電子契約の基礎知識

電子契約入門—第1回:はじめに・「紙の契約書」の役割(前提知識その1)


島田法律事務所パートナー弁護士 圓道至剛先生執筆による「電子契約入門」をスタートします。本連載記事を順を追ってお読みいただくことにより、押印と比較した電子署名のメリット・デメリット、契約の電子化に関する法律知識や留意点を正確に学ぶことができます。

はじめに

本連載記事は、著者が2021年8月に実施した電子契約に関するセミナーの配付資料をベースとして、より一般的な内容となるように加筆して作成するものです。

そもそも著者が電子契約に関わりを有するようになったのは、金融機関が(後に説明する)当事者署名型電子契約を用いて融資契約を電子化する準備作業に2013年頃から関与するようになったことがきっかけでした。その後も、電子契約事業者が2015年頃から日本においても提供するようになった(後に説明する)事業者署名型(立会人型)電子契約について、もし訴訟となった場合に裁判所に対して電子契約サービスの内容をどのように説明するかといった点などに関する「理論武装」のお手伝いをしたり、電子契約の導入を検討する企業・組織等の支援をしたりという形で、継続的に電子契約との関わりを有しています。

本連載では、上記の各種の電子契約との関わりを通じて得た知見等を踏まえて、できるだけ(クラウドサインをはじめとする事業者署名型(立会人型)電子契約に偏ることのない)ニュートラルな視点から各種電子契約について説明することを試みていますので、電子契約について基礎知識を整理し、実務上の留意点を確認する上で、一定程度、皆様のお役に立つものであろうと考えております。

なお、本連載では、電子契約を導入し利用する上で必要となる、主に法的な事項の説明を行うこととしており、技術的な事項は(著者の能力の限界もあって)必要な範囲で限定的な言及をするに留めておりますので、その点をご承知おき下さい。

また、本連載において示される意見は、著者個人の見解であって、所属する組織等を代表するものではないことを念のため申し添えます。

なぜ「紙の契約書」による契約から説き起こすのか

本連載は、電子契約について説明することを主目的としていますが、連載第1回と第2回では、電子契約について正しく理解するために必要不可欠な前提知識として、電子契約と対比される概念であるところの、従来型の「紙の契約書」による契約について説明します。

具体的には、連載第1回では、「紙の契約書」の役割(なぜ「紙の契約書」を作成するのか)を説明し、また、連載第2回では、なぜ「紙の契約書」に押印をするのかを説明することとします。

ところで、上記部分では、電子契約について正しく理解するためには「紙の契約書」による契約について理解する必要があるということを、所与のこととして述べましたが、この点を考えてみましょう。

そもそも、なぜ、電子契約について正しく理解するために、「紙の契約書」による契約について理解する必要があるのでしょうか。

それは、電子契約について正しく理解するためには、電子契約のリスクの所在とそのリスクのコントロール方法を正確に把握する必要があるところ、そのためには(電子契約の導入以前に一般的に利用されているところの)「紙の契約書」による契約のリスクの所在とそのリスクのコントロール方法を理解し、これと対比することが有用であるためです。

そもそも、(詳細は後述しますが)「紙の契約書」による契約にも、契約の相手方当事者から契約の成立を事後的に争われるなどの様々な潜在的なリスクはある訳ですが、それでもそのリスクは実務上受容されており、「紙の契約書」による契約は一般に利用されています。

そうであれば、電子契約についても、「紙の契約書」による契約と同様にそのリスクを受容可能と言えるのであれば、十分に利用可能といえるはずです。そうであるにもかかわらず、電子契約の導入支援をしていると、いくつかの企業において、電子契約のリスクを洗い出した上で、「リスクがあるなら電子契約の導入は止めておこう」という反応を示すケースがあります。しかし、電子契約に対してのみ「ゼロリスク」を求めるのはおかしな話であって、およそリスクがあるなら使わないというのであれば、「紙の契約書」による契約も利用できないことになりかねません。

一般に、リスクは、効用(利便性)との対比において相対的に「受容可能か」を検討すべき対象であって、無くそうとすべき対象ではない点に注意が必要です。リスクを無くそうとすると、思考停止状態に陥ってしまい、「何もしない」ことを選択するか、あるいはリスクを正確に把握しようとせずに盲目的に安全だと思い込もうとする「安全神話」とでもいう状態になってしまうので、注意が必要です。

「紙の契約書」の役割

(1)「紙の契約書」は契約の成立要件ではない

それでは、まず、「紙の契約書」の役割を見ていきましょう。

そもそも、私法上、契約は原則として当事者の意思の合致により成立するとされています(民法522条1項参照)。そして、契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しないとされているところです(民法522条2項)。

