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イーロン・マスクの衛星インターネット「スターリンク」の利用規約が宇宙視点すぎる

イーロン・マスクの衛星インターネット「スターリンク」の利用規約が宇宙視点すぎる

この記事では、衛星インターネットサービス「スターリンク」が定めるサービス利用規約に書かれた、他ではなかなか見られない珍しい条項を取り上げて紹介します。宇宙視点の一文が入った同社利用規約は、将来のリスクを真剣に考えた利用規約なのか?はたまたウケ狙いなのでしょうか?

イーロンマスクの「スターリンク」利用規約の準拠法・紛争解決条項がすごい

電気自動車製造業テスラの経営者として、さらに最近ではSNSサービスのtwitterを買収したことでも話題のイーロンマスク。その彼が経営するもう一つの企業「スペースX」が世界で展開しているのが、低軌道周回衛星を使った双方向衛星インターネットサービス「スターリンク(STARLINK)」です。

このスターリンクが、2022年10月より日本(東京以北から北海道南部の一部。現時点で西日本は対象外)でサービスの提供を開始しています。

スターリンク、日本でサービス開始。アジア初(Impress Watch)

従来の高軌道衛星を使った通信に比べ、遙かに軌道が低い低軌道衛星を使うため、低遅延な通信が可能なのが特徴。レイテンシ(遅延)は20ms、下り速度は100~200Mbps程度としており、オンラインゲームも楽しめるとアピールしている。
持ち運び可能な専用の地上アンテナを使うことで通信の届かない山間部などでも高速なインターネット回線を利用出来る。地上で大規模なインフラが不要なため、通信インフラが破壊されたウクライナにイーロン・マスクCEOがアンテナを大量に提供したことで話題になった。

すでに正式サービスを開始しており、公式ページには利用規約をはじめとする契約条件を閲覧できる状態となっていますが、その利用規約中の条項の一つが、ネット上で話題になっていました。

月までは「地球(日本)ルール」で、そこから先は「火星ルール」で紛争を解決

スターリンクの利用規約が「すごい」と話題となったのは、日本ユーザー向けSTARLINK利用規約第12条の「準拠法及び紛争」条項の書きぶりが理由です。

12. 準拠法及び紛争
地球上もしくは月面上で又は地球もしくは月の周りの軌道上で提供される本サービスに関して、本契約及び本契約に起因又は関連する当社との紛争(以下「本紛争」といいます。)は、日本法に準拠し、同法に従って解釈され、東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とします。火星上で又はStarshipその他の宇宙船で火星への移動中に提供される本サービスに関して、両当事者は、火星が自由な惑星であること、また地球上の政府が火星の活動に対して権限又は支配権を持たないことを認識しています。したがって、当該紛争は、火星移住時に、誠実に確立される自治の原則によって解決されます。

この条項を分解すると、地球(日本)ルールと火星ルールに分けて紛争解決を図ることを合意する規約となっています。

  1. 地球上または月面上(それぞれの軌道上を含む)で提供されたサービスに関する紛争:準拠法を日本法とし東京地裁で解決
  2. 火星上または火星への移動中に提供されたサービスに関する紛争:「火星移住時に誠実に確立される自治の原則」で解決

このうち、1で定める月面・月軌道における紛争解決ルールを日本法・東京地裁管轄としているのもなかなか大胆(特に、東京地裁がそれをすんなり受け付けてくれるかは見もの)ですが、それ以上に目を引くのは、火星上・火星への移動中の紛争解決ルールが「自治の原則」とされている点でしょう。

現時点で定まっていない火星ルールを紛争解決の基準として合意してしまうのはなんとも大胆です。一方、確かにその前の一文にもあるとおり、「地球上の政府が火星の活動に対して権限又は支配権を持たない」のは、たいていのサービス利用者の了解事項でしょうから、私的自治に委ねるのは自然かもしれません。

現状は火星ルールが適用されるシチュエーションなしで一安心?

しかし、ここで冷静に利用規約をはじめから読み直してみると、以下の前文から始まっていることに気づきます。

お客様の、双方向衛星インターネットサービス(以下「本サービス」といいます。)並びにStarlinkのアンテナ、WiFiルーター、電源及びマウント(略)に関するご注文は、この日本向けStarlink契約の諸規定(以下「本利用規約」といいます。)に従います。

そもそもこの利用規約は「日本(より正確には、東京以北から北海道南部の一部)向け」のStarlinkの利用ルールを定めたものだという点がポイントです。

これとあわせて、3.3条には、指定を受けていない国や移動中の端末利用を禁止する条文もしっかりと規定されています。

3.3 指定を受けていない機器及び国での移動中の利用の禁止
お客様は、Starlinkがお客様の特定の本キットのモデル/マウントを移動中に利用できるものと指定し、利用する国において必要な全ての移動中の使用に関する許可を得ている場合を除き、移動する車両又は船舶への本キットの設置又は移動する車両又は船舶での本キットの利用は禁止されています。許可を受けていない本キットによる又は国における車両又は船舶(自動車、小型トラック、RV、ボート等)で移動中の本サービスの利用は禁止されており、お客様の本キットの限定保証は無効となり、本利用規約第7.6条に基づくお客様とStarlinkとの本契約の解除事由となる可能性があります。移動中に利用できるものと指定を受けたStarlinkキットのモデルに関する詳細については、https://www.starlink.com/specificationsをご覧ください。

