電子契約の運用ノウハウ

電子契約サービスは取締役会議事録にも応用可能―脱「ハンコ集め」

電子契約サービスは、「契約書」のみならず、取締役会議事録にも応用可能です。コロナ禍前、筆者も導入を検討したものの、当時信じられていた法解釈では現実的でなく断念した過去があります。

しかし、政府の脱ハンコ推進で新たな法解釈が示され、取締役会議事録に電子契約サービスを応用する企業が出てきました。実際に応用した企業の方から「効率的になった」との声も聞きます。そこで、筆者も所属先で導入できるかを再び探ってみました。

取締役会議事録の「ハンコ集め」がコロナ禍で困難に

ほとんどの企業は、取締役会議事録をまだ書面で作成していると思われます。そして、議事録への「ハンコ集め」を毎回繰り返している のではないでしょうか。

2021年3月の会社法改正により、ついに上場企業は社外取締役の設置が義務付けられました。そうでなくてもここ数年、コーポレートガバナンス・コードやESG投資などの要請で、取締役会を構成するメンバーは多様化しています。

筆者のように地方に本社がある企業だと、地元だけでは多様性の確保が難しいので、役員が東京など遠方に居住していることも多いです。また、社外役員は、取締役会や監査役会といった特別の用事がなければ出社することはありません。

では、どうやってハンコを集めるか?これが問題になります。

議事録への押印は次の取締役会で(または代理で)

筆者の所属先の場合は、次の取締役会で押印してもらうというスタイル を長く続けてきました。この方法で全員のハンコ集めができるのは、東京在住の役員や社外役員にも毎月本社に来てもらい「リアルで一堂に会する」方法で取締役会を開催してきたから です。同じ方法をとっている企業も多かったと思います。

別の方法として、なかなか出社できない役員については認印を預かっておき、内容の確認を受けた後で事務局が代理で押印するという実務 もあります。あくまで本人の承諾(指示)を得て押印しているので、有効性に問題はないと考えられますが、心理的抵抗を覚える方もあるでしょう。

現に、筆者の所属先ではこの方法は取っておらず、代表取締役でさえ自ら押印しています。

点在する役員からのハンコ集め

筆者の場合は、毎月の取締役会でハンコ集めが完了していましたが、コロナ禍でできなくなりました。そのため、取締役会はウェブ開催されるけれど、いつまでたっても議事録が完成しないという事態 に陥ったのです。

しかし、あまり長い時間完成を遅らせることもできません。そこで、事務局スタッフが各役員を訪問したり、郵送したりするなどしてハンコ集めに奔走しています。法令上作成や備置が義務付けられているとはいえ、生産性の高い作業とはいえません。

さらに、押印がすべて済んだものをPDF化して保存している企業もあり、これも面倒な作業です。

議事録への押印を電子印鑑や電子契約サービスにできないか

親会社の役員ともなると、グループ企業の役員を複数兼務していることが多く、中には遠方の企業もあって、議事録への押印に煩わしさを感じることがあるようです。

コロナ禍前、そんな 役員の一人から取締役会議事録の電子化について相談を受けた ことがありました。当時信じられていた法解釈では現実的でなかったのですが、2020年から2021年にかけて状況が大きく変わったのです。

取締役会議事録の要件

取締役会議事録は、電磁的記録により作成することも可能です(会社法施行規則101条2項)。そして、電磁的記録により作成されたときは、出席取締役・監査役は署名又は記名押印に代わる措置をとる こととされ(会社法369条4項)、その措置とは電子署名 であるとされています(会社法施行規則225条1項6号)。

ここでいう電子署名の要件は以下のとおりで、電子署名法の定義と同様、作成者明示機能と改ざん検知機能を備えたものをいいます(会社法施行規則225条2項)。

前項に規定する「電子署名」とは、電磁的記録に記録することができる情報について行われる措置であって、次の要件のいずれにも該当するものをいう。
一 当該情報が当該措置を行った者の作成に係るものであることを示すためのものであること。
二 当該情報について改変が行われていないかどうかを確認することができるものであること。

