電子契約の運用ノウハウ

電子契約の当事者表示に住所の記載は必要か


紙の契約書の当事者表示欄には、氏名・企業名を記載する欄とは別に住所欄があります。インターネット上の住所表示にも例えられるドメイン名が電子署名と紐づけられた電子契約においても、この住所欄を設ける必要はあるのでしょうか?

「電子契約でも住所欄は設けている」が42:1で多数派

企業法務でも古くから電子契約のヘビーユーザーである @katax さんが、「ドメイン名で相手方を特定できる電子契約において、住所欄は必要か」という興味深いアンケートをとっていらっしゃいました。

https://twitter.com/katax/status/1099560361630457856
https://twitter.com/katax/status/1099560361630457856

42:1で住所欄を設けるという回答が多数を占め、さらにその42%の回答者の約8割が「住所欄は実務上必要性あり」との選択肢を選んでいます。

結論としては、@kataxさんご指摘のとおり、ドメイン名を登録している法人については住所欄は必要なさそうだという点は同意ですが、契約相手方の確認を徹底し万が一の訴訟にも備えておくという意味で住所欄は設けておいたほうがよいのでないかと考え、以下整理をしてみました。

氏名・商号だけでは契約当事者を特定できない可能性

電子契約特有の事情を考える前に、紙の契約書において、当事者表示欄に氏名・商号とは別にわざわざ住所を併記しているのはなぜ なのでしょうか。

それは、氏名・商号だけでは、契約当事者を一意に特定できない可能性があり、それにより、「こんな契約に合意はしていない」と主張されるのを避けるためであると考えられます。

(1)個人の場合

まず、個人の氏名に関しては、どなたも想像しやすいでしょう。

日本には姓と名のバリエーションがそれぞれ数多く存在しますが、それでも 同姓同名は多く存在するため、氏名だけでは相手を特定できない リスクがあります。

しかし、通常は同じ住所に同姓同名の人物が住んでいることはありません。よって住所と氏名の組み合わせにより個人を特定し、同姓同名の別人と誤って契約した(と契約相手方から主張される)可能性を排除しておく必要があります。

(2)企業(商人・会社)の場合

同じリスクが企業についても存在します。商人・会社は、商号を自由に選定できる という原則があり(商法11条1項)、また商業登記法上も、

  • その商号が他人によってすでに登記された商号と同一であり、かつ
  • その営業所(本店)の所在場所が当該他人の商号の登記に係る営業所の所在場所と同一であるとき

は登記することができないものの、逆に言えば、同じ住所でなければ同じ商号での登記も不可能ではない からです(商業登記法27条。ただし、商法12条1項、会社法8条1項では不正の目的をもって他の商人・会社であると誤認されるおそれのある名称・商号を使用してはならない旨の罰則付き規定あり)。

よって、取引の安全のためには、個人だけでなく企業との契約においても、住所(本店所在地)と商号の組み合わせで相手方を特定し、商業登記簿等と照らし合わせて確認しておく必要がある、というわけです。

ドメイン名が持つ情報で企業の特定は可能

では、インターネット上の住所表示にも例えられるドメイン名が持つ情報によって、個人や企業を一意に特定することは可能なのでしょうか。

企業のドメインの例として、弊社弁護士ドットコム株式会社のドメイン情報を見てみましょう。

弁護士ドットコム株式会社のドメイン情報
弁護士ドットコム株式会社のドメイン情報

確かに、@bengo4.com のドメインは、東京都港区六本木4-1-4の弁護士ドットコム株式会社名義で登録がされています。このドメインを含む メールアドレスと電子署名が紐付いていれば、それ以上の特定は必要がない、とも言えそうです。

また、個人の場合には、自らドメインを取得している個人は圧倒的に少数派です。一般には、プロバイダやクラウド事業者が提供するメールサービスを用いて電子契約を締結することが多いことからも、住所と氏名の併記は必要となりそうです。

訴状には「氏名又は名称及び住所」が必要

さらにもう一点、契約上の紛争が発生した場合に行き着く終着駅である 裁判所の手続上、住所がいずれにせよ必要になる という点も、契約実務上は意識しておく必要があるでしょう。

特に、訴状を作成する際には、「氏名又は名称及び住所」が必要的記載事項として定められています(民事訴訟法133条、民事訴訟規則2条1項1号)。

第二条 訴状、準備書面その他の当事者又は代理人が裁判所に提出すべき書面には、次に掲げる事項を記載し、当事者又は代理人が記名押印するものとする。
一 当事者の氏名又は名称及び住所並びに代理人の氏名及び住所
二 事件の表示
三 附属書類の表示
四 年月日
五 裁判所の表示

住所不明の場合の公示送達といった手続きはあるものの、実効的な訴訟遂行のためには、住所はいずれ必要となる情報であり、契約時点においても当然に確認しておくべき事項と言えます。

結論:「電子契約の当事者表示にも住所はあったほうがよい」

民事訴訟法上も電子署名法上も、私文書・電子文書の真正の推定効を得るためには「本人の署名又は押印」「本人による電子署名」があればよく、住所が必要とされているわけではありません。よって、ドメイン名のような契約相手方の本人性を強く推認させる情報があれば、住所が必須ということにはならないともいえます。

しかし、今回見てきたように、個人との取引においては同姓同名の人物が存在する可能性があり、企業との取引においても、商業登記法上は同名企業が存在する可能性は否定できません。

紙の契約書で取引をスタートする場合と同様、契約相手方の混同を主張される可能性をできる限り排除し、確実に契約相手方を特定していざというときに訴訟を円滑に遂行するためには、住所も確認し記録した上で電子契約を締結したほうがベター であると考えたほうがよいでしょう。

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(橋詰)

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