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SaaS・サブスクリプションビジネスの利用規約—SmartHR編


年末調整やWeb給与明細発行など、面倒だが正確さも必要な人事労務手続きを解決する「SmartHR」。BtoB SaaSの中でも際立ってシンプルなその利用規約の秘密に迫ります。

SmartHR利用規約の全体像

まず最初に、SmartHR利用規約の全体像を掴むため、見出しと内容・キーワードを列挙してみましょう。

条番号 見出し 内容・キーワード
第1条 適用 規約の優先適用
第2条 サービス内容 労務業務の効率化・簡略化・最適化を行うサービスであり、社労士業務の代行でないことの確認
第3条 個人番号管理 個人番号のユーザー管理責任
第4条 定義 用語定義
第5条 登録 ユーザー登録手続き
第6条 利用者情報の取扱い プライバシーポリシーへの同意、統計情報の利用
第7条 登録事項の変更 ユーザーによる登録事項変更届出義務
第8条 パスワード及びユーザーIDの管理 ユーザーIDの譲渡・共用等禁止、IDの自己管理責任
第9条 禁止事項 禁止事項
第10条 会員の責任 インターネット環境の準備、メール通知の原則
第11条 利用料金 利用料金の同意に基づく請求、同意が得られなかった場合の利用制限
第12条 本サービスの停止等 サービス提供の停止または中断、AWS原因による提供制限
第13条 権利帰属 知的財産権の帰属、ユーザーによる権利非侵害の保証
第14条 登録抹消等 ユーザー登録の抹消、契約解除
第15条 退会 ユーザー自身による退会、債務の弁済
第16条 本サービスの内容の変更、終了 通知によるサービスの変更、提供終了
第17条 保証の否認及び免責 非保証、免責、1年以内に受領した利用料を損害賠償責任の上限
第18条 秘密保持 ユーザーの秘密保持義務
第19条 本規約等の変更 サイト掲載による規約変更、変更通知後に利用または登録抹消しないことによるみなし同意
第20条 連絡/通知 連絡・通知の方法
第21条 利用契約上の地位の譲渡等 ユーザーによる地位譲渡禁止、SmartHRによる地位譲渡の事前承諾
第22条 分離可能性 分離可能性
第23条 準拠法及び管轄裁判所 日本法、東京地裁専属合意管轄

条文の数は全23条と、多くもなく少なくもなくといったところです。しかし驚くべきはその文字数。

前回取り上げたMoneyForwardの利用規約が24,000字を超えていたのに対し、SmartHRはその三分の一足らずの7,794字。SaaS規約でここまでコンパクトなものは、そうそう見かけません。

SmartHR利用規約の特徴

なぜここまでコンパクトなのか。その理由を検討してみたいと思います。

(1)一般的なBtoCウェブサービスのひな形がベース

最後まで読み通すと、私たちがよく見慣れているBtoCのウェブサービス利用規約を読んでいるような感覚をおぼえます。実際、条文のところどころに、BtoC向けの規約でよく見かける記述が存在します。

同社のサービスは人事労務系のサービスであり、従業員を抱えないような一般消費者が個人として利用することはないはずですが、たとえば第22条には、消費者契約法の適用を想定した文言があります。

https://smarthr.jp/terms/ 2019年6月26日最終アクセス
https://smarthr.jp/terms/ 2019年6月26日最終アクセス

これ以外にも、『良いウェブサービスを支える「利用規約」の作り方』に掲載されているひな形の文言を踏襲している条文も多く、一般に用いられている BtoCウェブサービスのひな形をベースにして作成 されたのであろうことが推測できます。

(2)ただし細かな部分にはオリジナリティも

もちろんBtoCウェブサービス規約のひな形をそのまま用いているということではなく、「おっ」と目を引くような、SaaSらしいオリジナリティのある条項 も設けられています。

たとえば、

  • 社会保険労務士法第2条に規定されている業務を代行するものではないこと
  • システム上入力されることになる個人番号(マイナンバー)へのアクセスを行わないこと

が表明されている第2条および第3条などは、人事労務業務をサポートするSaaSらしい規定です。

https://smarthr.jp/terms/ 2019年6月26日最終アクセス
https://smarthr.jp/terms/ 2019年6月26日最終アクセス

ほかにも、第12条3項では、

当社ウェブサイトは、システムの一部を外部システム(Amazon Web Services等)に依存しているため、外部システムの利用ができなくなった場合、当社ウェブサイトの利用も不可能になる場合があります。当社は、それによって会員に生じた損害について一切の責任を負いません。

と、インフラとしてAWSを利用していることをユーザーにも具体的に示したSaaSらしいリスク開示が試みられています。

https://smarthr.jp/terms/ 2019年6月26日最終アクセス
https://smarthr.jp/terms/ 2019年6月26日最終アクセス

(3)SLA・料金改定・自動更新等を定めない割り切り

とはいっても、やはり文字数が極端に少ないのにはそれなりに理由がありそうです。具体的には、

  • サービスレベルアグリーメント(SLA)
  • 料金改定
  • 自動更新および解約通知予告

といった、BtoB SaaSの実務で論点となりやすい部分について、利用規約上に具体的な定めが見当たらない 点などは、心配になる方もいらっしゃるかもしれません。

こうした規定が法的に必須なわけではないとはいえ、7,000字台というコンパクトな利用規約となっているのは、論点とは分かっていても規約ではあえて触れない「割り切り」にも理由がありそうです。

総評—ここまでシンプルでも運営には支障なしという心強い先例

以上見てきたように、SmartHRの利用規約はかなりコンパクトでシンプルな規約となっています。こうした規約で事業運営に支障が発生することはないのでしょうか。

たとえば、同社は2018年4月に料金改定を実施しています。ところが、さきほども確認したとおり、SmartHRの利用規約には、「通知をもって新価格が適用される」といった料金改定のみなし同意条項は存在していません。

「料金プランの変更に関するお知らせ(2018年1月24日)」 https://smarthr.jp/news/10945 2019年6月26日最終アクセス
「料金プランの変更に関するお知らせ(2018年1月24日)」 https://smarthr.jp/news/10945 2019年6月26日最終アクセス

もちろん、Salesforce社の利用規約のように、あらかじめ料金改定プロセスが開示されていたほうが、ユーザーにとって安心感・納得感があるでしょう。その一方で、規約に定めなく値上げを行ったからといって、SmartHRのユーザーとの間にトラブルが多発したという評判も特に聞かれません。

BtoB SaaSだからといって、必ずしも手の込んだ利用規約を作成することがマストではない。そのことを体現しているという意味で、「規約はできるだけシンプルに」を追求したい企業にとってSmartHRの利用規約の存在は、心強い先例と言えそうです。

(橋詰)

参考文献

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