電子契約の運用ノウハウ

電子契約の衝突問題—相手方が利用する電子契約が自社と異なる場合の対処法


クラウドサインで契約締結を依頼したら、相手方が別の電子契約サービスを利用していた…。異なる電子契約ユーザー同士がどちらを使うか「睨み合い」が発生した場合の、上手な折り合いの付け方を検討したい。

電子契約同士のバッティングが原因で書面契約に妥協する不幸を生まないために

「弊社はクラウドサインを使用しています。御社はどちらをお使いでしょうか?」
「うちもクラウドサインですよ。是非今回は電子契約で進めましょう。」

最近ではこんな会話を相手方の担当者とする機会も増えてきた。数年前までは考えられなかったことである。

当事者署名型に代わり、事業者署名型(立会人型)が普及したことにより、電子契約サービスの導入事業者は爆発的に増え、今となっては電子契約での契約締結も珍しいことではなくなった(関連記事:「当事者署名型」と「事業者署名型(立会人型)」はどう違う?電子契約サービスの選び方)。

しかし、電子契約の過渡期ならではの新たな悩みも生まれている。それは、電子契約サービスが何社も誕生したことにより、どちらの電子契約サービスを使用して締結をするべきかという新たな「衝突」が生まれるようになった ことである。

最悪の場合は、お互いが電子契約サービスを活用しているにもかかわらず、紙に押印で締結することになりかねない。

ステップ1:相手方の使用する電子契約サービスを受け入れられるかの検討

紙契約の不幸を避けるための検討を始める前に、まず最初に抑えておくべきポイントは、相手方の電子契約サービスを受け入れる可能性があるか だ。

それぞれの会社によって考え方は異なるだろうが、以下を参考に何らかの受入判定基準を持ち、受け入れられるサービスのリスト等を作成しておくべきだろう。

受入判定基準1—法務省が登記利用可能な電子署名と認めているか

受け入れ可能か否かの簡易的な基準としては、法務省のwebサイトの「第3 電子証明書の取得」において 法務省が登記添付書面に利用可能電子証明書として指定する電子契約サービスリストに列挙されているか だ。

法務省が認めているサービスならば、一定の信用は担保されるだろう。

なお、筆者の所属する会社では、この基準に沿って受け入れ可否判断をしている。

受入判定基準2—グレーゾーン解消制度で電子署名法2条1項への該当が確認されているか

次に、グレーゾーン解消制度で電子署名法2条1項「電子署名」への該当性が確認されているサービス かどうか、という基準だ。

これは総務省法務省経済産業省が、それぞれウェブサイトにリスト化して掲載している。ここに掲載された電子契約サービスは、国が電子契約を民間と締結する際に利用できる電子契約であることを意味する。

2021年5月現在は クラウドサイン(弁護士ドットコム)1社のみがリストアップされているが、今後、他のサービスも追随して申請することが予想される。

受入判定基準3—PAdESを採用しているか

その他、手堅く進める場合は、長期署名の国際標準規格であるPAdESに準拠した電子契約サービスであるかを確認 するという方法もある。

準拠していないサービスである場合はwebページ等への記載が無いため、分かりにくいかもしれないが、直接そのサービス提供会社に電話等により尋ねると、何らかの回答はしてくれるだろう。

PAdESとはなにかについては、本メディア記事「電子契約と電子署名の有効期限を延長する「長期署名」の仕組み」をご確認いただければと思う。

※ なお、現状これら受入判定基準3つをすべて充足している電子契約サービスは、クラウドサインのみとなっている。

ステップ2:具体的な電子契約締結方法の選択肢の検討

これらの基準に照らし、相手方の電子契約サービスが受け入れられない場合は、自社の電子契約サービスのみを利用するか、書面で締結するかの2択となる。その場合は、以前の記事で紹介した「自社のみ電子署名」を提案したりもする。

以下紹介する選択肢は、相手方の電子契約サービスを受けれられる前提でのものだ。

選択肢その1—いずれか一方の電子契約サービスを選択する

最初に考えられるのは、自社と相手方が使用する電子契約サービスのうち、いずれか一方を選択する方法 だろう。どちらにするかは両者の力関係によるものの、一方の電子契約サービスのみで完結するという意味ではシンプルな方法だと言える。

しかし、以下2点について注意が必要である。

1点目は、締結権限者のITリテラシーによっては混乱を招きかねない点である。

電子契約サービスはいずれも直感的に使いやすいインターフェースである場合が多いものの、慣れ親しんだ自社の採用サービスとは異なるサービスはやはり承認時に抵抗を覚えるだろう。また、本当に承認して良いサービスなのか、電子契約の担当者と締結権限者間で確認をする必要があるため、確認時に無駄が生じる。