すなわち、法令に特別の定めがある場合を除いては、「紙の契約書」がなくても、当事者の意思の合致のみによって、契約は有効に成立するのであり、たとえ口頭合意のみであっても契約は有効に成立するのです。

ここで例外である「法令に特別の定めがある場合」の例として、保証契約のケースが挙げられます。すなわち、保証契約については、口頭合意だけでは契約は有効に成立せず、書面又は電磁的記録による契約が必要とされています(民法446条2項・3項)。

なお、私法上の契約ルールは上記のとおりですが、契約について実際に紛争が生じて裁判になった場合、「紙の契約書」が作成されることが当然であるような重要な契約については、当該契約を口頭合意のみで締結したとしても、裁判所が当該口頭合意をもって「最終的」かつ「確定的」な合意であったとは認めてくれないというリスクがあるので注意が必要です。

例えば、100億円の金銭消費貸借契約を口頭合意で締結したと契約の一方当事者が主張・証明して、双方当事者の外形的な口頭での発言が証拠上認められる場合であっても、相手方当事者が「冗談であった」と説明しているようなケースでは、裁判所が相手方当事者の外形的な口頭での発言をもって「最終的」かつ「確定的」な合意が形成されたと認める判断をする可能性は低く、100億円の金銭消費貸借契約が(法的拘束力を有する形で)締結されたと裁判所が認める可能性は乏しいものと考えられます。

(2)「紙の契約書」は「証拠」である

さて、上記のように、原則として、「紙の契約書」の作成は、契約の成立要件ではなく、「紙の契約書」がなくても契約は有効に成立する訳ですが、そのような場合であっても、なお「紙の契約書」を作成することが通常であると思います。

それでは、なぜ「紙の契約書」を作るのでしょうか。

それは、「紙の契約書」は、後に契約の存在や契約の内容を(契約の相手方や第三者から)争われた場合における「証拠」として役立つからです。

なお、ここでいう「第三者」として、例えば、税務署などが考えられます。税務署が、課税の観点から過去のある取引の存在や内容を否定しようとする場合に、契約書があれば、当該取引の存在や内容を証明するための「証拠」として役に立つことになります。

コラム:押印に関する基本的な用語の意味

本連載を理解する前提として、押印に関連する基本的な用語の意味を理解しておく必要があります。本コラムでは、各用語に続けて、株式会社岩波書店『広辞苑(第七版)』の示す一般的な語義を示した上で、補足説明を記載します。

用語 岩波書店『広辞苑(第七版)』 補足説明
「押印」 「印判を押すこと。捺印。」 作成名義人の意思により作成された文書であることを証するために、作成名義人の印章を文書に押捺する行為を「押印」といいます。
「捺印」 「印判をおすこと。また、おした印。押印。」 押印の旧来の言い方であり、「捺」の文字が昔の「当用漢字表」に含まれていなかったために、押印という用語が使われるようになったと言われています。
「印章」 「印。判。はんこ。」 印材を成形し文字を刻んで作成した押印に用いる道具を「印章」といいます。なお、「判子」は、印章の通称ですので、書面に記載する場合には「印章」の用語を用いる方が良いでしょう。
「印影」 「紙などに捺された印のあと。」 文書に印章を押捺することで付着する痕跡を「印影」といいます。
「印鑑」 「(「鑑」は、見分けるしるしの意)①(省略)②あらかじめ市町村長や銀行その他取引先などに提出しておく特定の印影。印の真偽判定に用いる。③印。印章。判。」 日常用語では、③の用法で、印章と同じ意味で「印鑑」ということがありますが、②の用法を理解しておく必要があります。「印鑑登録証明書」という場合の「印鑑」はこの②の意味です。)
「実印」 「市区町村長に届け出て、必要の際に印鑑証明書を求めうる印章。一人一個に限られる。」 法人の実印の場合には、法務局に届け出ることになります。
「認印」 「①当事者が承認したことを示すために押すはんこ。みとめ。②個人の印章で実印以外のもの。苗字などを彫刻して、重要でない事柄に使う。見印。」 ②の意味での「認印」が重要です。実印以外は、皆、認印ですので、例えば「銀行届出印」も、実印とされているものでなければ、認印の一種であるということになります。

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著者紹介

圓道 至剛(まるみち むねたか)

2001年3月 東京大学法学部卒業
2003年10月 弁護士登録(第一東京弁護士会)
2009年4月 裁判官任官
2012年4月 弁護士再登録(第一東京弁護士会)、島田法律事務所入所
現在 島田法律事務所パートナー弁護士

民事・商事訴訟を中心に、金融取引、不動産取引、M&A、日常的な法律相談対応などの企業法務全般を取り扱っている。

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