契約に関する事例・判例・解説

「東京2020チケット購入・利用規約」が想定していなかった「無観客」開催


新型コロナウイルスの影響により東京オリンピックが中止となった場合、チケット購入者に返金がなされるのか?規約の解釈を巡り不安視する声が出ています。

「新型コロナによる中止は不可抗力であり払戻しはしない」とするオリ・パラ組織委員会

東京オリンピックに関して、先日このメディアではIOCと東京都との「開催都市契約」について分析しましたが、こんどは2020年3月18日付朝日新聞で、チケット購入・利用規約に関するこんな話題が物議を醸しています。

五輪チケット、規約上払い戻しは不可 コロナで中止なら

新型コロナウイルスの感染拡大を理由に東京オリンピック(五輪)・パラリンピックが中止となった場合、大会組織委員会が定める観戦チケットの購入・利用規約上、払い戻しはできない見通しになっていることが18日、大会関係者への取材でわかった。
組織委は規約で「当法人が東京2020チケット規約に定められた義務を履行できなかった場合に、その原因が不可抗力による場合には、当法人はその不履行について責任を負いません」と明記している。(中略)大会関係者によると、新型コロナウイルスが原因で中止となった場合、この規約の「公衆衛生に関わる緊急事態」にあてはまるという。

この懸念が本当なのか、「東京2020チケット購入・利用規約」の条文を見てみましょう。

チケットを販売するオリ・パラ組織委員会は、規約4条により、チケット保有者のために座席等を用意して「セッション」と呼ぶ大会競技を観覧させる義務を負います。

その一方で、組織委は本規約上自らの裁量により、

  • セッションの延期(37条1項)
  • セッションの中止(39条1項)

をすることができる強い権限をもちます。

延期等のスケジュール変更については、組織委は「損失の責任を負わない」としながら、中止にまでいたった場合には、39条3項の特約により、チケット購入者への払戻しを行うと定めています。

冒頭の朝日新聞の取材対象となった大会関係者は、中止の原因が規約1条(22)に定義される「不可抗力」に当たれば、規約46条により、組織委は39条3項の払戻し義務を負わない と言っていたのでしょう。

「無観客」開催だけが想定されていなかった東京2020チケット購入・利用規約

このような、本規約上の払戻義務と不可抗力の定めに関する組織委員会の見解について、

  • 民法419条3項により、金銭債務については不可抗力免責は認められない
  • 消費者契約法10条により、規約自体が無効となる

といった専門家からの意見もあります。

他方で、先ほども挙げた39条3項をよく読むと、もう一つの疑問が浮かび上がってきます。それが、払戻しをしない前提条件となる「セッションが中止された場合」の解釈についてです。

ここでいう「セッション」の定義を確認すると、規約1条(7)により以下のように定められています。

これを39条3項にあてはめて解釈すると、競技やセレモニーは中止せずに「無観客」開催となった場合には、払戻条件を定めた39条3項の「セッションが中止された場合」には該当しない ものと読めてしまいます。

そうすると、セッションが無観客で実施される場合を想定したであろう文言はほかに見当たりませんので、37条の原則論に戻り、中止でない以上は「(組織委は)責任を負いません」 となります。

もちろん、無観客開催の場合に組織委が一切払戻し・返金をしないという結論自体が妥当かは別問題です。しかし問題は、「東京2020チケット購入・利用規約」が延期や中止のケースだけでなく、無観客開催のケースも想定して作成されていれば、払戻し条件の定めや「セッション」の定義はこうは書かれなかっただろう点にあります。

延期・中止を回避できない場合の規約上の備えは万全か

世界における新型コロナウイルスの影響はおさまる気配が見えず、7月に迫る東京オリンピックの開催を危ぶむ声は日に日に強まっています。

延期・中止・無観客開催のいずれとするのか、経済への打撃を最小限にするために早期の決定が望まれるところですが、現状政府および小池都知事は予定通りの開催を頑なに主張してきました。

https://youtu.be/L32WqacmxSU 2020年3月19日最終アクセス
https://youtu.be/L32WqacmxSU 2020年3月19日最終アクセス

中止は開催都市東京都と日本にとってもっとも経済的なダメージが大きく、延期は調整コストが高すぎIOCをはじめその他のスポーツ利権にも望まない結果を招くならば、予定通りのタイミングに無観客で大会を開催するという可能性 も大いに考えられます。

なぜなら、仮にチケットの払戻しを行なったとしても 900 / 6300億円、全体予算の14%に過ぎないためです。

そして先日の記事でもご紹介したとおり、開催・不開催・開催の場合の具体的方法に関する決定権は、開催都市東京都でもオリ・パラ組織委員会でもなく、IOCにあります。

IOCが延期または中止の決断を下すのをこのまま待つのか。それとも、現状の規約を改訂し無観客開催によって生じる解釈の疑義を解消しておくのか。開会式予定日の7月24日まで、残された時間はそう多くありません。

(橋詰)

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