取締役会議事録に電子契約サービスを利用することの可否

以上の会社法の要件に現在の解釈を当てはめると、電子契約サービスの場合は、それが俗にいう「当事者署名型」であれ、「事業者署名型」であれ、本人による電子署名であることに変わりはありません。よって、電子契約サービスは取締役会議事録でも利用できます。

取締役会議事録への電子契約サービスの利用が開かれたのは、2020年5月末のことでした。それまでは、ICカードなどに署名鍵が格納されている「ローカル署名」以外は利用できないと考えられていたのです。法務省の解釈変更については、以下の記事で詳しく解説されています。

▼ 取締役会議事録もクラウド型電子署名で—2020年5月29日付法務省新解釈の解説
https://www.cloudsign.jp/media/20200601-houmusyou-shinkaisyaku/

ネックだった登記の例外にブレイクスルーが起きる

コロナ禍前は、電磁的記録で作成した取締役会議事録を登記の添付書類にする場合には、ローカル署名を施さなければなりませんでした。役員一人ひとりが法務省の認める電子証明書を取得し、有効期限付きの実印をもう一つ持つようなものです。よって、取締役会議事録の電子化は現実的ではありませんでした。

ところが、コロナ禍でこちらも状況が大きく変わります。2020年6月から、登記で利用可能な電子署名サービスが拡大され、その結果、代表取締役(印鑑提出者)以外の役員は、一定の場合(添付書面に市町村の印鑑証明書が必要とされているもの、添付書面に認証者の認証が必要とされている場合の認証者に関するもの)以外は、ローカル署名ではない電子署名でもよいことになりました。

▼ 法務省が商業登記に利用可能な電子署名サービスにクラウドサインを指定
https://www.cloudsign.jp/media/20200615-syougyoutouki/

しかし この時点では、添付書面について代表取締役(印鑑提出者)が作成者であるものについては全て商業登記電子証明書が必要とされていたため、取締役会議事録には商業登記電子証明書がまだ必要でした。

今思えば、法務省が5月に新たな解釈を示した時点で、登記と通常の取締役会運営は別と考え、電子化に踏み切ってもよかったのですが、この段階では、電子化を勧めないというスタンスを筆者は変えませんでした。

商業登記電子証明書の取得も不要になった

2021年2月、商業登記規則が改正されて状況はさらに変わります。まず、添付書面について、代表取締役(印鑑提出者)が作成者であるものについては全て商業登記電子証明書が必要というルールがなくなり、作成者が代表取締役(印鑑提出者)かどうかにかかわらず、一定の場合(添付書面に市町村の印鑑証明書が必要とされているもの、添付書面に認証者の認証が必要とされている場合の認証者に関するもの)には、商業登記証明書や公的個人認証サービス電子証明書による電子署名が必要となりますが、その他については、クラウドサインなど法務省指定の電子契約サービスによる電子署名でよいことになりました。

その結果、取締役会議事録に限ってみれば、原則クラウドサインなど法務省指定の電子契約サービスだけで提出できるようになりました(商業登記規則102条5項2号)。

例外として、代表取締役選定のように、議事録を書面で作成した場合に代表印(代表取締役が法務局に届け出た印鑑)か個人の実印が必要とされる場合には、商業登記証明書やマイナンバーカードなどによる電子署名が必要です(代表取締役についても、商業登記証明書に限定されないことになります。)。

この登記実務の改正については、以下の記事に詳しく書かれています。

▼ 改正商業登記規則と法務省通達によるクラウドサイン登記の拡大
https://www.cloudsign.jp/media/20210216-cloudsigntouki/

年に1回か2年に1回程度、代表取締役選定で法務局に出す取締役会議事録は特別扱いが必要ですが、普段どおり作成して申請時に特別な電子署名を施せば済む話です。

ウェブ開催が当たり前になった今、紙の取締役会議事録を旅させるより、電子化するのが賢明に思えてきました。取締役会議事録の保管スペースも削減できます。

取締役会議事録を電子化する場合の変更点

もし、取締役会議事録を電子化するとしたら、書面で作成している議事録のどこを変える必要があるでしょうか。このあたりの実務は、まだまだ情報が少ないです。

議事録の記載内容

書面で作成する取締役会議事録の最後には、「以上、議事の経過及び結果を明確にするため本議事録を作成し、出席取締役及び出席監査役は次に記名押印する。」というような文言を付けます。電子化すると記名押印はなくなるので、下線部分は「〜出席取締役及び出席監査役は電子署名する。」などの表現へ変更 したほうがよいでしょう。