このように、利用者が月・火星やそこへの移動中に端末やサービスを用いることが認められていない以上、そもそも解釈を争うような紛争も発生しえませんし、仮に発生したとして、そのような場所でサービスについて何らかの請求をスターリンクに対して行うこともできないことが前提です。

こう見てみると、話題となった12条の「地球(日本)ルール」「火星ルール」の準拠法・紛争解決条項は、宇宙サービスを提供するスペースXらしい「洒落」「エンターテインメント」の一つとして定めたのではないか?というのが筆者の見立てです。

一方で消費者契約法上有効性が懸念される条項も

その一方で、新しい消費者向けサービスの利用規約をこのタイミングで定めるにあたり、地球上(日本)での法的有効性について気になる条項も存在します。それが8.3条の「責任の制限」条項です

8.3 責任の制限
Starlinkは、本キットの設置、修理、撤去その他の関連サービスに起因する特別損害、付随的損害、派生的損害、懲罰的損害、間接的損害、営業権もしくは営業利益の喪失、収益の喪失、業務停止、データの喪失もしくは破損、コンピューター障害、データセキュリティ違反、故障又は損失もしくは損害について一切責任を負わないものとします。個別の請求又は全ての請求の累計に対する本利用規約に基づくStarlinkの責任総額は、責任を生じさせた請求の前の6か月間に、お客様が本利用規約に基づきStarlinkに支払った総額を超えないものとします。本項に規定される制限は、Starlinkが当該損失又は損害の可能性を通知されたか又は認識していたかにかかわらず、また、請求が契約、制定法、不法行為、厳格責任、過失その他のコモンロー上又はエクイティ上の請求又は理論に基づいて主張されたかにかかわらず、本契約、本サービス又はStarlinkキットに起因又は関連する請求又は損害(懲罰的損害を含みます。)に適用されます。但し、制限が、両当事者が契約により制限することのできない適用される強行法規に違反する場合を除きます。(これに反するいかなる規定にもかかわらず、第7.3条は、Starlink、その代表者又はその従業員の故意又は重大な過失による行為に起因する賠償責任には適用されないものとします。)

この条項は、故意・重過失によって発生した損害をも一切免責する条項と読めますが、日本の消費者契約法では、このような定めは無効となる可能性が高いものとなります(消費者契約法8条2項)。

さらに、この8.3条が消費者契約法によって無効となった場合に備えて、13.2条には以下のような分離可能性条項も存在します。

13.2 分離可能性
本契約のいずれかの条項が、何らかの範囲で無効、違法又は執行不能である場合、当該条項は、かかる無効性、違法性又は執行不能性の範囲で除外されるものとします。本契約のその他全ての条項は、完全に有効に存続するものとします。

このように利用規約の条文中に免責の範囲が不明確な(免責範囲が最大限広く解釈可能と読める)条項をあえて置くことで、消費者からの責任追求を回避する根拠とし、事業者らが本来負うべき責任を限定および最小化しようとする条項を、サルベージ条項と言います。しかし、2023年6月1日の改正消費者契約法の施行によって、こうしたサルベージ条項を定めると、その免責条項全体が無効となることが確定しています(関連記事:サルベージ条項規制とは?利用規約の免責条項を無効化する令和4年改正消費者契約法への対応)。

地球のルールに従って利用規約を修正しましょう

特にグローバルなサービスでは、このようなサルベージ条項がそのまま日本向けにも残っているケースがあり、2023年6月1日の改正消費者契約法施行日までに対応が必要な企業は少なくありません。

話題となった準拠法・紛争解決条項に、はっきりと「日本向けサービスを(地球上で)利用する場合は、日本法が準拠法となる」と定めたのはスターリンク自身なのです。イーロン・マスクといえども、日本法に従って2022年6月までにサルベージ条項とみなされる条件を修正し、ユーザーから改めて同意を得ておく必要がありそうです。

イーロン・マスクにも、ぜひ当社が提供する規約・同意情報管理サービス「termhub(タームハブ)」をご利用いただきたいと思います。

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この記事を書いたライター

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弁護士ドットコムクラウドサイン事業本部リーガルデザインチーム 橋詰卓司

弁護士ドットコムクラウドサイン事業本部マーケティング部および政策企画室所属。電気通信業、人材サービス業、Webサービス業ベンチャー、スマホエンターテインメントサービス業など上場・非上場問わず大小様々な企業で法務を担当。主要な著書として、『会社議事録・契約書・登記添付書面のデジタル作成実務Q&A』(日本加除出版、2021)、『良いウェブサービスを支える 「利用規約」の作り方』(技術評論社、2019年)などがある。

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