サインページのPDF交換で契約する商慣習とその法的証拠能力

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英文契約業務に携わる法務パーソン必見。この記事では、サイン(署名)ページをPDFで交換して契約する商慣習について、法的証拠能力の根拠と、発生しうる実務的問題点をまとめました。PDF交換契約をなあなあで済まさないために取るべきアクションが分かります。

サインページをPDFで交換するだけで契約は有効に成立するか?

外国企業との契約締結で最も厳格な方法は、

というものです。さらに慎重を期す場合、完成した原本2通が同一の内容であり合意した最終版とも一致していることを、クロージングセレモニーで相互確認することもあります。

しかし、特に欧米の企業はこのような厳格な手順を望まず、契約内容に合意した後にサインページのみ印刷して双方の権限者が署名を行い、それをスキャンしたPDFファイルを相手方と電子メールで交換して締結を完了させる ことが多くあります。

佐々木毅尚=久保光太郎編『電子契約導入ガイドブック[海外契約編]』(商事法務、2020年)P132では、米国ではそれがむしろ一般的 であるとさえ説明されています。

米国の実務上、企業間取引で最も多く利用されている方式は、契約書の締結版の署名ページのみをプリントアウトして手書きで署名し、それをスキャンしてPDF等の電子ファイル化したものを交換する方法である(略)
なお、実際に行った署名(署名ページ)と、署名の対象(契約全体)が論理的に関連づけられている必要がある。そのため、各署名ページにはどの契約書の署名ページであるかが分かるような記載を追加し、署名後は当該署名ページを契約書の締結版に差し込んで1つのPDFファイル等に結合し、契約締結の相手方にEメールで送付する方法が採られることが一般的である。

書籍情報

電子契約導入ガイドブック[海外契約編]
  • 著者:佐々木毅尚/著 久保光太郎/著
  • 出版社:商事法務
  • 出版年月:20201014

外国企業には押印文化もありませんし、物理的な距離もあるので、このような方法を提案されて受け入れている日本企業は多いはずです。筆者の所属先も、PDFサインページ交換を受け入れています。

果たして、このようなサインページPDF交換による契約でも、法的に問題は生じないのでしょうか?

サインページPDF交換方式の証拠能力を担保するCounterparts条項

このようなサインページをPDF交換する方法で契約を締結する実務は、米国契約法上、有効なものとして認められています。

ただし、以下のサンプル条文に示すように、Counterparts Clauseと呼ばれる一般条項に、電子データを原本同等に扱う旨を明記して合意しておく 必要があります。

Counterparts条項のサンプル

Counterpartsとは、ある書面に関する完全なコピーのこと です。日本の契約用語でいう「副本」に近いニュアンスを持ちます。

PDF交換がまだメジャーでない時代のCounterparts条項は、単に契約当事者分の通数契約書を作成する旨を規定するための、どちらかといえば目立たない一般条項でした。ところが、PDF交換を原本として取り扱うことが通例となった今では、後述する理由により、非常に重要な条項となっています。

以下は、黒河内明子ほか『第2版 実務英文契約書文例集』(日本加除出版、2017)P47で紹介されるCounterparts条項のサンプルです。

Artilcle XX Execution in Counterparts
This Agreement may be executed in two counterparts, one signed by each Party, and the two counterparts together shall constitute one complete Agreement. [A facsimile or electric (scanned) version of an original counterpart shall be given the same effect as the original counterpart.]