そのほか、先日発売の書籍『会社議事録・契約書・登記添付書面のデジタル作成実務Q&A 電子署名・クラウドサインの活用法』によれば、クラウドサインを利用した取締役会議事録を登記に使用する場合には、事務局担当者の氏名等を記載することが考えられるそうです。

…議事録に記名がない者による電子署名が措置されていることにつき,当該署名者の立場を明らかにしていないことを登記官が問題視する可能性があります。これに配慮し,クラウドサインにより取締役会議事録を作成する際には,事前に管轄法務局にも確認の上、議事録にも「議事録事務担当者 総務部 山田太郎」などと記名しておき,PDF署名パネル上の表示との対応を明示的に行っておく等の工夫が考えられます。(247頁-248頁)

これは、出席役員の電子署名を得るための設定を事務局担当者が行った場合、その事務局担当者も取締役会議事録に電子署名することになるからですが、たとえば議長や管理部門担当取締役が送信者となる場合は、このような配慮は不要です。

書籍情報
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会社議事録・契約書・登記添付書面のデジタル作成実務Q&A―電子署名・クラウドサインの活用法
  • 著者:土井万二/編集 尾方宏行/著 新保さゆり/著 内藤卓/著 大塚至正/著 重松学/著 橋詰卓司/著
  • 出版社:日本加除出版
  • 出版年月:20210408

別ファイルで作成された取締役会資料の統合

書面で議事録を作成する場合、

  • 議事録は事務局がWordで
  • 他の資料は提案部門がそれぞれ好きなフォーマットで作成し
  • これらを印刷して合綴する

ことが多いと思われます。しかし、電子化するとWordファイルとPPTファイルをひとつにまとめることはできませんので、それぞれをPDFにしてからファイル結合してまとめる などの工夫が必要です。

会議資料も簡素化の傾向にあるので、ちょうど良いタイミングかもしれません。ひとつに統合できない場合には、資料にも同様に電子署名を施して議事録と一緒に保存しておけばいいように思われます。

クラウドサインを利用して取締役会議事録を電子化する際の注意点

クラウドサインでは、社外取締役に取締役会議事録を送る場合に社外取締役に対して自社のメールアドレスを発行することを推奨しています。

クラウドサインの仕様上、セキュリティ観点からメンバーが送受信したすべての書類(親展書類を除く)を「書類管理権限」を持つ管理者が閲覧できるようになっています。そのため、社外取締役の所属する組織のメールアドレスに取締役会議事録を送付した場合、そのチームの管理者が書類を閲覧できるようになってしまい、経営に関する重大な情報が流出するリスクが発生します。

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なお、取締役会議事録のような「秘匿性の高い書類」の電子化を検討されている方は、以下リンクにある当社のヘルプセンターや参考資料もご一読ください。

クラウドサイン ヘルプセンター「複数チームで運用する場合の注意点」
クラウドサインにおける「秘匿性の高い書類」のご利用ガイド

取締役会議事録の電子化で脱「ハンコ集め」

わずかの例外を除き、法務省が指定する電子契約サービスであれば、取締役会議事録を登記実務にも全面的に利用できるようになり ました。例外的に厳格な電子署名が必要となる場面は、通常であれば年に1回又は2年に1回ですが、普段どおり作成した取締役会議事録に上書きすることで足ります。

実際に電子化された企業やそのような企業を見ている弁護士から、「議事録作成が効率的になった」という声を複数伺いました。ハンコ集めで訪ね回る労力を考えると、商業登記規則の改正を受けて、改めて真剣に検討する時期に来ていると感じます。

筆者の場合、まずは遠方にある子会社の取締役会議事録を電子化し、その効率の良さを役員に実感してもらうところから着手したいです。

(イラスト・文 いとう)

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