契約に関する事例・判例・解説

タレントの移籍制限付契約と独占禁止法


2月中旬に第一報があった際は、あまり話題になっていなかったこのニュース。

▼芸能人の移籍制限を見直し 音事協、契約書ひな型修正へ
https://this.kiji.is/336830986557572193

芸能プロダクションで構成する日本音楽事業者協会(東京)は15日、国内の多くの芸能事務所が採用し、ひな型となっている「統一契約書」を見直すと発表した。
(略)
現行の統一契約書は、所属タレントが契約更新を希望しない場合でも、1回に限って事務所側の意向で契約を更新できる条項がある。この削除や改定を予定している

ここ数年、能年玲奈さんやSMAPをはじめとする複数の大物芸能人が移籍・独立を巡って所属事務所とトラブルになり、メディアに取り沙汰された経緯もありました。

このような世情を反映して、公正取引委員会の「人材と競争政策に関する検討会」がまとめた報告書に、芸能事務所とタレントとの契約慣行について、独占禁止法の観点から問題視するコメントが入ったため、さすがに業界団体である日本音楽事業者協会(音事協)として、対応をせざるを得なくなったということのようです。

契約期間が終了しても,既存の提供先である発注者の一方的な判断により専属義務を含む役務提供に係る契約を再度締結して役務提供を継続させる行為が,芸能事務所と芸能人の間の契約において行われる場合がある。
(略)
役務提供者が今後事実上移籍・転職ができなくなるほどの程度である場合,その不利益の程度は相当大きい。 また,契約期間終了後は再契約をしないとの意向を示した役務提供者に対して,それを翻意させるために,発注者が役務提供者に対して,報酬の支払遅延や業務量の抑制などの不利益な取扱いをしたり,悪評の流布等により取引先変更を妨害し再度契約を締結させたりするといった行為についても,不利益の程度がより大きくなる場合がある。
(「人材と競争政策に関する検討会 報告書」P34脚注より)

ここまで槍玉に挙げられているのを見ると、音事協作成の「専属芸術家統一契約書」なるものを見てみたくなります。しかし残念なことに、音事協のウェブサイトやインターネットをくまなく探しても、それらしい契約書が見当たりません。

なんとかこれを入手できないかと、この業界の実情に詳しい方に取材したところ、2007年時点の「統一契約書」の写しがすでに絶版となっている書籍に掲載されていることを教えていただき、確認することができました。

書籍情報


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著作権ビジネス最前線


  • 著者:久保利英明/著 内田晴康/著 横山経通/著
  • 出版社:中央経済社
  • 出版年月:2007-07

問題となっている条文が、この統一契約書の第5条です。

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第5条(契約の期間)
1. この契約の期間は、____年__月__日から____年__月__日までの満__年間とします。
2. 甲または乙が、前項の期間の満了する3ケ月前までに、契約を更新しない旨の書面による通知をしないときは、この契約は自動的に期間満了の翌日から前項の期間と同一期間更新されるものとします。その後の期間満了時においても同様とします。
3. 乙が前項の更新しない旨の通知をした場合でも、甲は、甲乙間の契約の存続期間を通じて1回に限り、第1項の期間と同一期間の延長を求めることができます。甲が期間の延長を請求するときは、乙からの更新しない旨の通知を受けとった後14日以内に書面により行うものとします。

3項に、確かに移籍制限条項らしき文言が記載されています。1項の「満__年間」の表記を見る限り、少なくとも1年間以上の契約期間が設定されているはずですが、その契約期間が終わって、乙=タレントが「事務所を辞めたい」「独立・移籍したい」と甲=芸能事務所に要望しても、事務所はそれを無視して改めて同じ年数働き続けるよう強制できるとも読める条文です。

業界団体のひな形でこれだけの強いトーンになっているということは、各事務所において設定される契約条件の実態は、さらに厳しいものとなっているのかもしれません。

芸能界におけるタレントとは労働法で守られるべき労働者なのかそれとも個人事業主なのか。企業が消費者や労働者を支配してきた時代から、個人がエンパワーメントされる時代を迎えた現代において、企業と個人との契約はどう変わって行くのか。究極の労働者とも、個人事業主とも言えるタレントの契約に対し、独占禁止法は適用されるのか。本メディアとしても引き続き注目していきたいと思います。

トップ画像:
ワンセブン / PIXTA(ピクスタ)

(橋詰)

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