第XX条 契約書の締結
本契約書は2通作成され、それぞれ1通が各当事者によって署名され、2通併せて完全な契約書を構成する。[ファクシミリ又は電子的データにより送信された各契約書は、原本としての効力を有するものとする。]

書籍情報

第2版 実務 英文契約書文例集
  • 著者:黒河内 明子/著, ムーン・キ・チャイ/著
  • 出版社:日本加除出版
  • 出版年月:20170705

Counterparts条項が証拠能力を持つロジック

原本ではなく、こうした Counterpartsが証拠能力を持つロジック について日本語で詳しく解説した書籍として、瀬川一真『米国適用法下における商取引契約書』(大学教育出版、2019)P148があります。

証拠法においては、訴訟における書面の証拠については原則として原本の提出が要求されており(Best Evidence Ruleという)、副本の提出は所定の要件を満たした場合に限り許容される。
そのため、一方契約当事者がCounterpartsを訴訟における証拠として提出した場合、対立するほかの契約当事者は、Counterpartsは前契約当事者の署名が直接付されたものではないため原本には該当せず、副本としての提出に関する要件を満たす必要がある旨主張することも理論上は可能かのように思われる。しかし、当事者間においてあるCounterpartsが原本に該当する旨合意している場合、その合意は証拠法上も有効なものとして取り扱われるところ、Counterparts Clauseはまさしくこの「Counterpartsが原本に該当する旨合意している場合」に該当するものである。
従って、Counterparts Clauseを含む契約書の「Counterparts」については、いわゆる原本としての提出が認められているといえる。

書籍情報

米国法適用下における商取引契約書
  • 著者:瀬川一真/著
  • 出版社:大学教育出版
  • 出版年月:20190320

さきほど紹介したサンプル条文では、「(スキャンされたものを含む)電子的データ」と広く記載されており、クラウドサインのように電子署名されたPDFも、原本として取り扱われることとなります。

なお、米国契約法上の電子契約の法的有効性に関する専門的見解については、サウスゲイト法律事務所監修ホワイトペーパー「米国におけるクラウド型電子署名の有効性について をご参考ください。

日本企業が安易に欧米流PDF交換方式に合わせることの問題点

これだけ電子契約が普及しつつある日本でも、残念ながらまだ「製本した紙に押印して交換」することにより契約を締結することにこだわる企業は少なくありません。しかし、外国企業からPDF交換方式を依頼されると、多くの日本企業はいともたやすくその慣習に従う傾向にあります。

社内規程を盾に「紙とハンコ」を相手に強制しながら、相手が外国企業なら違う方法をすんなり受け入れるのは矛盾するように見えますが、どのようにして正当化しているのか、疑問です。

以下、サインページPDF交換方式を安易に受け入れることで発生しうる問題点 について、いくつか挙げてみたいと思います。

契約締結をサインページPDF交換で済ませる欧米の慣習と、外国企業の依頼に安易に応じる日本企業

社内規程を逸脱する

多くの日本企業、特に外国企業との取引量が少ない場合は、社内規程で契約書への締結権限者による押印を義務付けており、原本の取扱いについても一定のルールを定めていることが一般的です。

そうすると、「サインページのPDF交換」だけで契約締結を完了させるのは、社内規程を逸脱する ように思われます。

これを放置するのは内部統制上問題がないとは言えません。電子契約でも同じ問題が生じている昨今、PDF交換方式にも対応させた規程変更を急ぐべきでしょう。

サイン証明書を取得しなければ誰のサインか確認できない

筆者の所属先を含めて多くの日本企業は、外国企業との契約において「その署名が本当に権限ある代表者ものか」を確認しませんが、押印や日本人がする(フルネームの)自署と違って、外国人の署名は、名前が書いてあるのかさえ判別できないことがほとんどです。本人が面前で署名をしてくれるケースでもなければ、本当に本人が行ったサインかは分からない ケースがほとんどではないでしょうか。

こうした署名が本人のものであるかを確認する手段として、印鑑証明書に相当するサイン証明書 があります(関連記事:サイン証明書とは—外国企業との契約における署名確認手段)。筆者は、法律事務所に勤務していた頃、登記申請の必要書類として当たり前のようにサイン証明書をリクエストし、提供してもらっていました。

日本において、外国人のサイン証明書が必要になる具体的な場面は、その外国人が代表取締役に就任するときです。

などに書いたサインが本人のものであることを証明するために、法務局に提出します。法令上は市町村長作成の印鑑証明書が必要なケースで、これを提出できない外国人に用意された措置です(平成28年6月28日付法務省民商第100号民事局長通達)。

