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「押印についてのQ&A」が説く契約のニューノーマル


脱ハンコを推進すべく、内閣府・法務省・経済産業省が連名で「押印についてのQ&A」を発信。押印に関する民事訴訟法上の取扱い、効果とその限界、代替手段としての電子署名サービスの利用等について整理しています。

内閣府規制改革推進会議が生んだ具体的成果物

6月19日金曜日の日経新聞電子版掲載記事をきっかけに、ビジネスパーソンや法曹関係者の間で話題になっている文書があります。内閣府、法務省、経済産業省の3府省から連名で発信された「押印についてのQ&A」と題する5ページの文書です。

主要4経済団体から押印を義務付ける法令と慣行の見直しが強い要望として上がっていたことを受け、内閣府の規制改革推進会議において繰り返し議論されていたこのテーマ。その法的論点について整理を試みるとともに、これまで押印慣行を牽引してきた行政自らが「押印の効果は限定的」であることを明言した ものです。

https://twitter.com/cao_japan/status/1273852032277860354?s=20 2020年6月22日最終アクセス
https://twitter.com/cao_japan/status/1273852032277860354?s=20 2020年6月22日最終アクセス

この文書の意義とポイントを、以下3点に分けて整理をしてみたいと思います。

その1:民事訴訟法の解説書としての意義

まず一つに、本文書だけで押印に関する法律知識をコンパクトに学べる解説書となっている 点です。

  1. 文書の真正な成立とはどういう状態か
  2. 形式的証拠力と実質的証拠力の違い
  3. 二段の推定の意味と、それが絶対的なものではないこと

これらは、企業法務を担当しているか、法学部等で民事訴訟法を学びでもしない限り知ることのない知識です。この文書を見ての法務関係者の反応として、「こんな当たり前のことを、今さら発信したのはなぜ?」といったものが多く見受けられましたが、一般人が文書の真正な成立を争う瞬間に立ち会うことなどなく、知らないこと自体は無理もないことかと思います。

ビジネスシーンに限って言えば、電磁的な証拠を残すことの重要性が認識されるにつれ「押印がなくとも文書の真正な成立は立証できる」ことは認識されていました。しかしながら実際には、行政はおろか民間においても過剰な押印慣行が見直されることはなく、むしろ押印による二段の推定と推定効の存在が、そうした慣行の維持を正当化するための口実として使われる場面は、決して少なくありません(例として、日本経済新聞2020年5月30日朝刊5面「電子契約の効力 法的リスクも」)。

今回、政府が中立な立場でこうした知識をわかりやすく解説したことで、身近な押印慣行が単なる惰性でやっていたものか本当に必要不可欠なものかを見極めるよい機会 を与えてくれたことは間違いなさそうです。

https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/publication/document/200619document01.pdf 2020年6月22日最終アクセス
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/publication/document/200619document01.pdf 2020年6月22日最終アクセス

その2:契約のニューノーマル提案書としての意義

2つ目が、ニューノーマルな時代の契約締結とその証拠化の方法として、押印を代替する具体的手段を複数提示している 点です。

押印にこだわる必要はないと言いながら、では具体的にどういったものに置き換えられるのか、その代替手段の提示がなければ混乱を生じさせるだけです。その点について本文書では、

  • 契約の瞬間のスナップショットだけでない、その前後を含むコンテクスト(文脈)の記録の重要性
  • メール・PDFの保存、本人確認情報の記録、2経路認証、電子署名サービス等の活用法

を説き、押印をも上回る証拠力を担保する方法を提案しています。

この点、さすがにメールだけでは面倒・不安を感じ証拠力担保のために電子契約サービスを導入しようとしても、合意文書としての電子ファイル単体では合意形成経緯が時系列で確認できないサービスや、当事者全員の合意が揃った最後のタイミングのみをスナップショット的に電子署名するものも少なくありません。

今後は より厳密に誰が・いつ・何に同意したかのコンテクスト(文脈)を記録し、しかもそれが独立したファイル単体で確認できるサービスが選ばれるようになる でしょう。

当社側の承認内部統制の記録のみならず、相手方の承認経路・転送履歴を含めたワークフローを電子署名とともに記録
当社側の承認内部統制の記録のみならず、相手方の承認経路・転送履歴を含めたワークフローを電子署名とともに記録

その3:行政の電子化推進血判状としての意義

3つ目が、内閣府・法務省・経済産業省の3者が連名で発信している という点です。特に、内閣府と経済産業省だけでなく、もっともこのテーマに二の足を踏んでいたであろう法務省が協調したというのは、革新的な出来事でした。

その一方で、文書や契約書の電子化というテーマに本来であれば関わるべきはずのいくつかの省の名前がないことにも気づきます。特に疑問を感じたのは、法務省・経産省とともに電子署名法を所管する3省の一つであるはずの総務省が、この文書に名前を並べていない点です。2020年5月12日付規制改革推進WGの答弁などを見ると、電子認証サービス事業者が構成員となった業界団体等とのこれまでの議論の積み重ねもあり、そこへの配慮が頭をよぎった面もあるのでしょう。

続く5月22日のWGでヒアリングを受けている国土交通省と金融庁も、不動産業や銀行業等における根強い押印慣行を支持してきた役所です。今回の文書に名前を連ねていないこうした官公庁が変化をはじめる時、日本の脱ハンコに向けたスピードがさらに加速することは間違いありません。

電子署名法所管3省の中でなぜか名を連ねなかった総務省
電子署名法所管3省の中でなぜか名を連ねなかった総務省

紙と押印によるアナログで追跡不能な「スナップショット」の記録だけが過大評価された時代が終わり、テクノロジーを活用した「コンテクスト(文脈)」の記録を尊重する時代へ

振り返れば、2020年4月の竹本大臣による「しょせんは民民の話」発言からはじまり、長い道のりになるかと思われた契約のニューノーマルが、多数の民意に支えられた規制改革推進会議の強力なリーダーシップによって実現されようとしています。

画像: SeventyFour / PIXTA(ピクスタ), kazukiatuko / PIXTA(ピクスタ)

(橋詰)

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