契約に関する事例・判例・解説

SaaS・サブスクリプションビジネスの利用規約—MoneyForward編


会計・給与・経費精算等の管理系システムを提供するフィンテックSaaS、MoneyForwardの利用規約を分析。「お金」の取扱いに深く関わるサービスということもあって、曖昧さを徹底的に排除した厳密な表記が際立ちます。

MoneyForward利用規約「『マネーフォワード クラウド』利用規約」の全体像

MoneyForwardの利用規約のポイントをピックアップする前に、全体を眺めてみましょう。

同社の利用規約の構造を見る上でまず抑えておきたいのが、一般的なウェブサービスではあまり見かけない第4条の「銀行法に基づく〜」という規定。お金を扱うサービスということで、最低限ユーザーに対し明示しなければならない事項が法定 されているためです。

利用規約序盤にあるこの第4条で法律上の最低限の義務を果たした上で、それを肉付け・拡張していく構成となっています。

条番号 見出し 内容・キーワード
第1条 総則・適用範囲 契約当事者の確認、個別規定又は追加規定との優先関係
第2条 定義 用語定義
第3条 本サービスの内容 サービス概要説明、非保証
第4条 銀行法に基づく電子決済等代行業に係る表示等 電子決済等代行業に課された表示義務事項(提供主体・損害賠償・苦情・登録番号・手数料ほか)
第5条 契約者の登録 アカウント登録ルール
第6条 契約者の登録情報の変更 登録情報の変更手続き
第7条 ユーザーID及びユーザーパスワードの管理 みなし本人確認、ID盗用時のMF側免責
第8条 利用プラン プラン選択、プラン変更手続き
第9条 利用料金 事前に通知することにより改定、利用料金の改定既存の契約者に対し旧利用料金の適用を認める移行期間、遅延損害金年14.6%
第10条 本サービスの利用 国内利用限定、セキュリティ維持協力義務、金融機関とのファイナンス契約等の代理ではないこと
第11条 事業グループの設定 事業グループ(連結子会社等を契約当事者に準じた存在として組み入れる)設定
第12条 事業グループへの招待 事業グループ招待プロセス
第13条 禁止事項 禁止事項
第14条 契約者の退会 退会時残期間に対応する利用料金は発生
第15条 サービス継続性保証 稼働時間を99.5%以上維持、1ヶ月間の「使用不能時間」が3.6時間を超えた場合月額固定課金料金の20%返金
第16条 データバックアップ 遠隔地保管を含めて3重に保管、原則として毎日、データ等が消失する可能性を予め承諾
第17条 データバックアップの対象外 無料プランの契約者はバックアップ対象外
第18条 サービス利用停止又はアカウント削除 ユーザーの契約違反による利用停止とアカウント削除
第19条 本サービスの変更、中断、中止、追加及び廃止等 サービスの変更、追加、廃止
第20条 権利の帰属 MF知的財産の保護、ユーザー知的財産の無償ライセンスと非侵害保証
第21条 登録情報の管理等 登録情報の管理責任、個人番号の登録保存期限の管理責任
第22条 情報の利用等 匿名加工データ及び統計データの作成・利用、第三者開示、Google Analytics利用
第23条 反社会的勢力の排除 反社条項
第24条 損害賠償 ユーザーの損害賠償責任
第25条 保証の否認及び免責 非保証、税理士業務・公認会計士業務でないことの確認、過去1年間の利用料金総額を上限
第26条 サービス利用契約の有効期間 有効期間
第27条 規約改定 通知後の利用継続をもって改定みなし同意
第28条 連絡・通知 電子メールまたはウェブサイト掲示によるみなし通知
第29条 本規約上の地位の譲渡等 ユーザーによる地位譲渡禁止、MFによる地位譲渡の事前承諾
第30条 分離可能性 分離可能性
第31条 存続条項 存続条項
第32条 準拠法及び合意管轄 日本法、東京地裁専属合意管轄
第33条 協議解決 協議義務

なお、条数は前回紹介したSansanのものと条項数こそほぼ変わらないものの、文字数は2倍近くとなる24,037字。これは、日本のウェブサービスの中の利用規約の中でもトップクラスのボリューム です。

MoneyForward利用規約の特徴

文字数が多いと聞くと、事業者のリスクだけをヘッジするような文言がひたすら並べられた規約を想像しますが、その内容は必ずしも事業者都合ばかりを振りかざしたものではなく、顧客に対し真摯かつ緻密にリスクを説明しようとした結果であることが分かります。