2点目は、契約書の管理を電子契約サービス上で行っている場合に、管理下から外れる案件が生じる点である。

こちらは別途管理台帳を作成するか、電子契約サービスが提供するオプション等(クラウドサインの場合は、クラウドサインSCANがこれにあたる。)を採用することで解消はできる。ただ、管理のための労力が別途発生するため、その労力とのバランスを見ることになる。

選択肢その2—お互いに電子署名をしてPDFを交換する

次の選択肢としては、自社は自社の使用する電子契約サービスでPDFに電子署名をし、相手方は相手方の使用する電子契約サービスでPDFに電子署名をして、これらを交換する という方法だ。

①自社の締結権限者は相手方の電子契約サービスを使用する必要がなく、②自社の電子契約サービスに案件として記録が残るため、上記選択その1で考えられる問題点はいずれも解消される。合理的な方法であるように思える。

しかし、この方法の場合はPDFが2点発生することになる。そのため、相手方が電子署名をしたPDFを、合意した証拠として別途保管管理をしておく必要がある。紙の管理と比べると遥かに楽になるとはいえ、管理に多少の労力を要することにはなるだろう。

選択肢その3—いずれかの電子署名済みPDFに電子署名を重ねる

最後の選択肢としては、いずれかの当事者がまずその当事者の使用する電子契約サービスでPDFに電子署名をし、その電子署名付きのPDFをもう一方の当事者に送付し、もう一方の当事者がその上から自社で使用する電子契約サービスで電子署名を付与する 方法である。いわば、電子署名の重ね掛け である。

こちらの方法であれば、選択その1で発生した締結権限者の及び記録の問題と、選択その2で発生した管理するPDFが増える問題の両方が解消される。

ただ、こちらの方法を採用する際には、1点注意しなければならないポイントがある。それは、電子契約サービスを重ねる順番によっては、最初の電子契約サービスによる電子署名が確認できなくなることである。

下図のように、Acrobat Readerの署名パネルから確認した際に、「無効な署名があります」と表示され、署名の詳細が確認できなくなる組合せがある。この他にも、新しい電子署名のみが署名パネルに表示され、先にされた電子署名があたかも無かったかのように表示される場合もある。

電子署名の重ね掛けができるものとできないものがある
電子署名の重ね掛けができるものとできないものがある

この現象の発生条件は確認ができていないが、後で重ねる電子契約サービスがなにかによりその現象が発生するか否かが変わるようである。実験をしたところ、相手方が利用している電子署名によっては、

  • クラウドサインに署名済ファイルをアップロードできないもの
  • アップロードして保管等はできるものの、そのファイルにクラウドサイン署名を重ね掛けして送信できないもの

もあるので、各電子契約事業者に確認することをおすすめしたい。

この現象が発生した場合は、対応策として最初の電子契約サービスによる電子署名済みのPDFを、別途保管する必要がある。上記選択その2と同じ方法である。そのような事態を回避するためにも、なるべく後で重ねる電子契約サービスは上記現象を発生させないようなものを選ぶことを心掛けたい。

電子契約がバッティングしたときの優先順位を決めておく

以上、自社と相手方の電子契約サービスが異なる場合の対応策について紹介した。どの方法が優れているということは無く、自社のITリテラシーや管理方法を踏まえて方法を考えていくべきだろう。

なお、筆者は、①自社が使用する電子契約サービスでの締結の打診、②電子署名の重ね掛けの打診、③紙に押印での締結の順番で相手方に打診することが良いのではないかと考えている。今後電子契約サービスが増えていく場合があることを想定し、なるべく締結権限者への負担を無くすことを考慮 したものである。

取引先との円滑な関係性を最優先にするなら、相手の電子契約を積極的に受け入れ、PDFを取り込んで管理するという選択になるだろう。そういう選択をするのも、判断の一つだ。

冒頭でも述べたとおり、電子契約市場の活性化により電子契約サービスの選択肢は増加している。電子契約の締結件数も増加の一途をたどっているため、今後ますます電子契約サービスの衝突問題も増加していくだろう。しかし、衝突が起きる度に電子契約での締結を諦めて書面契約に逃げるのでは、あまりに無駄が大きい。

両者が使用する電子契約サービスが異なる度に肩を落とすのではなく、異なっているという前提を受け入れて、それでも電子契約サービスを活用するにはどうすればいいかを考えていくべきだと思う。本記事が少しでもその助けになれたら幸いだ。

(文 あいぱる, イラスト はらまこと / PIXTA)

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