サイナー(署名者)に契約締結権限があるか分からない

日本の法人印鑑届出制度は、会社の代表者のみを対象としています。そのため、印鑑証明書の印影と一致する印章の持ち主が、その会社の代表権を持っていることが確認できます。一方、他国にはそのような制度はないため、サイナー(署名者)に契約締結権限が本当にあるのかは、サインを見ただけではわかりません。

その上、CEOがサインするケースも多くないのが実情で、日本でいう部長級の肩書きに相当するVP(Vice President)等がサインをすることもあります。そのため、サインの偽造リスクだけでなく、無権代理リスクについて、押印以上の注意が必要 です。

前述のサイン証明の取得以外の偽造リスクおよび無権代理リスクの回避・低減策として、飛松純一・金丸祐子編著『海外取引の「困った」に答える企業法務の初動対応Q&A』P25では、

  1. 取引相手方の経営者・署名予定者等との事前の面談
  2. 代表権限の表明(保証文言)
  3. 委任状(Letter of Attorney/Power of Attorney)の取得
  4. パスポート署名の確認
  5. 立会人の準備

このような対策を取ることが推奨されています。

書籍情報

海外取引の「困った」に答える企業法務の初動対応Q&A
  • 著者:飛松純一/著・編集 金丸祐子/著・編集
  • 出版社:中央経済社
  • 出版年月:20200630

原本がないために最終版がどれかわからない

法務実務面では、サインページのPDF交換では原本が作成されないため、交渉や締結作業に関わっていなければ、どれが最終版であるか判断しにくい という問題もあります。

上記のとおり、『電子契約導入ガイドブック[海外契約編]』によれば、アメリカでは、署名後はサインページを差し込んだ完全版を作成して相手方に送付することが一般的だそうですが、筆者の経験ではサインページの交換で終わり、完全版を作成しないことが多かったです。手元には以下の書類がバラバラで存在することになり、当事者が最終合意したバージョンがどれか、交渉した関係者でなければわかりません。

筆者は、担当者から相談があれば、「これを全部セットでPDFにして相手方に完全版として送って確認を依頼し、自社ではこのセットを紙で原本として保管してください」と依頼するのですが、完全には遵守されておらず、結果、原本(最終版)の所在がわからず捜索に苦労する可能性があります。筆者はこれを複数回経験しました。

改ざん(差替え)されるかもしれない

サインページの交換だけで締結を完了させてしまう場合、契約締結後の内容の改ざんや不正な差替えのリスク も想定されます。

日本では、袋とじをし契印や割印によりそのリスクに対応します。外国企業との取引でも、上記で紹介したように全ページに全当事者のイニシャルを付すことで対応することができます。

しかし、サインページの交換だけでは、上記のとおり「最終版は交渉担当者にしかわからない」ということが起き得ます。万一改ざんがあっても、「これが合意した最終版である」と主張される可能性があり、交渉担当者が退職していたりすると改ざんの立証は困難です。

サインページの交換後には、本文の最終版と統合させた完全版を作成して相手方に送付しておくべきでしょう。

サインページPDF交換方式を代替する電子契約のメリット

「サインページのPDF交換」は欧米では普及した方法ですが、今の日本企業の対応方法ではリスク管理が不十分であることは否めません。また、重要な契約の締結にあたって、押印の場合は代表印・印鑑証明書・袋とじ・契印などを求めるのに、PDF交換方式では一切の確認をしないというのも、アンバランスです。

かといって、サイン証明書の取得をはじめ、より手間のかかる手段を相手方に求めるのも時代の流れに沿いません。そこで、電子契約の利用が有力な解となります。

サインページのPDF交換を電子契約に移行すれば、以下のようなメリットが期待 できます。

(文:いとう・橋詰、イラスト:いとう・TarikVision / PIXTA)

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