなぜでしょうか。
理由は、氏名・商号だけでは契約当事者を一意に特定できない場合があり、「そのような契約には合意していない」と後から主張されるのを防ぐためと考えられます。
個人の場合
個人の氏名には同姓同名が多く存在するため、氏名だけでは相手を特定しきれないことがあります。
一方、同じ住所に同姓同名の人物が住んでいることは通常ありません。住所と氏名を組み合わせることで個人を特定し、別人と取り違えたという主張を避けられます。
企業の場合
企業にも同様のリスクがあります。商号は原則として自由に選べます(商法第11条第1項)。また商業登記の実務では、ある商号が他人の既登記商号と同一で、かつ本店所在地も同一である場合は登記できませんが、逆に言えば、所在地が異なれば同じ商号でも登記は可能です(商業登記法第27条)。
つまり、同じ商号の会社が別の場所に存在しうるため、企業との契約でも、住所(本店所在地)と商号を組み合わせて相手を特定し、登記簿と照らして確認しておく必要があります。
なお、不正の目的で他人と誤認されるおそれのある商号・名称を使うことは禁止されています(商法第12条第1項、会社法第8条第1項)。
住所を記載する際の実務上のルール
実務上、契約書に住所を記載する際には、以下の公的なルールや基準を意識することが重要です。
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個人の場合: 原則として「住民票上の住所」(印鑑登録証明書に記載された住所)を記載します。同姓同名の別人と誤認される余地を完全に排除するため、アパート・マンション名、部屋番号まで一切省略せずに記載してもらうのが鉄則です。
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法人の場合: 必ず「登記簿謄本(履歴事項全部証明書)に記載されている本店所在地」を正確に記載します。
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本店所在地と実際の稼働オフィスが異なる場合: 会社の移転手続きの遅れなどにより、登記上の本店と実際の活動拠点が異なる場合でも、契約相手を登記簿から一意に特定するために「本店所在地」の記載は崩せません。実務上は、登記上の本店所在地を記載した上で、実際の本社所在地(または連絡先住所)を併記しておくのが安全です。また、民法第24条(仮住所の選定)に基づき、「本契約に関する行為については、本記載の連絡先(仮住所)を法律上の住所とみなす」という合意形成をしておくことも非常に有効な解決策となります。
契約書内の「通知条項(みなし到達条項)」が機能しなくなるリスクについて
実務において、住所の有無が最も深刻に影響を及ぼすのが、取引相手との間でトラブルが発生し「契約解除」や「債務履行の催告」といった意思表示を郵送で行う局面です。
多くの契約書には、トラブル時の迅速な対応と意思表示の不達を防ぐため、「本契約に関する通知は、署名欄に記載の住所宛てに発送するものとする」という規定や、相手が受け取りを拒否・遅延した場合に備えて「通常到達すべき期間(例:発送後2日後)が経過した時点で到達したものとみなす(みなし到達条項)」という通知条項が設けられています。
もし電子契約の署名欄に一切住所が書かれていないと、いざ相手方が不誠実な対応をして連絡が取れなくなった際に、「どこの物理的な住所宛てに解約通知や督促状を郵送すればいいのか」が書面から判断できなくなってしまいます。結果として、意思表示を適法に到達させることが困難になり、契約解除の手続きが進められないという重大な法的リスクが生じます。
ドメイン情報(WHOIS)だけでは住所を特定しにくくなっている
「インターネット上の住所」に例えられるドメイン名の情報(WHOIS)から、相手の所在地を特定できないか、という考え方もあります。かつてはWHOISで登録者の名称や所在地を確認できる場合がありました。
しかし現在は、個人情報保護の流れを受けて、公開されるWHOIS情報の範囲が大きく変わっています。
- .com など海外管理のドメイン(gTLD)
ICANNのGDPR対応(2018年〜)により、登録者の氏名・住所・電話番号といった連絡先は、公開WHOIS上では原則として非表示(マスク)です。たとえば弊社の bengo4.com もこのgTLDにあたり、現在は登録者の住所をWHOISから直接読み取ることは基本的にできません。 - .jp ドメイン