(1)サービス内容とSLAを本文中にわかりやすく定義

緻密さの一例が、サービス内容とSLAを、別ページへリンクで飛ばす方式ではなく利用規約本文に記している 点です。利用規約ではまったく触れられていないか、書いてあってもかなりあっさりとした記述であることがほとんどのSaaS規約の中では、かなり異質な存在といってよいでしょう。

具体的には、第3条に『マネーフォワード クラウド』を構成する会計・給与・経費精算といったソフトウェアごと、およびAPIでできることの概要を、

https://biz.moneyforward.com/agreement 2019年6月23日最終アクセス
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そして第15条には、SLAとして保証稼働率「99.5%以上」を、稼働率の定義の詳細とあわせて本文に直接書き込んでいます。

https://biz.moneyforward.com/agreement 2019年6月23日最終アクセス
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(2)緻密さが特に際立つデータバックアップ規定

さらに緻密さが際立つのが、クラウド上にアップロードされたユーザー情報のバックアップ責任について述べた第16・17条です。

16条では、バックアップを遠隔地を含め3重に、かつ原則毎日行うことを規定し、万が一システムが稼働しない際にはそのデータをCSV等で提供するプロセスが規定 されています。

https://biz.moneyforward.com/agreement 2019年6月23日最終アクセス
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とはいえ、つづく17条では、事業者としての責任は抜け目なく免責することも忘れていません。それでも、ユーザーからは「このような義務に則りバックアップ体制が敷かれているのであれば、事故が起こっても全データがロストするということはないはずだ」と信頼されるのではないでしょうか。

(3)既存顧客への対応実務に配慮した料金改定条項

BtoB SaaS事業者としての 顧客対応実務に配慮したこまやかな一面 も、規約の文言から垣間見ることができます。それが、料金改定について定めた第9条2項のこの部分です。

https://biz.moneyforward.com/agreement 2019年6月23日最終アクセス
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一般に、SaaSの料金改定のセオリーは、「更新にあたって値上げを通知し、ユーザーが契約を更新することをもって値上げへの同意を確認する」というもの。ところが、このマネーフォワードの規約では、契約更新とは無関係に通知で料金改定が行えるというものになっています。

当社は、当社が必要と判断した場合、契約者へ事前に通知することにより、利用料金の改定をすることができるものとします。当社が利用料金を改定した時点以降契約者が利用を継続した場合、当該契約者は、改定後の利用料金を異議なく受け入れることを表明したものとみなします。

一方で、既存顧客に対しては、料金改定日をもって一律に値上げといった強引な対応をとらない可能性も残しています。

ただし、当社は、当社の裁量で、既存の契約者に対し、旧利用料金の適用を認める移行期間を設けることができるものとします。

条件を画一化できる利用規約のメリットを前提としながら、法人営業の場面で必ず必要となる顧客属性に応じたきめ細やかな対応をも両立 させる、手の込んだ規定です。

(4)「事業グループ」という新しい契約当事者概念を採用

もう一点、上記の緻密さとは異なる観点で、これまでの利用規約では見られなかった新しいアイデアが採用されています。それが「事業グループ」という契約当事者概念です。

SaaSを利用していると、管理者のアカウント配下に子会社や関連会社のユーザーをぶら下げて、グループでユーザーを管理したいというニーズがしばしば発生します。しかし、法人が違えば、法的には契約主体も異なります。そして、システム上(事実上)は一つの契約でグループ利用してしまっている一方で実態は複数の法人で共同利用している、という事態が発生するわけです。

この点、本規約では 「事業グループ」という概念を採用し、一定の手続きを経て管理者アカウントの配下に別法人をぶら下げることを認め、その責任をグループ管理者に負わせる構成 としています。

https://biz.moneyforward.com/agreement 2019年6月23日最終アクセス
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他社事例を調べてみると、会計系SaaSでこうしたグループ企業概念を採用している事例が2例ほど見つかります。連結会計・決算対応のニーズが強くあるからかもしれません。MoneyForwardにおいては連結決算対応はまだであり、今後リリースを検討中とのことですが(FAQより)、そのような将来も見据えていることが規約からも伺われます。

グループ企業に対しSaaSを提案する際、契約上の権利義務の処理に便利な概念だと思います。

総評—親しみやすさよりもフィンテックSaaSらしい厳密さを優先した鉄壁の規約

以上、MoneyForwardの利用規約の内容について、分析・検討してみました。

近年は、長く文字数の多い利用規約はとかく忌み嫌われがちであり、要約などを添えた「親しみやすい利用規約」が歓迎される風潮にあります。

そうしたムードに安易に迎合せずに厳密さを追求したこの鉄壁の規約を見るにつけ、日本のフィンテックSaaSの先駆けとしてのプライドを感じます。

(橋詰)

参考文献

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