管理元であるJPRS(日本レジストリサービス)の方針により、汎用JP(個人が取得するものを含む)などでは登録者の連絡先が原則非公開です。一方、co.jp のような組織向けの属性型JPドメインでは、登録組織名や所在地が公開されているケースもあります(最新の公開範囲はJPRSの案内をご確認ください)。
このように、ドメインの種類によって公開範囲は異なり、特に主流の .com では住所をWHOISから特定しにくくなっています。ドメインやメールアドレスだけで契約相手の所在地まで特定できるとは限らないため、契約書に住所を記載・確認しておく意味はむしろ大きくなっています。
訴訟になった場合、住所は結局必要になる
契約に関する紛争が訴訟に至った場合、裁判手続きの上でも住所が必要になる点は、契約実務として意識しておきたいところです。
訴状の記載事項は民事訴訟法第134条第2項が定めており、「当事者及び法定代理人」などを記載することとされています。その「当事者」を具体的にどう書くかを定めているのが民事訴訟規則第2条第1項第1号で、「当事者の氏名又は名称及び住所」を記載するものとされています。つまり、住所の記載は規則のレベルで求められている事項です。
なお、令和5年(2023年)2月に施行された改正民事訴訟法において、「住所・氏名等の秘匿制度」が創設されたことに伴い、それまで第133条に定められていた「訴え提起の方式」が現在の第134条に繰り下げられています。古い解説書等では旧条文(133条)が引用されていることも多いため、条文を引用・参照する際は、最新の条文にあたるように注意してください。
相手の住所が分からない場合には公示送達(民事訴訟法第110条)という手続きもありますが、訴訟を円滑に進めるためには、住所はいずれ必要になる情報です。契約の時点で確認しておくべき事項といえます。
法律上は、住所は「真正の推定」の要件ではない
一方で、文書が本人の意思で作成されたと推定される「真正の推定」を得るために、住所が必須とされているわけではありません。
- 紙の私文書は、本人(またはその代理人)の署名または押印があれば、真正に成立したものと推定されます(民事訴訟法第228条第4項)。
- 電子文書も、本人による電子署名が行われていれば、真正に成立したものと推定されます(電子署名法第3条)。
いずれも住所を要件とはしていません。したがって、ドメイン名のように本人性を強く推認させる情報があれば、住所が絶対に必要とまではいえない、という整理も成り立ちます。
ただし、前述のとおり個人では同姓同名、企業では同名企業の可能性を完全には否定できません。また、主流のクラウド型(立会人型)電子署名が電子署名法上の電子署名として扱われる要件については、総務省・法務省・経済産業省が公表した「利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵と暗号化技術により電子署名を行う電子契約サービスに関するQ&A(令和2年9月4日)」でも整理されています。本人性をより確実にし、相手の取り違えを防ぐ観点からは、住所もあわせて確認・記録しておくのが安全です。
インボイス制度や税務上の実務観点からの補足
また、2023年10月に開始された「インボイス制度(適格請求書等保存方式)」の観点からも実務上のメリットがあります。
国税庁が定める適格請求書の必須記載事項において、発行者の住所は必須項目に含まれていません。インボイス制度上は「発行事業者の氏名または名称」および「登録番号」があれば、住所を省略しても仕入税額控除の適用が法的に認められています。
しかし、税務調査において取引の「実在性」を強固に証明することや、電子契約書とその他の請求書・領収書の間で本店所在地や連絡先情報の整合性を保ち、税務当局からの不要な指摘や疑義を避けるためにも、登記簿通りの正確な住所を契約書に記載・合意しておくのが、ビジネス上の堅実なリスク管理と言えます。
まとめ
電子契約においても、当事者表示に住所を記載・確認しておくことをおすすめします。
- 住所は、電子署名による真正の推定の要件ではない
- しかし、個人・企業ともに氏名・商号だけでは取り違えのリスクが残る
- WHOISの非公開化により、ドメイン情報だけで住所を特定するのは難しくなっている
- 訴訟になれば、住所は結局必要になる
紙の契約書と同様に、相手の混同を主張される余地をできるだけ減らし、確実に契約相手を特定するために、住所も確認・記録したうえで電子契約を締結するのがよいでしょう。
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出典・参考
この記事を書いたライター
弁護士ドットコム クラウドサインブログ編集部
